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ライス☆ハント  作者: 藤原ひろ
19/30

その19☆報復

「粛清…か」


先輩は金網フェンスに靠れながら遠くを見つめ、そう呟いた。

昨日の昼から降り続いていた雨は今朝には止んで、今は待ち望んでいた爽やかな青空が俺達の頭上を支配していた。視線を斜め後方に動かすと飛んでいる旅客機が見えて陽が当たり、キラキラと輝いている。昨日の雨で乾いていた空気が幾分湿り気を持ったのか、右頬の痛みはだいぶ楽になっていた。


「話から推測すると、きっとブラックの関係者だろうな」


俺があげたチョコクロワッサンの袋を開けながら先輩はそう言い、一口齧る。静かな屋上にビニールのシャカシャカと言う音が響いて広がり、鼓膜を刺激する。


「もうすぐ解るってソイツら言ってたけど、どういう意味か分かるか、先輩」


俺の視線を無視するように先輩はチョコクロワッサンをまた齧り、


「多分アレ(・・)だな」


と、咀嚼しながら言い、飲み込んだ。薄い皮膚に覆われた喉仏が大きく上下する。


「アレ? アレって何だよ」


答えを急ぐ俺の顔を奥の見えない深い黒目が捉えた。迫力でゴクリと唾を飲み込んだ。


「まあそう急ぐな、もうすぐ解るって言われたんだろ? だったら待ってりゃイイじゃねーか刺激中毒者」


先輩は一息でそう言い、またパンを齧った。俺は軽く舌打ちをして金網に勢い良く靠れた。聞き慣れたフェンスの鳴き声が背で響く。


「待つさ、言われなくても……ただ面倒臭えのは嫌いなんだよ」


特大の溜息を空中に見舞って空を見上げた。上空は風が強いのか、西から東に向かって筋状の雲が何本も伸びている。視線を巡らせて旅客機を探したがもうどこかへと消えていて、空は静かだった。


「そんなの好きなヤツはいねえよ」


先輩は最後の一口になったチョコクロワッサンを胃に収めると笑んだ。歯並びの良い口元、その前歯にチョコが多少こびり付いていて茶色くなっている。


「違えねえ」


そう返し、同じように笑んだ。無論、こちらの前歯は綺麗だったけれど……。

先輩は空になったビニール袋をブレザーのポケットに仕舞い込んだ。ご馳走様と口の形が動く。そのままこちらを見つめ、


「熱が少し醒めてきたみてーだな」


そう言葉を吐いた。

その言葉に俺は首を左右に振り、んなこたねーよと答えると視線を辺りに這わせた。


「イイか先輩、良く見てろよ」


そう言い、出入り口に向かって歩き出す。冷たい空気が頬に当たり、傷がまた痛み出した。

歩きながら、結局俺には痛みが必要なんだと感じていた。身体の内側、奥底にある熱は痛みに変換されて、痛みは熱に変換される。ふと、いつだったかユウちゃんが言っていた言葉を思い出した。


『痛みはウチを裏切らへんから』


そう、痛みは、熱は俺を裏切らない。そう信じてる。


出入り口、クリーム色の壁に向かい合うと呼吸を整える。鼻から吸い、口から吐く。深く三回繰り返して軽く膝を曲げると、身構えた。


ありったけの力で壁を睨む。大腿四頭筋を限界近くまで収縮させると、全力で床を蹴った。

右の拳で思い切り、壁を殴る。鈍い音が屋上に響いて身体の中心が熱くなる。痺れる感覚が拳を伝い、すぐに痛みへと変わった。


痛みだけを愛せ!

殴った。


痛みだけを愛せ!

殴った。


アスピリンなんて糞喰らえ!

また殴った。


殴れば殴るほど痛みは増殖し、身体を蝕んでいく。麻薬のようだ。

痛みは裏切らない、痛みは裏切らない、痛みは俺を絶対裏切らない。

そう、痛みだけを、痛みだけを抱いて死ね。


「おいおい危ねえな、大丈夫か米倉」


俺は呼吸を整えて拳を高々と上げ、青い空に突き刺した。指の付け根全体の皮が擦り剝け、血が垂れてブレザーの袖を汚したが構いやしなかった。発熱するような拳の痛み、その痛みが、熱が俺の内側に還ってきた。還ってきたんだ。


「これが俺の全て、そして答えだよ先輩」


金網フェンスのところまで戻ると誇らしげにそう言った。

自己の理解の外側にある物を見せられた時、人間の反応は何通りかあって頭から否定するか、鵜呑みするみたいに肯定するか、もしくは曖昧に笑ってその場をやり過ごすかのどれかで、先輩は尖った頭を掻きながらどこか困ったように苦笑いを浮かべた。

チッ、そんな顔すんなよ。


「やっぱ、刺激中毒者の脳みそは良く分かんねえな」

「ウルセー、俺はフツーじゃねえんだよ」


先輩はこの前と同じように肩を竦め、血が出てるぞと右拳を指差した。俺はブレザーのポケットに押し込まれていたハンカチを取り出して傷口に巻いた。


傷が白色に覆われて見えなくなり、感情の高ぶりが少し萎えた気がした。再びフェンスに寄りかかり、静寂と戯れていた頃、その静寂を振り払うように携帯が鳴り響いた。

出るとヤマピーからで俺を呼んでいる二人組が校門にいるらしいと早口で告げてきた。奴らだと思った。分かった、すぐに行くとだけ言い、電話を切る。


「報復だよ」


そう、先輩がぼそりと呟いた。








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