第6話 続々: 最高な夢と、最悪な一日の続きの続き。
サキュバス。
昔の民間伝承や宗教内教義に存在したという女性型の悪魔の一種。
男性を誘惑して精を搾り取り快楽を与える様から淫魔とも、他人の夢に入りこむ性質から夢魔とも呼ばれたという。
「サキュバスって……あのサキュバスですか!?」
「その認識で合っているはずです。あちらがそう名乗っているのもありますが、カテゴライズするならばそうなるかと」
尾久さんの言うあちらというのは異世界のことを指すのだと思う。
数十年前に異世界から流入した生命体の中には”サキュバス”に分類されるであろう亜人種も存在した。
サキュバスという民間伝承などに登場した生命体と類似の性格を持っている・当人らも自身が”サキュバスである”ことを名乗ったことでこの世界において”サキュバス種”と認定されたらしい。
「でもサキュバスってその男性の……」
男性の精を搾り取る為に女性の形をしているのがサキュバスというのなら、今回はそれには当たらない気がするんだけど。
なにせ今の私は男性に嫌われている、拒絶されてるといってもいい。
逆に女性からは好かれている……? というよりも精を取る性質は据え置きなら女性をおびき寄せてることになるけど……?
「定義上ではそうなりますが、今回の一連の出来事から鑑みるに下十条ユリさんの場合は例外的のようです」
「例外的……?」
「下十条ユリさんからは染色体XXにのみ作用する”催淫”と染色体XYにのみ採用する”《《嫌悪》》”の異能が同時に発せられています」
染色体……確かXXが女性でXYが男性って認識なんだけど、それじゃ──
「本来のサキュバス種だと男性に限定・作用する”催淫”の異能を発動するはずです。ですが下十条ユリさんの場合、男性には”嫌悪”の異能・女性には”催淫”の異能が発動している例外的な事態になるようです」
「逆転してるってこと……?」
「現状ではそういうことになりますね」
民間伝承などにあるサキュバスだと男性には魅力的に映るよう幻覚を見せる一方で、サキュバス素のままでは外見が醜く見えたという説もあり……それで男性を誘惑するものだから女性には嫌悪の対象として映った可能性もなくはない。
伝承ベースで考えるなら男性に好かれ・女性に嫌われる……ほどじゃなくても、煙たがられるはずのサキュバスの性質が私の場合は逆転していることになる。
正直に言えば私個人的にあくまで同じ生命体だったり種族などとしか見れない男性を、意図せず誘惑することになっていたら……あんまり想像出来ないな、でも女性相手の方がいいなとは思ってしまう。
そういう意味では女性を催淫する方でまだ良かったのかもしれない……もともと拒絶こそしてなくとも一線を引いていた男性には蛇蝎のように嫌われることになるのに不安がないわけじゃないけど。
……それもこれも催淫される女性たちや嫌悪することとなる男性の意思を無視した身勝手な考えなんだけどね。
「ただ異能の変質・または本人の資質次第で本来の定義通りの異能に戻ること・または性別問わず異能が発動する可能性も否定できないので注意が必要ですね」
尾久さんが意図しているのは本来の男性を催淫・女性に嫌悪される状況、または男女問わず催淫するor男女問わず嫌悪される状況になることだろうと思う。
確かにそれは……かなり困る。
「加えて数値上から計算すると下十条ユリさんから発せられている異能の効果は半径一〇〇メートル範囲とかなり強力で、これが上限でない可能性もあります」
「半径一〇〇メートル!?」
つまり何!? 今この緑がかった透明の膜こと対異能シールド? 無しで異能発動状態だと半径一〇〇メートル圏内の女性は催淫・男性には嫌悪されることになる…………強力すぎでしょ!?
「それとこればかりは事後承諾になってしまいますが、今回の件はご両親の方に連絡が行っています」
「それは……そうなりますよね」
ここまで大事になって何事もありませんでした、とはならないよね……ということはとりあえずは両親に伝わってるってことかぁ。
そもそものこの私に突如として発現したサキュバスの異能自体も何由来なのか、私の家族は知っている可能性があるのも確かで……。
でもそんなこと両親からも両方のおばあちゃんおじいちゃんからも聞いたことないんだよなぁ……。
「不可抗力であることもご両親はご理解いただけていました」
「ならよかった…………あっ!」
ここまで私が実は人間じゃなくてサキュバス種だったこと、更には女性に催淫・男性に嫌悪を振りまくイレギュラーだったこと、想像以上にその力が強そうなこと。
……に気を取られてそれどころじゃなかったけど、校門前で私が意図していないとはいえ引き起こした事件のことだ。
なんだったら通学路でも私は近所の住人たちに影響を出してるわけで──
「どうかなされましたか」
「私のせいで影響受けたり、意識失った人たちって……大丈夫ですか?」
そこに居合わせた男性に嫌われたぐらいならまだいいとして、意識失った際に倒れたり・座り込んだりした時のケガ人とか……もしかすると後遺症の類とか、そこが不安になってしまう。
「現在同時並行で……外傷は擦り傷程度の方が数名で治療済みです」
そして尾久さんの隣にいるウマ耳ポニーテール女性が”サーチ”を使いタブレットも操っていて、それを尾久さんに見せていた。
「通学時から校門前までの対象者全員とも嫌悪・催淫状態が解除されているので今は健常のようですよ」
「よかった……でも今後、私はどうすればいいんでしょう」
よかった……けど、こんな大事になって私普通に学校に通えるのかな?
