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ライス☆ハント  作者: 藤原ひろ
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その1☆稚拙な朝、いつも通りの朝。

――老いる夢を見た。


時間と言う絶望の闇に身体中の水分や血までも全て吸い取られて、枯渇する。

カラカラに乾いて萎びた身体は、真っ暗な地面に音もなく臥し、

そして、死ぬ。

それは恐怖だった。







キングサイズのベッドの上で、じっと朝が訪れるのを待っていた俺は大きな溜息を空中に浴びせてゆっくりと起き上がった。


あまり眠っていないせいか、頭がボーッとしている。目を何回か瞬かせて時計を見ると、午前六時を少し回ったところだった。

ちょうどいい時間だ。


枕元に置かれている目覚まし時計に手を伸ばし、背面にあるスイッチをONからOFFに切り替えてアラームを解除する。

夢のせいで身体が酷く重い感じがして、無意識に舌打ちが出た。

起き抜けの顔は生まれたての赤ん坊のようにパンパンに浮腫(むく)んでいて、

残念なほどブサイクだ。鏡を見なくても分かる。左の甲にある、中学の時にふざけて入れた根性焼きの痕も今では年寄りのシミのようにくすんでいる。


「老いたくねえなあ……」


切実な叫び。(およ)そ抗う事の出来ない事実に、俺は苦悩する。

なぜこれほど自分が老いに過敏になるのか、その理由の一つとして考えられるのは

毎日『無駄』に過ごしているからだと思う。


特にやりたい事や夢も見つけられずに十七年生きてきた。

あるのは毎朝きちんと朝勃ちするヤンチャな股間と若さゆえの体力。

それらを失わせる『老い』が、今もの凄く怖いのだ。


俺はまたやるせない溜息を吐き、凝り固まった身体を解そうと一回伸びをしてベッドから冷えた床へと下りた。

暗く沈んだ気分を変えようと窓際まで歩き、白いカーテンを開ける。

空気も入れ換えたくなり、窓も開けた。

すぐに冬の冷たい空気がなだれ込んで来て、俺に激突し、起き抜けの生温かい身体がブルッと震えた。


朝日に目を細めて外を見ると家の傍にあるゴミステーションに(うずたか)く積まれた生ゴミが置かれているのが見え、緑色の防護ネットが捲り上がっている隙間に朝早くから食欲旺盛なカラスたちが我先にと群がっている。


稚拙な朝、だと思った。

でも、それはいつも通りの朝でもある。

窓から顔を突き出して上空を睨むと、昨日の夕方から降り続いていた雨は止んでいて、白い空が延々と広がっている。


その姿勢のまま東側に目を向けると雲の切れ間から散光が視認出来て、約一日ぶりの太陽が姿を現そうとしていた。

いつもの一日が始まる予感が多分にして、その余計な気使いをした太陽に俺は立腹するとせめてもの抵抗とばかりに窓を素早く、ピシャリと閉めた。


二階の自室からリビングに降り立つと、南側の角に置かれている液晶テレビの音量が朝に似つかわしくないほどのボリュームで流れていて寝ぼけ気味の鼓膜を攻撃する。

もう少しだけボーッとしていたかった気分を台無しにされ、沸々と怒りがこみ上がり、両方の拳に力が入る。

朝からイラつく危険な十七歳は取りあえず、憎きテレビを睨んでやった。


テレビは朝の定番とも言える『天気予報』をギャル系ファッションで身を固めた茶髪の気象予報士がハイテンションで伝えている。


「今日のニューデリーの天気はー!」


と、弾ける笑顔で言い出した気象予報士に(殺すぞ!)と心の中で言い放ち、俺はテーブルの上に置かれていたリモコンを手に取ると音量小ボタンを力いっぱい爪を立てるように押して一気にテレビのテンションを下げてやった。


ヘッ、どうだザマアミロと時代劇に出てくる悪代官みたいな悪い顔をして気分が幾らかスッキリした俺は顔でも洗うか……と持っていたリモコンをテーブルに戻した。


「何だ、早いな。起きたのか」


不意に後ろで親父の声がして俺を包んだ。

振り返るのも面倒くさいと思った俺は、コレは無視するのが一番だな……と勝手に決め込んでそれに忠実に従った。

十年前、母さんが死んで以来、親父とはほとんど会話をしなくなってしまった。


親父は都内だけでも十店舗を有する輸入雑貨を扱う会社の元締めで数週間に一度、品定めの為に海外に出張している。会社を創設したばかりの頃はシルバーアクセサリーに傾倒していたらしく、その熱の入れようは息子の俺に銀亜(しるば)と名付けてしまうほどだから相当だ。

(ちなみにこの名前は大嫌いだ。親しい友達には(ぎん)と呼ばせている。)

一緒にいる時間が極端に短いと言うのも会話をしなくなった原因なのかも知れない。

いつも眉間に皺をよせ、小難しい顔をし、頭にあるのはいかに会社を大きくするかと言う事だけだ。

人間的な面などドコを探してもなくて、母さんが死んだときだって親父は涙を流さなかった。


『あなたは家族を持つべきではなかったんだ』


親父への最期の言葉はコレに決めている。

無視を続ける俺に親父は気まずそうに咳払いをすると、


「じゃあ、行ってくるぞ」


と独り言のように抑揚なく言い、リビングを出て行った。

その後ろ姿はいつもと変わらず俺の嫌いな親父の背中だった。資本主義の塊と言うべきその背中、ガキの頃、母さんに言った事を思い出した。


「なんでお父さんはお金のことばかりしか考えないの?」


母さんは最初すごく困った顔をし、しばらくしてとても悲しそうな瞳をして呟いた。


「寂しい人なの……許してあげて……」


母さんの双眸から涙が溢れていた。

その一年後に、母さんは死んだ。親父は涙を流さなかった。母さんは親父を許してあげてと言っていたが俺は親父を未だに許せないでいる。幼いと言われるかもしれないけれど……。


しかし、世の中のオヤジと言う生き物は何故あんなにもみっともないのだろう? 俺はソファーに腰を下ろして考えていた。

若かりし頃は希望に満ち溢れ、夢を熱く語り合い、信念に対して自覚的に生きていたに違いない元若者のオヤジ達は社会の波に飲み込まれ、染まり、気がつけば身体にも精神にもボッテリと贅肉がこびりついてただ平穏に暮らせれば良いと言う事なかれ主義に成り下がってしまったのだ。


父権と言う言葉はもう過去の産物であり、気づけば『ポチ以下』の底辺へと墜落。溜息が出た。

(もうアレだな、俺が総理大臣に就任した暁には体たらくなオヤジ全員島流しにしてしまおう……)。

そんなメチャクチャな事をソファーに寝そべりながら考えていたら不意に強烈な眠気がムクムクと俺の中で立ち上がった。心地良い眠気だ。


重たい瞼でテレビ画面左上に表示されている時刻を確認すると、まだ少しだけ登校時間には余裕があったので安堵にも似た感覚の中、俺はその眠気を受け入れた。

  













 

みなさん、初めまして☆

『藤原ひろ』と申します。

読んで下さり、ありがとうございます☆



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