おまけ② 綿菓子が笑わない
一瞬の登場だったフェリクス視点のおまけです!
俺の名前はフェリクス・ロートハイム。
伯爵家の次男で、クロード殿下の側近を務めている。真面目が服を着て歩いていると言われたことがあるが、それは褒め言葉だと解釈している。
問題は、殿下の周囲に奇妙な人物が現れたことだ。
リーナ・ハート。平民出身の聖女。白を帯びたピンクの髪に、紫がかった目。身長は低めで、全体的に丸みがある。顔立ちは——正直に言えば、かなり可愛い部類に入る。綿菓子みたいだと思った。最初に見たとき。ふわふわしていて、甘くて、なんとなく掴みどころがない感じ。
問題は、その綿菓子が殿下に向かって「目が痛いです」と言ったことだ。
「殿下のことが、苦手です」
俺は近くにいて、その瞬間を聞いた。思わず固まった。周囲の生徒たちも全員固まった。そんな言葉を、あの殿下に向かって言う人間を、俺はこれまで一度も見たことがなかったから。
しかも言った後の顔が、また妙だった。怯えていない。開き直っているわけでもない。ただ——本当にそう思っているから言った、という顔だ。
殿下は笑った。「好感が持てる」と言った。
俺は頭を抱えた。
その後も観察していたが、リーナ・ハートという人物は一貫して奇妙だった。殿下に素っ気なくする。返事を最小限にする。近づくと「眩しい」「目が痛い」と言う。殿下に嫌われようとしているのは、近くで見ていれば明らかだった。
なのに——笑わない。
これが、俺が最初に気づいた奇妙な点だ。
他の令嬢は殿下と話すとき、笑う。殿下の言葉に笑い、殿下の冗談に笑い、殿下の視線に笑う。それが当然だ。殿下は王太子で、顔がいい。笑顔のコストなど安いものだ。
でもリーナ・ハートは、殿下の前で笑わない。
能面みたいだと思った。いや、能面は言い過ぎか。ただ——表情が薄い。殿下を見るときの目が、どこか「観察している」感じがする。
奇妙なやつだと思った。
ところが——アルテア様と話しているところを、廊下から偶然見てしまったことがある。
リーナは笑っていた。
声に出さず、目元だけで笑う癖があるらしい。それが——なんというか、予想外に可愛かった。さっきまでの能面はどこに行った。あれが本来の顔か。
俺は少し混乱した。
その後も何度か、アルテア様と一緒のリーナを遠目に見た。指導を終えた後の廊下で、食堂の端で、中庭で。アルテア様と話しているときのリーナは、殿下の前とは別人のように表情が豊かだった。
笑ったら可愛いじゃないか。
いやいやいや。
俺は首を振った。何を考えているんだ。そういう話じゃない。俺は殿下の側近として、殿下の周囲を観察するのが仕事だ。感情を持ち込むべきではない。
「フェリクス、少しいいか」
「はい、殿下」
「リーナのことを、引き続き見ていてくれ」
「承知しました」
「彼女に無礼な者がいれば報告を」
「……はい」
殿下の顔が、いつもより少し真剣だった。
俺はその日から、より注意してリーナを観察することになった。
観察した結果、わかったことがある。
リーナ・ハートは、本当に殿下のことが苦手なのだ。演技ではない。心底、殿下の眩しさを眩しいと思っている。同時に、アルテア様のことを心底尊重している。アルテア様の婚約者に近づくことへの抵抗が、本物だ。
つまり——こいつは、嘘をつかないのだ。
思ったことしか言わない。感じたことしか顔に出ない。だから殿下の前では能面で、アルテア様の前では笑う。
なるほど、と思った。
そして、殿下がこの人物に執着する理由も、ようやく理解した。
「お前みたいな奴、本当に初めて見た」
俺がそう言ったとき、リーナは「それは褒めてないですよね」と言った。
「褒めてない」
「そうですか」
そう答えて、リーナはあっさり立ち去った。
その背中を見ながら、俺は思った。
笑わないくせに、妙に愛嬌がある。
いやいやいや。
俺は再び首を振った。
殿下の側近として、公平中立に業務を遂行するべきだ。個人的な感想は関係ない。
関係、ない。
その夜、殿下から「リーナが今日も可愛かった」という話を三十分聞かされながら、俺はひたすら相槌を打ち続けた。
可愛いのは知ってる。
笑ったら特に。
……いやいやいや。
ありがとうございました!




