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ライス☆ハント  作者: 藤原ひろ
25/30

その25☆アメリカが強いワケ

 次の日の朝、迷子になった子供みたいに夜通し泣いていた俺は赤い目を連れて家を出た。

やるべき事が二つある。泣いている場合じゃない。


白々としたうす曇りの空が徐々に黄色を帯びた光を発し始めている。

街や人を眠りから覚醒に誘い、寝不足の俺の赤い目まで同様、刺激する。

覚束ない足取りの中、俺はおっちゃんのいるあの公園に来ていた。


静謐を具現化したような澄んだ空気と匂い。その様子とは対照的に現れたおっちゃんの顔は硬く、浮かない表情でベンチに座っている俺を見下ろしている。

俺が自分勝手に遊戯(ゲーム)の終了を申し出たからだ。


短い時間、眉間に深い縦皺を浮かべていたおっちゃんは小さく溜息を吐くと、いつもの柔和な笑顔に戻り、


「まぁ長い人生いろいろあるわな」


と、呟いた。

黙っている俺をおっちゃんはチラリと一瞥して長く伸びた無精髭を指先でシャリシャリ鳴らし、


「で、これからどうすんだい? 兄ちゃん」


と言い、こちらに視線を投げてくる。

少し考えて、『奴らに復讐する』と俺は答えた、が自分で吐き出したその言葉に酷く違和感を覚えた。


「復讐か……。そうか……でも兄ちゃん何か忘れちゃいねぇかい?」


おっちゃんの言葉の意味を暫く考えた。出た答えと先程の違和感が一つに繋がり、溜息が出る。


「そうですよね……。俺がこんな馬鹿な事考えなきゃ誰も傷つかずに済んだんですよね」


不意に皆の笑顔や遊戯を開始する前の穏やかな日常が蘇って胸が詰まった。


「俺……最低ですよね……」


「まぁそう落ち込むな兄ちゃん。俺は兄ちゃんを否定したい訳じゃない、と言うより出来ねえわな、俺も協力者なんだから。……でもな兄ちゃん、進んじまった時計の針を元に戻す事は誰にも出来ねぇよ。問題は後ろを振り返る事じゃない。反省して学習して今ある自分を超える事だ。復讐? イイじゃねーか、兄ちゃんが考えた末そう思うんなら気の済むまで暴れてやりゃあイイ」


朝日の逆光の中、おっちゃんはそう言って目を細めた。俺は迷っていた。自分の始めた戯れに決着をつけられないでいる。身体の真ん中が揺らいでいる。


「でも今の兄ちゃんじゃ……まあ駄目だろうなぁ」


言うなりおっちゃんはささくれた太い指をポキポキと鳴らし始めた。怪訝な顔でその様子を見つめる俺を無視しておっちゃんは呟いた。


「物事にはな兄ちゃん、何でもケジメって奴が必要なんだよ。それが人の生き方って奴で、だから何でも真剣に取り組む訳だ、分かるかい? 兄ちゃん」


投げかけられた問いと視線に俺は答える事が出来なかった。

言葉が見つからないとか言われた意味が分からないとかではなく……正直、もうどうでも良くなっていた。そんな自分に寒気がした。閉口する俺を再びおっちゃんの視線が捉える。


「つまり、こういう事だよ兄ちゃん」


おっちゃんは鋭角に曲げた両腕をスッと肩の高さまで上げ、両拳を力強く握った。そしてその拳の間から底の見えない深い黒眼を俺に向けて、強烈な殺気が身体を包みこむ。


瞬間、全身にアフロ男と対峙した時のような熱い鼓動が走り、気付くと俺は立ち上がっていた。おっちゃんがニヤリと薄く笑んだ。


「それが本能って奴だよ兄ちゃん。今、兄ちゃんを支配しているそれだ。ゴチャゴチャ頭の中で考えたって結局本能には勝てねーんだ。なぁ兄ちゃん、アメリカが何で強ぇか知ってるか? 奴らは前しか見てねーからよ、自分達を正当化して、決して後ろを振り返らねえ。だから強ぇんだよ。結局勝てば官軍って奴だな。良い悪いじゃなく、とにかく勝利する。まずそれが大事なんだよ」


おっちゃんは鍛え上げられた両腕を下ろすといつもの柔和な顔に戻った。それから俺の眼の奥を覗くように続けた。


「でもな兄ちゃん、あんまり他人の言う事を鵜呑みにするのは良くねえな。頭の悪い奴は何でも鵜呑みする、楽だからな。たとえそれが結果的に正しくてもまず疑うんだよ。自分が今まで生きて来て培った経験と知識を導入して、一回それをぶっ壊すんだ」


言い終えると同時におっちゃんは素早く右ストレートを空中に見舞った。


「ビュッ!」


と言う小気味良い、空気を切り裂く音が朝の静かな公園に響いた。

おっちゃんは残った左手を薄汚れたズボンのポケットに突っ込んだ。抜き出された手の先に皺だらけの一枚の紙が握られている。


「ヤツラのアジトだよ。ここからそう遠くねえ。見せてやれよ兄ちゃん、本能の強さって奴をよ。兄ちゃんの身体の中に眠る熱ってヤツをアイツラにぶちまけて来いよ」


春の日溜まりのような笑顔を見せるおっちゃんから俺は紙を受け取り、確認するとそれをスウェットのポケットにしまう。


おっちゃんがいつものようにまたロシア式の熱い抱擁を求めて来たので、俺は丁重にそれを断って公園を出て行った。頭の中でゴチャゴチャとしていた迷いは不思議と消えていて、道路脇で山積みになっている生ゴミに群がるカラスの大群にブラックの連中が透けて見えた。拳に力が入る。


「待ってろよ、この野郎……」


俺はアジトに向かって歩みを進めた。


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