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妖精の尻尾  作者: 黒崎メグ
本編
18/34

四話 迷子【2】

「いやぁ、今日はよく降るね」

 肩に積もった雪を払いながら、店長は店の敷居を跨いだ。店の中の熱気溶けた雪が髪をほんのりと濡らし、いつもとは違う色を放っている。店長はそれを気にした様子もなく、コートを脱ぎながら後に続いた子供を見やった。

 子供は開け放たれたドアの前で、敷居を跨ぐこともせずに立ち止まっていた。腕には大事そうに、三十センチ四方の鞄を抱えている。毛糸の帽子を被っているためもう少し小さいかもしれないが、身長は十二、三センチといったところだ。だがその身長に比べて、どうも子供の抱える鞄は大きすぎるように見える。

「寒いから入って来れば?」

 洋服掛けにコートを掛けて店長が言う。コートを抜いてしまえば、シャツにベストという出で立ちだから、開け放たれたドアから流れ込む冷気は堪えそうだ。かくいうエドワードも、ドアを開けた後、そそくさとストーブの前に避難していた。

 だが、店長の言葉に子供は困ったように店の中の二人に目を向けただけだった。寒さで赤くなった鼻の付け根に皺を寄せたかと思うと、くしゅんっと可愛らしいくしゃみを響かせる。鼻を啜って、それでも子供が中に入る気配はない。

 それを見兼ねて、

「全く、早く入ればよいのに……」

 と、呆れの混じった呟きと共に店長が子供の手を引いた。子供は大した抵抗もできずに、驚きの表情を浮かべたまま店の中に引き込まれる。その拍子に店のドアに身体が触れたのか、子供の後ろでドアが閉まってしまう。

 そのまま、子供をストーブの前まで誘うと、店長はエドワードを見やった。

「エドワード、悪いけど温かい飲み物を準備してくる間、この子の面倒を見ていてくれるかい?」

 エドワードが仕方なく頷くと、店長はちらりと子供に目を向けた後、二階へと姿を消してしまった。


 店長が二階から降りてきたのは、それから五分ほどしてからのことだった。手にした丸盆に湯気のたつマグカップを三つのせている。柔らかな香りの中に仄かに甘みが混じっていた。子供に気を遣ったのか、どうやらホットミルクらしい。どう接していいかわからぬまま、互いにだんまりを決め込んでいた子供を促し席についた。

 以前ニーヤが出した椅子がそのままだから、椅子は丁度三脚ある。テーブルに盆を置いた店長が、エドワードがカウンターに持ち込んでいた椅子を引っ張ってきた。エドワードと子供を底辺にした三角形の頂点に身を落ち着けると、「どうぞ」とマグカップを配分する。その店長の動きに合わせて、子供は肩を震わせ、目をまるで満月のように大きく見開いた。その反応はどこか不自然である。なぜだか、店長の動きにばかり反応を示しているような気がする。

 そのまま子供から目を離さずに、エドワードはカップの中のミルクを啜った。口の中に甘みと花の香りが広がる。以前配達してもらった蜂蜜を溶かしたハニーミルクなのだろう。

「寒かっただろう? 話はこれを飲んでからでもできるから、ひとまず温まったらどうだい?」

 店長の優しい言葉に、隣でそれを啜るエドワードをちらりと横目で窺った後、子供はカップを手に取った。そして、一口啜り――

「おいしい」

 エドワードが初めてそれを口にした時と同じ言葉がもれた。それを聞いて店長が微笑む。

「愛情が溶かしてあるんだから当たり前だろ」

 言ってから、店長はエドワードを見てさらに口角を上げた。からかいの混じった言葉にエドワードは目を逸らし、子供の方を向いた。

 あっという間に子供が手にしたマグカップの中身は空になっている。音をたてて子供が空になったカップをテーブルに置くと、店長の意識が再び子供に向いたのがわかった。

「さてと、身体も温まったようだし、病院からわざわざ俺をつけて来た理由を聞いてもいいかな?」

 つけてきた―—となると、先程、首を知りに動かしていたのは店長の姿を探していたからだったのか。それなら、店長を見て子供がとる不振な行動にも納得がいく。

 だが、エドワードにはもう一つ気になる部分があった。店長は「病院から」と言ったが、エドワードが初めて店長を見掛けたのも病院であるのだ。そうすると、店長は定期的に病院に出向いていることになる。定期的に医者に診てもらわなければならないほどの病気を煩っているのだろうか。だが、普段の飄々とした態度を思い浮かべて、エドワードは首を横に振り、その考えを打ちはらった。

「僕は光の精を探しにきたんです」

 子供は考えを巡らせるエドワードをよそに、店長をまっすぐ見つめてそう言った。





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