その13☆遊戯が始まるその前に
先輩との戦いが終わったら、あの公園に来るように言われていた俺は午後の授業をさぼり、(まあ、と言ってもいつも聞いていないが)おっちゃんが待っている公園に向かった。
赤ベンチに腰掛けて、どこか嬉しそうに、愛おしそうに煙草を吹かしていたおっちゃんは俺の顔を一瞥して、
「初体験はどうだったい? 兄ちゃん」
と、呟いた。
俺は、ありのままを話した。先輩に見事に投げ飛ばされた事、右ストレートが全く通用しなかった事、三分も持たずに戦闘が終了した事、全てを報告した。
フンフンと頷きながら聞いていたおっちゃんは、煙草を地面に落とし、ボロボロのスニーカーで踏み潰した後、
「初めてってのはそんなモンだよ兄ちゃん。自分でも良く分からねえうちに終わっちまう。俺もそうだったよ、経験積んでくとよ、長く持続できるようになるんだ、色んな意味でな」
そう言い終わると、おっちゃんは意味深にニヤリと笑んだ。その意味が分かり、俺もヘヘッと笑った。
無精髭をシャリシャリ鳴らしながら、
「これからもっと面白くなるよ。裏の世界じゃ兄ちゃんはもう有名人だよ、俺が頑張ってCMしてきたからな。あんまり言うと兄ちゃんの楽しみ、刺激が減っちまうから言わねえけどよ」
おっちゃんは春の日溜まりのような優しい笑顔で頷く。
俺は頭を下げた。親にも下げた事のなかった頭、感謝の気持ちで一杯だった。
「俺から言える事は二つだ。まず一つは今日からなるだけ一人で行動してくれ。相手も兄ちゃん一人の方が戦りやすいだろうからよ。そんで二つ目は合言葉だ。ルールって言うほど堅苦しいモンじゃねーが、ある程度の縛りは必要だと思うからよ、街出ていきなり攻撃されてもアレだしな、まあそれはそれで面白えかも知れねーが……。まず、相手は兄ちゃんの名を呼ぶ、米倉銀亜ぁ! てな。で次に、『いざ尋常に勝負』って言ってくる。ちょっと面白えだろ? 何でだろうなぁ、俺が時代劇好きだからかもな。あとは好きにやったら良いよ兄ちゃん。兄ちゃんのその首に十億の懸賞金が懸かってるんだ、敵はワンサカやってくる。両想い同士、思う存分戯れりゃイイ」
俺はまた頭を下げて、感謝の意を述べた。おっちゃんは徐に立ち上がると俺の肩に手を置いて、
「まあ気楽にな」
と、だけ言い、その場を立ち去ろうとした。
お礼の金を渡そうと鞄から金の入った封筒を取り出しておっちゃんに渡す。おっちゃんは、
「これで暫くはゴミ箱漁らずにすむよ」
そう、嬉しそうに破顔した。それから思い出したように、
「ああそうだ、この戯れの名前考えたよ。最初よ、米倉狩りって思いついたんだけど日本語じゃちょっとダサいと言うか重苦しい感じがしたから、米倉の米と狩りを英語にして『ライス☆ハント』ってのはどうだい?」
ライス☆ハント……。
その甘美な響きで俺の内側が激しく揺れ、身体が震えた。戦闘の時とは少し色の違う震えだ。
好きな女の髪の匂いを嗅いだ時の震えにそれは似ていた。
「ヘヘッ、カッケーすねそれ」
「そうだろ? イカスだろ?」
大きく頷いて、俺はおっちゃんに向かって右手を差し伸べた。
「今までありがとうございました、これからもよろしく」
おっちゃんはフフンと嬉しそうに息を吐き、ささくれた手が俺の右手を強く握る。
おっちゃんの掌のざらつきやほんのりとした熱、それらが俺の思いを吸収して現実味を増し、確信に変わって行くようだった。
「これからは毎日乱交パーテーだな兄ちゃん、羨ましいよ」
俺は笑った。
刺激に満ちた、そんな光景が頭の中で溢れてたまらなく嬉しくなった。




