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妖精の尻尾  作者: 黒崎メグ
本編
4/34

一話 常連客【3】

 その女性(ひと)は漆黒を纏って現れた。

 艶やかな黒髪と黒いドレス。

 黒髪で縁取りされた輪郭の中に浮かぶのは、銀色の双眸で、まるで夜空の星のようである。そして、シンプルな黒いドレスは、女性特有のラインをくっきり浮かび上がらせ、彼女のスタイルの良さを強調していた。

 だが、それだけでは寒いのか、肩からは淡いクリーム色に金糸の刺繍の入ったストールが巻かれている。ドレスの生地に合わせて、良い素材を使っていることが見て取れた。

「いらっしゃい、アリー」

 カウンターで新聞を読んでいた店長が、顔を上げ彼女の名を読んだ。

 その言葉に、彼女がルーさんの妻なのか、とエドワードの中で好奇心が膨れ上がってきた。エドワードは、高いところを整理するために梯子に足を掛けていたのを忘れ、身を乗り出した。その拍子に、重心が移動して、梯子が後方に倒れていく。

 あっ、と息を呑むが、もう遅い。空中で身体の向きを変えることもできず、エドワードの体は、今しがた入店してきた女性の上へと倒れていった。

 とすんっ、と音がして、頬に触れる熱と地に足を着いた感触に、エドワードは閉じていた目を開けた。銀色の双眸が自分を捉えている。

「大丈夫?」

 と少々低いが、心地よい声で彼女は問い掛ける。

「……はい」

 エドワードが戸惑いながら答えれば、彼女はふわりと微笑んだ。洗練された雰囲気を持つ女性なのに、笑うと何とも可愛らしい、とエドワードは思った。

 思わず見惚れていると、

「何、美味しい状態で見惚れてるのさ」

 店長の声に、エドワードは我に返る。よくよく見れば、エドワードは彼女に抱きかかえられる形で立っている。

「うわ、ごめんなさい」

 エドワードは、顔を真っ赤にして慌てて彼女の腕の中から飛びのいた。ゆっくりと深呼吸をして心を落ち着かせる。酸素が脳まで行き渡ると、思考がはっきりしてきた。冷静になって考えると、それ程高くない所から落ちたとはいえ、女性がヒト一人を受け止めるのは、大変なことである。彼女が尻餅をつかなかったことが不思議であったが、まずは彼女に怪我がないか確かめることが、幼いながらも紳士としては当然の義務であった。

「あの、あなたの方こそお怪我はありませんでしたか?」

「私? 私は、大丈夫よ」

 そう答える彼女は確かに大した外傷はないように見える。だが、よく見れば、彼女が肩から巻いていたストールが破れていた。

「ごめんなさい。僕のせいでストールが……」

 とエドワードが謝罪を口にすれば、彼女はふるふると首を横に振った。

「気にしないで。これは最初から破れていたのだもの」

「ああ、またルーにやられたんだね」

 続いて店長の言葉に、エドワードは戸惑いを隠せなかった。

「そうよ。あの人ったら、毎回毎回……少しは力加減を覚えて欲しいわ」

 不機嫌そうに眉を吊り上げて、彼女は言った。アリーさん達夫婦は、やはり仲が悪いのかもしれない、とエドワードは思った。

「じゃあ、いつも通り新しいストールをお求めだね」

「ええ、お願い」

「ちょっと待っててね」

 そう答えて店長は、ランプを片手に席を立った。店長の姿が地下へと消える。店先には、エドワードとアリーだけが取り残された。

「新しい子、よね?」

 アリーは、夫と違い、人の顔を覚えるのは得意らしい。

「あ、はい。一週間程前からお世話になっています。エドワードと申します」

 腰を折って、丁寧にお辞儀をすると、アリーは先程の不機嫌が嘘のように、ふふっと笑った。

「ディランとは大違い。礼義正しいのね」

 意図せず、夫と同じ言葉を口にしたアリーに、言おうか、言うまいか迷った後、

「……ルーさんにも、そう言われました」

 と、エドワードは結局それを口にした。アリーの顔を窺うと、どうにも複雑な顔をしている。

「あの人に会ったのね」

「はい、今朝……」

「あの人、人の顔を覚えるのが苦手だから、あなたを困らせたのではなくて?」

 エドワードが、言葉に詰まっていると、

「全くだよ。ディランと間違えてエドワードのこと苛めてたんだから」

 と、丁度地下室から戻ってきた店長が恨めしそうに声をあげた。確かに最初は彼のことを恐ろしく思ったが、店長の言葉はどうも誇張されている気がする。エドワードには、仮にも彼の妻に対して要らぬ誤解を与えてはいけない気がした。彼らの仲が悪いなら尚更である。

 だが、店長は、そんなこと露にも気にせず、

「アリーから、よくよく叱っておいてよ」

 と言った。

「ええ、そうさせてもらうわ」

「よかったね、エドワード。アリーに叱ってもらえば、ルーも反省するさ」

「そういう問題なんですか? 僕には、要らぬ火種を作ったようにしか見えないんですが」

 店長にだけ聞こえるように、カウンターに寄ってエドワードは呟いた。

 だが、

「エドワードが思っている程、事態は深刻ではないよ」

 そう言って、店長は客へと向き直ってしまう。店長は、ルーに渡したのと同じように、羊皮紙の中から品物を出した。

「はい、アリー。お求めの品だよ」

「ありがとう」

 アリーはお礼を言って、その真新しいストールを巻いた。それを見届けて、店長が問い掛ける。

「今日は、他にもお求めの品があるんじゃないかい?」

 その言葉を聞いて、アリーは花が咲いたように笑った。

「アルヴィンには、お見通しね。とびきり素敵なドレスをお願いしたいんだけれど」 

「明後日は、久しぶりのデートの日だもんね」

「デート、ですか?」

「そう、明後日は久しぶりに二人一緒に出掛けられるの」

 この場合、お相手は彼女の夫なんだろうか。でも、

「お二人は仲が悪いんじゃ……」

 と、思わずエドワードが漏らした呟きに、

「あら、どうしてそう思ったの?」

 とアリーは心底意外そうである。

「エドワードは、ルーが君に裾を伸ばされて新しい服を買いに来たり、アリーがルーにストールを破かれたりしたのは、君達の仲が悪いからだと思ったんだよ」

 エドワードに代わり店長がそう答えると、彼女は可笑しそうに笑った。

「だって、彼、いつも恥ずかしがって手なんて繋いでくれないのよ。だから、私は、彼のセーターの裾を掴むのだけれど、それで毎日毎日伸びちゃうの」

「ルーもいつも同じ要領でアリーのストールを引っ張るしね」

「え、でも、じゃあ、なんでお二人は別々に買い物に? 店長の話を聞く限りじゃ、ルーさんは毎日朝方に、アリーさんは毎日夕方にいらっしゃるんでしょ?」

 エドワードの疑問に、店長とアリーの二人は互いに顔を見合わせて、苦笑を浮かべた。

「それは、仕方がないことだから……」

「そうそう、エドワードも明後日が何の日か知れば、きっと答えがわかるさ」




遂にルーの裾の秘密が明かされました。でも、彼らが別々に買い物に来る理由は次回に持ち越しです。


感想、誤字脱字の指摘等、お気軽にどうぞ。



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