表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/20

第十三章 王子の本気

もうすぐ三年次へ進級する頃、殿下が私を呼び出した。


場所は王宮の薔薇庭園。放課後に「少し時間をもらえるか」と言われ、なんとなく断れずについてきてしまった。


王宮の庭園は、学園とは比べものにならない規模だった。

整然と刈り込まれた生け垣の向こうに、深紅と白と黄色の薔薇が競うように咲き乱れている。石畳の小道が緩やかに曲がり、その先に白い東屋が見えた。

太陽の光が庭全体に降り注いで、花びらの一枚一枚が宝石のように輝いていた。薔薇の甘い香りが風に乗って流れてくる。


今日の私はクリーム色の薄手のワンピースに白いカーデガンという格好だった。公爵家の養女になってから衣装の質が上がり、素材の滑らかさが全然違うとエルに言われた。白を帯びたピンクの髪が夕日を受けて、少し淡く輝いていた。


「きれいな場所ですね」

「リーナに見せたかった」


殿下が真っすぐに言った。


「……殿下」

「一つ、聞いていいか」

「……はい」

「俺のことが嫌いか」

「嫌いではないです」

「では何が問題だ」

「殿下にはアルテア様がいらっしゃいます」

「アルテアとは、幼い頃から決まっていた婚約だ。互いに恋愛感情はない。アルテア自身もそれを認めている」

「でも私は、アルテア様のことが好きです。アルテア様を差し置いて殿下のお気持ちを受け取ることは、私にはできません」


殿下がしばらく黙った。庭園に風が吹いて、薔薇の花びらが一枚、ゆっくりと石畳に落ちた。


「……俺は今まで、多くの令嬢と会ってきた。みんな俺に対して、王子として接してくれる。礼儀正しく、計算高く、俺の機嫌を損ねないように気を遣いながら」

「はあ」

「君は違う。目が痛いと言う。苦手だと言う。嫌われようとしてくることさえある」

「……バレてましたか」

「最初からわかっていた」


殿下が少し笑った。


「わかっていて、それでも気になった。君の言葉は全部、本物だから」

「……」

「俺には王命という手段がある。王命を下せば、断ることはできない。それを使えば、君を縛ることができる」

「……はい」

「でも、そんなことはしたくない」


殿下の声は穏やかだった。金色の髪が輝き、碧色の瞳が静かに私を見ていた。

眩しい。目が痛い。でも——なぜか、逃げる気になれなかった。


「君に選んでほしい。命令ではなく、君自身の意志で」

「……殿下は、ずるいです」

「そうか?」

「王命を使わない、と言われたら——断りにくいじゃないですか」


殿下が、今度こそ声を出して笑った。


「一年待つ。アルテアとの話が片付いて、君が考える時間として、一年待つ。それだけあれば、俺のことを少し見てくれるか」

「……一年」

「長すぎるか?」

「短すぎます」

「では二年——」

「そういう意味じゃないです」

「冗談だ」


殿下がまた笑った。

「一年でいい。一年だけ、待たせてくれ。……いいよな?」


最後の「いいよな?」が、ひどく柔らかかった。命令ではない。脅しでもない。ただ、静かに確認している。


私の顔が、じわじわと熱くなっていくのを感じた。


「……返事は一年後に、します」

「ありがとう」


殿下がほっとしたように微笑んだ。その笑顔がまた眩しくて、私は思わず視線を逸らした。


「目が痛い」

「一年後にはそう言わせない」

「言います」

「言わなくなる」

「言います」

「楽しみにしている」


帰り道、私は一人で顔を覆った。


「なんで照れてるんだ私」

「リーナ様、顔が真っ赤です」

「見ないで」

「でも真っ赤で——」

「見ないでって言ってる!!」


エルが慌てて視線を逸らした。

推しを守るための嫌われ作戦が、完全に崩壊した瞬間だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