その18☆粛清
その日の夜、先輩が言っていた『覚悟』と言う二文字が静かに現実のモノとなる。
シトシトと小雨が降り頻る自宅前、闇に同化しそうな黒ずくめの男が二人、無言で俺を待っていた。その姿を見るなり、俺は直感的に感じた。
(……コイツら……コイツらヤバイ)
二人のうち、向かって左側に佇立している、比較的背の高い男が懐から煙草を取り出して火を点けた。闇に一瞬色彩が宿り、網膜で暫く咲いて、煙の匂いが雨音と混ざった。
その音と匂いが耳と鼻に癒着して身体の内側がざわつき始める。息を吐き出して目前の闇達を睨んだ。だが、二人は何も喋らなくて、その静けさが俺を不安にさせる。数分、いや数十秒だったかも知れない。対峙していたその時、右側の長髪で細身の男が口を開いた。
「米倉銀亜君?」
思いのほか静かな声音だった。
真夜中、不意に目覚めた自室のような……。だけど時限爆弾を前にした時と同じくらいの緊張感は消えない。俺は堪らず、唾を飲み込んだ。
「……ああ、そうだけど。誰だ、アンタ達」
硬く閉じかけた喉を抉じ開けて、その言葉を吐く。短い静寂が生まれ、周囲を流れる時間が地面を叩く雨音で規則正しく埋まって行った。警戒しながら見つめる俺を、黒ずくめの男達は意味深に破顔した。捜していたモノが見つかった、そんな感じで。
「粛清が始まるぞ」
背の高い男がそう言った。長髪の男の声とは違い、低い地鳴りみたいな声だ。
「粛清? 何の事だよ」
俺は訊いたが二人はまた軽く破顔して、黙ったままこちらの脇をすり抜けるようにして歩き出した。
「ちょっと待てよ、アンタ達――」
振り向き様に言い、後ろを見たが二人の姿はすでに闇の中に消えていた。目を疑う俺に声がどこからか聴こえてくる。
「もうすぐ分かりますよ。そう、もうすぐ」
その声が闇の中から聞こえ、すぐに雨音に埋もれた。二人の気配は完全に無くなって、眼前には漆黒の闇がただ広がっているだけだ。
「粛清……」
半開きの口元からその言葉が洩れたが、それも同じようにすぐに雨音に掻き消された。




