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ライス☆ハント  作者: 藤原ひろ
22/30

その22☆男の魅力は三角筋

 闇の粛清から二日が経ったが、あの日以来闇とのコンタクトは無く、少し肩すかしを食らった気分になっていた。『生きるか死ぬか』そんな極上のスリルを期待していたからだ。


薄いブルーと濃いブルーが重なり合い、絶妙なグラデーションを構築している真冬の空を見上げて一つ溜息を吐き出した。空は遊戯を始める前と何ら変わる事はなくて、俺はまた溜息を吐く。


何か変わると思っていた。


母さんが死んで、親父も死んで、俺はどこかが壊れてしまったのかも知れない。夜一人になり、眠りに就く時考える。俺のやっている事は正しいのだろうか?


勉強も出来ず、スポーツもダメで、何か特別な才能がある訳でもなく、ただ漠然とした不安だけが目の前に立ちはだかっていて、そんな中見つけたスリルと言う名の甘い罠に俺は溺れているのだろうか?




 三時限目の終わりに登校した俺は、やるせない顔をして教室へと入って行った。


先に来ていたヤマピーが俺を発見し、ウィースと挨拶してきて俺もウースと気だるい感じで返事をして着席する。鞄を置き、周りを見渡すと出席率だけはいつも百パーセントのフクちゃんや武闘派のジョー、お調子者のショウちゃん(高橋翔(たかはし・しょう))、ニイ達の姿が無くて教室はやけに静かだった。


「あれ? アイツら今日休みなの?」


俺の声が、ほしのあきの写真集を見ていたタケシの手を止めた。タケシは写真集を閉じると、


「ああ、そういや来てねーなぁ」


と言い、主人達のいない空席を一瞥する。


「ヤマピー何か知ってる?」


そう尋ねたタケシの視線がヤマピーの日焼けした顔に移行する。俺も追従するようにヤマピーの顔を見る。


「いや、知らねー。だけどアイツらこの前『男の魅力は三角筋だー!』とか何とか言って、寒いのに一日中タンクトップ一枚だったから風邪でもひいたんじゃねーの?」


ヤマピーのその言葉に俺とタケシは破顔した。言ったヤマピーも笑っている。


俺はふと、こういうのも悪くないなと思った。刺激だけを求めていたここ数日間の偏った熱が身体の内側で小さな炎になり、だがそれは安定しているみたいに感じた。心地よかった。尾崎は縛られた学校生活を振り返り、『思い出の他に何が残るのか?』と歌っていたけれど、裏を返せば結局人生ってヤツはその積み重ねしかなくて、俺達人間はそうとしか生きられないのかも知れない。


その核となっているモノ、仲間は大事だと俺は実感した。

守るべきモノがあったのだ。ただのボンクラな自分にもソレは何物にも代えがたくて、愛しくて、そして温かいモノ。仲間がいる、その事が有り難かった。




 話が盛り上がった俺達三人は授業をボイコットし、食堂で早めの昼飯を食う事にした。水曜日は味噌ラーメンが半額になる日だったので、味噌ラーメンの大盛りを仲良く注文する。十分で食べ終わり、学校を抜け出すと駅前のゲーセンに向かった。


平日の昼間なので客は(まば)らだったが、数人の客が吸っている煙草の煙が酷く目立った。

小一時間ほど格闘ゲームに熱中し、タケシがUFOキャッチャーで四千円もつぎ込むが何も取れず、記念に男三人でプリクラを撮って、最後にタケシが出入り口付近にあったパンチングマシーンに、『四千円の恨み!』と叫んで真空飛びヒザ蹴りを喰らわして五百八十ポイントという驚異的な数字を叩き出し、迷惑そうな顔をした店員の兄ちゃんの視線をモノともせず、俺達は高笑いでゲーセンを後にした。


そのままの勢いで隣接するカラオケ店に進入して、タケシは最近ハマっているアニソンを五曲連続で歌い、ヤマピーは流行りの曲を選択し、俺は大好きな尾崎をしっとりと歌い上げた。最後に長渕の『勇次』を三人で大合唱して、めでたくカラオケタイムは終了した。


外に出ると街はもう夕闇に包まれていて、三人の吐く息さえもオレンジ色に染められている。

真冬の冷たさがカラオケで火照った身体に気持ち良い。

低いビル群の向こう側にある空から降る西日をたっぷり全身に浴びたタケシが突然、

『藤井彩に会いに行くぞー!』と叫んで走り出した(その先にビデオ屋がある)。夕陽にはスケベ心を刺激する何かがあるらしい。


「俺にも紹介しろ!」


その後をヤマピーが追いかけて行く。AVが苦手な俺は逆光の中を走って行く二人の背中にお別れを言って見送った。家に帰る前にコンビニに寄り、買い物をすると地面屋のおっちゃんと初めて会ったあの公園へ向かった。


