第八章 アルテア様が来た
聖女の仕事で王都から半日離れた村に向かったとき、予想外の人物が現れた。
「アルテア様? なぜここに」
「……たまたま近くを通ったから」
「この村、街道から外れてますよ」
「うるさい」
アルテア様は馬車から降り、村の入口で腕を組んでいた。
今日は旅装束にしたのか、深い青のマントを羽織り、銀色の髪が風に揺れている。普段の学園での姿とは違う凛々しさがあって、私はまた数秒見惚れてしまった。
光の中でマントが翻り、まるで物語の挿絵のような光景だった。
「……何をしているの、早く行きなさい」
「あ、はい」
その村では、井戸に瘴気が混入したらしく、子どもたちを中心に体調不良者が出ていた。
石造りの家が三十軒ほど集まった小さな村で、広場の中央に古い井戸があった。私は治癒用の白い作業着に着替え、一人一人に手を当てた。
薄紫の光が患者の体を包むたびに、見守っていた家族が小さく息をついた。半日かかる作業だ。
アルテア様は村の外れで馬を繋ぎ、どこかに行くでもなく待っていた。
「……帰らなくていいんですか」
「別に急ぎの用はないから」
「見ているだけですか」
「邪魔したら悪いでしょう」
私は作業に戻った。
子どもの一人——赤い頬の小さな女の子が「おねえちゃん、きれいだね」と言いながらアルテア様の方に近づいていった。アルテア様は少し固まり、それからしゃがんで子どもと目線を合わせた。
「……名前は?」
「ルーク!」
「そう。ルーク、ちゃんとお水を飲みなさい。今日からは大丈夫だから」
「うん! おねえちゃんもきて!」
「私は……」
「ねえねえ、こっちきて!」
子どもに手を引かれるアルテア様を、私は横目で見た。困ったような、でも振り払えないような顔で、アルテア様は子どもに引っ張られていった。青いマントを翻しながら、小さな手に引かれて歩く姿が、なんとも言えなかった。
帰り道、アルテア様が用意してくれた馬車に乗り、肩を並べながら、私は言った。
「子どもが好きなんですね」
「……別に」
「あの子と話しているとき、優しい顔をしてましたよ」
「していない」
「してました」
「……もう」
夕暮れの街道を馬車が進む。空がだんだんと橙色から濃い青に変わっていく。アルテア様の銀色の髪が夕日に染まり、少しだけ金色に見えた。
「……子どもは、素直でいいわね」
アルテア様が静かに言った。
「はい」
「計算しない。言いたいことをそのまま言う」
「アルテア様みたいですね」
「私のどこが素直なの」
「思ったことは全部行動に出てます」
「……どういう意味」
「耳が赤いとか、お菓子に手が伸びるとか」
「っ、もう!」
アルテア様の耳がまた赤くなった。私は笑いをこらえながら、心の中は温かかった。




