揺れる通知
街路の向こうで、黒煙が立ち上っていた。
車のクラクション、割れるガラス、遠くで響く銃声のような破裂音。
グレンヘイヴンは、もう日常の輪郭を失いかけている。
シャムスは立ち止まり、ポケットの中で震えたスマートフォンを取り出した。
画面に浮かんだ名前を見た瞬間、心臓が強く跳ねる。
クレム。
指先が一瞬、躊躇したあとで画面を開く。
『影が襲撃してきた。
私は大丈夫だから、リナナを助けに行って。
そこで落ち合いましょう』
短い文章だった。
けれど、その裏にどれほどの恐怖と混乱があったかは、想像するまでもない。
シャムスは息を吐いた。
大丈夫、という言葉を、額面通りに受け取るほど愚かではない。
それでも、彼女が生きている。
それだけで、胸の奥に張りついていた不安が、わずかに緩む。
「……クレム」
無意識に名前がこぼれた。
「どうした」
隣でエリオットが足を止める。
周囲を警戒しながらも、シャムスの表情の変化を見逃さない。
「メッセージだ。今から行き先を変える」
シャムスは顔を上げた。
煙の向こうではなく、街の反対側を指差す。
「学校だ。小学校」
「……は?」
エリオットが眉を上げる。
「待ってるのがいる」
一瞬の沈黙。
そして、エリオットは肩をすくめた。
「誰だよ。お前、そんなところに知り合いなんていたか?」
シャムスは歩き出しながら答えた。
走る準備をするように、無意識に拳を握る。
「色々あってな。同居してる女の子だ」
「……同居?」
エリオットの声が一段高くなる。
「おいおい、急に情報が重てぇな。何歳だよ」
「十歳」
「…………」
一拍遅れて、エリオットが乾いた笑いを漏らした。
「それは同居って言わねぇ。保護だろ、それ」
シャムスは否定しなかった。
説明する時間も、余裕もない。
「事情は後だ。今は助けに行く」
その言葉に、エリオットはそれ以上突っ込まなかった。
代わりに、腰の武器を確かめ、表情を引き締める。
「了解。ガキを置いてくるほど、俺も薄情じゃねぇ」
二人は走り出す。
瓦礫だらけの道路を、壊れた信号を無視して、一直線に。
シャムスの頭の中には、リナナの姿が浮かんでいた。
小さな背中。
不安を隠そうとして、無理に強がる表情。
守ると決めた。
エルムレイクで誓ったあの夜と同じように。
「……待ってろ」
誰に向けた言葉なのか、自分でもわからない。
クレメンタインか。
リナナか。
それとも、自分自身か。
まだ救われていない命がある。
シャムスは歯を食いしばり、さらに速度を上げた。