右手の袋にはハムサンドとチョコクロワッサンと豆乳が二つ。あの時と同じだ。

五分ほどで到着し、いつの間にか青く塗られたベンチに俺は腰を下ろす。袋からハムサンドを取り出して齧りついた。二口目を齧ろうとした時、後ろで聞き覚えのある声がした。


「兄ちゃん、旨そうなの食ってんな」


硬そうな無精髭を右手の指先で触りながら、おっちゃんは俺の横へと座った。数日間振りに見るおっちゃんは少し痩せたように見えた。俺は小さく頷き、チョコクロワッサンと豆乳を出しておっちゃんに手渡した。おっちゃんは軽く破顔して、


「悪いな」


と、小さな声で呟くとビニール袋を破り、チョコクロワッサンに齧りついた。暫くして、


「その後、どうだい? 兄ちゃん」


静かな公園、夕空を舞うカラスの鳴き声とその言葉が重なった。


「おっちゃんのおかげで毎日楽しいっすよ。いや本当、人生はこうでなくちゃ」


口の中のハムサンドを飲み込んで俺はそう答えた。おっちゃんは夕陽に染まる瞳を俺には向けず、真っすぐ前だけを見ていた。チョコクロワッサンを咀嚼する口元だけが、そこだけ別の生き物みたいに動いている。


「……なあ兄ちゃん。人生でよ、大切なモノって一体何だろうなぁ?」


おっちゃんの双眸が俺を捉えた。ハロゲンライトのようにそれはギラリと強烈な光を放つ。鋭い眼だった。その鋭い眼光が俺を射抜いて身体の自由を奪い、動きを止めた。かろうじて口の中のハムサンドを飲み込んだ。黙っている俺の顔からおっちゃんは視線を外し、また夕陽の濃い蜜色がおっちゃんの瞳の中に拡がった。


「学歴か? 地位か? 名誉か? もしくは金か?……いや、違う。そんなもんじゃねえ、そんな薄っぺらいもんじゃねえ。俺達(おれたちゃ)ぁ何のために生まれてきたのか、生きて行くのか、無い頭絞ってよ、毎日考えてんだよなぁ」


おっちゃんはそこまで言うと豆乳のパックにストローを挿し込んでチュウと一口吸った。

飲み込むのを待って俺は訊いた。


「俺達は何のために生きて行くんですかね?」


夕陽を見つめながら、おっちゃんは小さく破顔した。


「それが分かればホームレスやってねえわな」


一本足りない前歯が露見され、その存在を主張する。


「でもなぁ兄ちゃん、アレだ。仲間は大事だぞ」


最後の一口になったチョコクロワッサンを口の中に放るとおっちゃんは静かにそう言った。

おっちゃんの顔があの時見せた『裏の顔』に変わり、俺を捉えた。寒気が背中を駆ける。


「……そうですね……仲間は大事ですよね」


鋭い視線から逃げるようにハムサンドを齧った。豆乳を飲もうとパックにストローを挿そうとしたが寒さで手が(かじか)み、上手く行かなかった。おっちゃんの溜息が聞こえてきて、俺は手を止め、その顔を見つめた。


「なあ兄ちゃん、仲間は大事じゃねえのかい?」

「いや、だから大事だって言って――」


突然、おっちゃんが左手に持っていた豆乳パックを握り潰した。ほとんど残っていた中身が辺りに勢い良く飛び散った。驚いておっちゃんの顔と地面に流れ落ちる豆乳を凝視する。不気味な静けさが蔓延って、遠くでカラスが鳴く声だけが響いていた。


「どうしたんすか!?」


俺は訊いた。訳が分からなかった。


「中村総合病院」

「病院? 何すかソレ……」


おっちゃんはベンチの横にある、コンビニの袋の中にパックを捨てた。小さな声で、もったいねえ事しちまったなぁと呟いた。


「外科病棟五階の505号室だよ兄ちゃん。行けば分かるよ」


腑に落ちない表情を浮かべている俺を、鋭い眼がまた捉えた。


「なぁ兄ちゃん、世の中結果が全ての時があるんだよ。当の本人がそれを望む望まないにかかわらず、それが全てになっちまう時がな。……まぁあまり気にすんな」


そこまで言うとおっちゃんはいつかのように一人納得したみたいに『ウン』と頷いた。

何の事か良く分からなかったが、おっちゃんの見た事もない真剣な眼差しに動かざるを得なかった。


病院への最短ルートは駅から直行のバスに乗るのがベストだが、この公園から駅までは徒歩で十五分かかる為、俺は一旦自宅へ戻り、車庫から久し振りに自転車を引っ張り出して跨った。飛ばせば七、八分で着く距離だ。おっちゃんの怖いほど鋭い眼を反芻しながら、ペダルを渋々こぎ出した。

 






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