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妖精の尻尾  作者: 黒崎メグ
本編
30/34

七話 友【2】

 そんなエドワードの困惑など知らず、青年は言葉を発しない店長に痺れを切らしたようだった。青年は、

「なぜ黙っているのですか!」

 と声を張り上げた。

 彼の心に呼応するように、彼が支えるドアの合間から冬の名残のある強い風が吹き込んでくる。その風にあおられて、カウンター上の新聞がバタバタと音をたてた。その音の中でエドワードは、目を細め身を震わせた。先程嗅いだ陽の香りとは違い、冷たい風は流石に堪える。

 それに耐えかねて、エドワードは青年にドアを閉めるように促そうとした。だがエドワードが口を開くより早く、風の巻き起こす音に負けないよく通る声が響く。

 いつもの気の抜けた声とは別の、凛とした強い意志を持った声――それは紛れもない店長の声だった。

「俺には、なぜ君が怒っているのかがわからないよ、アルフレッド」

 アルフレッドと呼ばれた青年は、その声にドアを支える手を離した。鈴の音と重たい金属がぶつかる音がしたかと思うと、風の巻き起こす音が消える。後に残されたのは、ぐしゃぐしゃになった新聞紙と再び互いを見すえた兄弟だった。

「わかっていてそれを仰いますか、兄さん」

「君の考えがどうあれ、俺の考えは変わらないよ」

 それでも、と口にして、アルフレッドはエドワードにちらりと一瞥した。

「私は、あなたがここに居ることを許せないのです」

「そうだろうね。先程から君の目を見ていればわかる。でも、俺はここに居ることを望んでいるんだ」

「なぜですか。あなたが己の力で支払うと決めたあの人の入院費も、もうすぐ払い終ると聞きます。そうすると、兄さんが妖精の尻尾(ここ)に残る必要性はなくなります。その後もこの店を続けると? いいえ、あなたは私たちと暮らすべきだ。だから私はあなたを連れ戻しに来たんです」

 ただ黙って二人の遣り取りを聞いていたエドワードは、青年が店長に向けた言葉に、かっと頭に血が上るのを感じた。彼の言い分は、店長の気持ちをちっとも尊重していない。エドワードは感情に促されるまま、

「待ってください」

 と、会話に割って入った。 

「どういう事情かは知りませんが、それを決めるのはあなたではないはずです。あなたも弟なら店長の気持ちがわかるはずでしょ」

 入院費というのは、店長の母親のもので、店長が定期的に病院に出掛けていたのは、毎月少しずつその付けの支払いをするためだったのだろう。店長は母親が残した入院費という借金を返しながら、この店を守ってきたのだ。いくら弟だとしても、店長が自分の意思でここにいる以上、店長を母親の形見であるこの店から引き離してよいはずがない。

 弟だというなら、そんな店長の思いも亡くなった母の思いも理解しているはずだ。それを、入院費の返済が終わる今更やって来ておいて、とやかく言う筋合いはない。

 けれどエドワードの予想に反して、青年は不機嫌そうに眉間の皺を深くした。それとは逆に店長の表情は緩む。店長はあまつさえ、あははははと声をあげて笑い出した。その笑い声にエドワードは思わず目を丸くする。

「笑わないでくださいよ」

 エドワードが恨めしそうに店長を見やれば、

「ごめん、ごめん。なんだか嬉しくなっちゃってね」

 と店長は謝罪を口にして、呼吸を整えた。それから、不機嫌そうにその遣り取りを睨みつけていた弟に目を向ける。

「アルフレッド、そういうことだよ。君には、俺の行動を決める権利はない」

「……私が、血の繋がらない弟だからですか?」

 血の繋がらない弟――青年が発したその言葉に、エドワードは息を呑む。言われてみれば、蜂蜜色とプラチナブロンド、緑色と菫色、確かに彼ら二人の容姿は異なっている。それに、二人に血の繋がりがないなら、彼が店長の気持ちに対して反発的だったことにも説明がつくだろう。けれど、彼らが互いを兄弟と呼ぶ理由はわからない。

 エドワードが店長の様子を窺えば、店長は悲しそうに目を細めた。

「それを気にしていたのかい。俺は母の友人であった君の父が俺を養子に迎えてくれた時からずっと、養父(とうさん)に感謝しているし、君を本当の弟のように思ってる」

「だけど、あなたは人間と共にあることを選ぶと仰ったではないですか」

 母が亡くなった後、店長は養子となった。その会話からエドワードは、二人の関係性を感じとった。青年は養子に入った先の家の子供なのだ。だから二人に血の繋がりはない。

 そして青年の言葉から、店長が養子に入った先が妖精の一族であることも理解できる。妖精である青年が人間を好いていないことも明らかだった。

 なのに、店長は、

「アルフレッドは人間が嫌いかい?」

 と、いつぞやエドワードがディランに投げかけたのと同じ質問を口にした。案の定青年は、首を縦に振った。

「はい。だって、貴方の母はその努力を報われることなく命を落とした。人は残酷です。私たちの存在など顧みなくなってしまった。あなたはそれでも人の味方でいるのですか?」

 彼の返答は店長も予想していたのだろう。店長は、「それも一つの真実だ」と肯定を示し、「でもね」と言葉を続けた。

「俺は、人が皆そうだとは思わないよ」


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