シールド無しじゃ周囲の半径一〇〇メートル圏内の人間全員巻き込みかねない状態みたいだし……対策が見つかるまで・抑制できるようになるまで隔離とかあったりするのかな。
「後日、出来れば家族同伴で指定病院の方に精密検査に来てください。それでも日を改めるので対異能シールドは今から服用出来る飲み薬を一週間分準備してあります」
緊急的・応急的に即効で私の異能を押さえつける必要があった為に異能持ちを必要とした判断だったそうで。
今の私の状況なら”まだ”飲み薬の継続的服用で私の異能は抑えられることを尾久さんが話してくれる。
でもちゃんと診てもらった方がいいのは確かだから、親と相談して病院に行く日を決めようかな。
……聞こうと思っていたけど、勇気が無くて聞けなかったことを尾久さんに投げかける。
「今回のこと私はどういう罪になったりするんでしょうか……」
洗脳事件!? みたいなものとかだと懲役何年とかになったりするのかな、うぅ……罰金刑で済んだとしても、私自力じゃ無理かもしれない。
「今回の件は事件性もなく・意図したことでもない不可抗力な案件と認められているので罪に問われることはありません」
「そ、そうなんですか」
ある程度の情状酌量を求めたい気持ちがないわけではなかったものの、そう断言してくれるとやっぱりほっとする。
「”後退復帰・認識改変”申請を行い受理されましたので、異能の影響を受けた対象者の状態は受ける前に戻された上で、記憶に関しても調整されたので安心してください」
「えっと……」
「なかったことになりました。私たち政府・異能対策課と下十条ユリさんの両親の間以外では」
「そう……なりましたか」
脳内に埋め込まれたナノマシンを利用しているので申請が通りさえすれば即刻可能だという”《頭を弄る”行為。
今回の件は事件の収束に使われたけど、事件を未然に防ぐことにも使われているので私たちの認識では当たり前のことになっている。
私は経験したことはないけど、SNSで見たのは「頭が”ぴりっ”として、その次の瞬間には──」ある衝動が抑制・鎮静化させられたというニュース。
この世界……正確にはこの国では《《絶対に自分の意思で事件を起こせないようになっている》》。
起こるのは不可抗力による事故・事件のみで、私も不安ではあったけれど今回のことは”事件ではない”と尾久さんが明言していたし、これまでも事件だと私に説明したことは一度もなかった。
今回のことは事故扱い、それも政府側などに記録が残るだけで私たち以外には記憶が残らない──なかったことになる、そういう決着なのかもしれない。
「……ああ、大事なことを言いそびれていました」
そうして尾久さんは、私に向き直って真面目な面持ちで切り出した。
「この国では異能によるものでも人のものを取ることは窃盗罪にあたります。”NTRダメ絶対法”にも該当するので、万が一催淫などでNTRと認識・判断された場合──」
この国では人のものを取ってはいけないし盗ってはいけない、当たり前のことではあるはずだ。
けれど他の国とは少しだけ意味が違うのかもしれない。
「最低限罰金刑、場合によっては教育的処置、最悪の場合国外・惑星外追放となるのでお気をつけください」
この国ではNTRに該当する……”寝取る”行為は許されていない。
尾久さんが話したのはこの国では最重要の常識であり法にもなっている、他人の想い人を奪ってはいけない・他人と交際中の人をかすめ取ってはいけない、など倫理的にも当たり前のことではあるはずだ。
ただその為に全人類・全国民の脳内に埋め込まれたナノマシンを介した**が、三六五日・二四時間監視し続けている。
NTRの監視が第一で、他の犯罪抑制はあくまで二の次で。
あらゆる事故や事件が未然に防がれるように出来ているこの世界でも、それだけは許されないのだという。
尾久さんは私たちの住むこの場所がそういうルールだから改めて言ってくれたのだろうし、私に再認識させてくれたのだと思う。
「脅すようで申し訳ありません、そういう決まりになっていますので……あっ、とりあえずはシールド薬の服用忘れをしなければ問題ありませんよ」
加えて優しい口調で「脳内アラームで服用警告が出来るようにも出来ますがどうしますか?」と聞いてきたので──
「お願いします」
「わかりました、それでは今日はお疲れ様でした。このまま早退するか・一休憩入れるか・キリのいい二時限目から復帰することも出来ますがどうしますか?」
「えっと……二時限目から復帰で」
「わかりました、そう学校側に伝達しておきます」
そうして私の怒涛の一日の始まりは終わり、普通に学校生活が戻ってくる──はずだった。
<カクヨムでも連載中>
どうも、NTR絶対許さないマンです。




