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妖精の尻尾  作者: 黒崎メグ
本編
21/34

五話 待人【1】

 




 どのくらい時間が経ったろうか。指先や足先はすっかり冷えきって、感覚が乏しい。それでもエドワードはその場を動く気にもなれず、ただぼんやりと階下へ視線を落としていた。

 だが、暫くして、階下で鳴ったベルの音に肩を震わせた。

 店長が帰ってきたのだ―—思わず出た安堵の溜息と共に、エドワードは盆を置き去りにしたまま階段を駆け下りた。

「店長!」

 薄暗い階段から明るい店先に出たことで、相手の姿は黒い影のように見える。それでも、体格からいって店長でないことが見てとれて、エドワードは続くはずだった言葉を飲み込んだ。身長は店長より十数センチ小さいだろう。目が慣れてくると、その人物の容姿がくっきりと浮かび上がってくる。紺色に近い青を溶かしたような黒髪とエメラルド色の瞳が特徴的な、エドワードより三、四歳は年上の男の子だ。彼は、この寒い中薄手のコートを一枚着ただけの格好で立っていた。

 エドワードは相手の姿を確認して、慌てて取り繕うように背筋を伸ばした。

「いらっしゃいませ」

 エドワードが落胆を隠すように馴染んだ言葉を口にすれば、相手は驚いたように目を瞬かせた。

 自分は何か相手を驚かせるようことをしたのだろうか。可能性があるとすれば、相手よりも年下のエドワードが接客に現れたことだろう。上流階級の子弟を除くと、エドワードくらいの年齢で働くことはそう珍しいことでもなかった。その事実は世間一般では当たり前のことであったが、恥ずかしいことにエドワードがそのことを知ったのはこの店で働き始めた頃だ。相手がエドワードと同じような育ちであるなら、そのことに驚きを感じても不思議ではない。

 しかし、そこで気になってくるのは相手の出で立ちだった。

 仕立てがよいのは見て取れるが、こんな真冬に着るにしては些か軽装過ぎる。表に乗り物を待たせている様子もないので、その軽装でここまで歩いて来たのだろう。しっとりと濡れた髪は元々癖毛なのか、耳の上で波打っている。

 気がつくと、エドワードが困惑気味に相手を観察しているのと同じように、彼もエドワードに視線を向けていた。互いに頭の上から足の先まで順に視線を巡らせていく。

 足先までいった視線が再び上を向く瞬間に、視線が交叉した。気まずさに足先に再び視線を落とすと、相手が動く気配がする。

「お前、何者? ここで何をしてるんだよ」

 と、独り言のように投げやりに呟かれた言葉は確かに問い掛けの形をとっていた。その質問に対する答えは一つしかない。しかし、それすら否定しているような問い掛けに、

「僕は、この店の店員です」

 とエドワードは絞り出すように言葉を音にした。それを聞き、ふーん、と相手は唇を尖らせて目を細める。明らかにエドワードが店員であることを認めていない態度だ。

「まあこの際仕方がない。ともかく、店長を呼んできてくれよ。地下か上にいるんだろう?」

 その物言いに眉をひそめつつ、エドワードは事実を返した。

「店長は、今留守にしています」

 その言葉に相手は、使えないとでも言いた気に深い溜息を吐いた。溜息を吐きたいのはこちらのほうだ。エドワードが思わず息を吐きかけた―—その時、

「つくづく、間が悪いなあ、兄貴の奴……」

 相手が不満そうに漏らした言葉に、一瞬にして身体が強張ったのがわかった。

 兄貴――というのは店長を指すのだろう。言葉からは親しみの情が滲み出ている。聞きようによっては、ルーとアリーの夫妻やニーヤ以上に砕けた態度である。

「まあ、いいや。帰ってくるまで待たせてもらうぜ」

 彼は当たり前のように備え付けの丸テーブルに腰を下ろした。そして、とんとんと指先でテーブルを叩いてエドワードを呼ぶような仕草して、

「あー、そうそう。飲み物はミルクティーで、ついでに塩バタークッキーも頼むな」

 と、エドワードの答えも待たずに彼は足を組んだ。先程の発言に次いで、その横柄な態度にエドワードは眉を寄せたが、店長と親しそうな様子から言ってルー達のように毎日訪れるわけでないにしろ、常連客と言ってもよいのだろう。そうすると店長の留守中に無碍に扱うわけにもいかない。渋々エドワードは彼の要求を叶えようと動き出した。

 だが――

「そいつの要求など聞いてやる必要はないぞ」

 乱暴にドアを開ける音と共に店に響いた聞き覚えのある低重音に、エドワードはすぐさま店の入口を振り返った。






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