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第一章 私の人生はすでに詰んでいる

問題を整理しよう。


私の名前はリーナ・ハート。平民出身の聖女である。

光の魔力を持ち、病を癒し、先月王都の学園に入学したばかりの、どこにでもいる普通の女の子だ。


白を帯びたピンクの髪が肩のあたりまで緩くうねり、紫がかった目は物事をぼんやりと見つめる癖がある、らしい。

前世の友人には「なんか遠いところ見てる顔してる」と言われていた。

今世でも侍女のエルに「リーナ様はいつも窓の外を見ているみたいですね」と声をかけられる。自覚はない。


……転生者であることを除けば、そのへんにいる普通の女の子だ。


前世の記憶がある。

日本で生きて、気づいたらこの世界に生まれていた。そして十六歳になったある日、突然思い出した。

この世界が、前世で読んでいたライトノベル『悪役令嬢がざまぁする』の舞台であることを。


「はい詰んだ」


「リーナ様、独り言が増えてますよ」


侍女のエルが困った顔をしている。


学園の寮は石造りの古い建物で、窓枠には細い蔦が絡まり、朝の光が斜めに差し込んで白い壁を橙色に染めていた。エルの栗色の髪がその光の中でふわりと揺れている。どこをとっても絵になる景色なのに、私の頭の中は絵どころではない。


あのラノベは貴族令嬢が主人公の悪役令嬢もので、王子の婚約者である令嬢が、平民出身の聖女に婚約を破棄される——タイトル通りざまぁ展開が見どころのシリーズで、私は前世で全巻揃えていた。


そして私が転生したのは、そのラノベに登場する聖女のポジションだ。


「最悪だ」


頭を抱える。


「リーナ様……」


最悪な理由は二つある。


一つ目。

ラノベのシナリオ通りに進んだ場合、私は最終的に断罪される。聖女が嘘をついて悪役令嬢を陥れたと発覚し、修道院に送られるのだ。修道院は嫌だ。前世はあまり思い出せないが今世も平穏に生きたいのだ。


二つ目。

そして最大の問題。


アルテア様に嫌われたくない。


アルテア・エーデルシュタイン。

このラノベのヒロインにして、私の推し。

銀色の長い髪、切れ長の青い瞳、整いすぎた顔立ちに常に余裕を纏った微笑み。公爵家の令嬢にして首席入学、剣術も魔法も学業も全てトップ、慈善活動まで行っているという人間離れした完璧スペックの持ち主だ。


ラノベでは「高飛車に見えて実は誰よりも誠実」という描写が丁寧に積み重ねられており、前世の私はその二重性に死ぬほど惚れ込んでいた。脳内での二次創作は余裕だ。


その推しが今、生きている。


「推しを陥れるなんて、前世の私が聞いたら泡を吹いて倒れる」


「リーナ様、何が起きているんですか」

「全部説明したいけど一生かかる」


エルが完全に困り果てた顔になった。


とにかく、問題はシナリオだ。

ラノベの断罪イベントはこうだ。

王子が聖女に惚れる→聖女が「悪役令嬢にいじめられた」と嘘をつく→王子が信じて卒業式の舞踏会で婚約破棄を宣言→しかしアルテア様の指導は全て記録されており、その時間帯はアルテア様が王城で妃教育を受けていたことが証明される→嘘をついた聖女は修道院送り、王子は廃嫡。


「私か」


私は天井を見上げた。そもそも王子が私に惚れなければ、このシナリオは動かない。推しにいじめられたなんて絶対言わないし。


「嫌われ作戦の開始をここに宣言します!」

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