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妖精の尻尾  作者: 黒崎メグ
本編
29/34

七話 友【1】

 ディランが知らせを持ってきた日から、何事もなく二ヶ月が過ぎようとしていた。ディランが帰った後は、ルーから知らせを受けたアリーやニーヤの訪れで店は騒がしかったが、二ヶ月も過ぎればあの騒ぎが嘘のように思えてしまう。それでも、いつも通りに見えて、その実店長が気をはっているのは確かだった。朝はエドワードがやってくる以前にもう店に出ているし、地下の倉庫に降りる時間も最小限なのだ。

 それはきっとエドワードを店に一人にしないための気遣いなのだろう。

 エドワードはその気遣いが喜ばしかったし、不謹慎だと思いながらも、店長や客達と共に居る時間が増えることをとても嬉しく思う自分がいることに気が付いた。その感情に促されるように、エドワードはこのまま何も起こらないのではないかという淡い期待さえ抱き始めていたのだ。

 だが、その日々は一人の来訪者によって、終わりを迎えることになる。

 その来訪者がやってきたのは、冷たい風に混じって春の陽気が漂い始めた冬の終わりのことだった。

 ちょうどカウンターで本を読んでいたエドワードが、いつものベルの音に顔を上げると、ドアの隙間から陽の香りが漂ってくる。続いて目に入ったのは、蜂蜜色の柔らかな髪と新芽の緑を瞳に宿した青年の姿だった。彼は天気が良いこともありコートは羽織っていなかったが、首元までしっかりとシャツのボタンを止め、紺のベストにジャケットという出で立ちをしていた。年齢は店長より少し年下だろうが、いつもだらしない店長とは正反対で、服装からは誠実さが滲み出ている。好感が持てる相手のようだ、とエドワードは思った。だがその印象に反して、彼はドアに手を掛けたままカウンターのエドワードの姿を捉えると、その整った眉を寄せ、

(にい)さん、どういうことですか」

 と不機嫌そうに言葉を発した。

 その言葉に、エドワードの横から聞こえていた音がぴたりと止まる。隣では店長が、エドワード同様椅子に座って新聞を読んでいたはずだった。エドワードが遅れてそちらに目を向ければ、店長は手にした新聞をカウンターに置いて、相手を真正面から見すえている。店長のいるカウンターと来訪者の居る店の入り口とは数メートルの距離があるが、二人の間に流れる空気は、今までの来訪者達のそのどれとも違っていた。その様子からいっても、二人の間に何かあるのは明らかだろう。

 彼が(くだん)の妖精王なのだろうか。

 エドワードがそう思い至るのに時間は掛からなかった。彼の服装は品の良いものであったし、何よりエドワードの姿を捉えた時の表情が好ましいものではなかったからだ。

 だが、それでもそれを断定するには、彼の先程の発言が邪魔をする。

 彼は店長のことを「兄さん」と呼んだ。

 そこで、エドワードが思い起こすのはディランの姿である。ディランも店長のことを「兄貴」と呼んではいたが、目の前の来訪者が呼ぶその響きは、ディランのそれとはどこか違っていた。ディランの呼ぶ「兄貴」が信頼を表すものなら、彼が呼ぶ「兄さん」は親愛を表すものだ。

 さらに、エドワードは二ヶ月前、店長を追って来た子供のことを思い出して考える。あの子供は家族のことを慕っていながら、憎まれ口をたたいていた。青年の発した第一声は、決して好ましい雰囲気ではなかったが、あの時の子供のように、気を許した相手故の批難なのだろう。

 だが店を潰すかもしれない妖精王が、店長にそんな感情を抱くだろうか。

 そんなはずがない、という思いがエドワードのどこかにあった。「妖精王は店長のことを認めている」というルーの発言があったとしても、その考えは変わらない。

 けれど、彼が妖精王だと仮定して先程の発言を信じるなら、彼は店長の家族ということになる。いや、そもそも店長の母親が人間であるのなら、店長の弟もまたその人間の血が流れていることになるのだ。そんな人物が妖精王であることなどあり得るだろうか。

 考え出したらきりがないとわかっていながらも、エドワードは彼が口にした「兄さん」という言葉が気掛かりでならなかった。


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