表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/7

灰色の予兆

朝のセキュリティオフィスは、妙に落ち着かない静けさに包まれていた。

シャムスはモニター群の明滅を眺めながら、缶コーヒーを指で転がしていた。苦味が重たい。眠気はないのに、体だけが落ち着かない。


「なあ、シャムス。昨日のスポーツニュース見たか? あの選手、また移籍だってよ。落ち着きなさすぎだろ」


エリオットが椅子を反らして話しかける。

いつもの軽い調子だが、相変わらず情報が早い。


「見た。本人が落ち着きたいのかどうかも怪しいけどな」


「だよなあ。……ってか、お前、缶コーヒー転がしすぎ。何考えてんだ?」


「別に。考え事ってほどでもない」


本当は朝から続くざらついた胸騒ぎのせいだった。

ニュースの不穏な報道や、街に漂う微妙な空気は無関係じゃない気がしていた。

だが、過敏になりすぎても良くない。エルムレイク以来、危機感が強くなりすぎたのは自覚している。


エリオットはそれ以上突っ込まなかった。

代わりに指を鳴らして、自分のスマホ画面をシャムスへ向けてくる。


「ほら見ろ、昨日からの噂になってる“黒い影”の動画。どいつもこいつも撮影センスが悪すぎてマジで何にも見えん。幽霊でも狙ってんのかよ」


「……くだらねぇ」


「そう言いつつ、お前見るんだよな。ほら、早く反応しろよ」


つい視線がスマホ画面へ向かう。

確かに画質は悪く、影が揺れているように見えるだけだ。

エリオットは肩をすくめる。


「俺からしたら、ただの夜景のノイズだな。まあ、こういう噂が立つと、変な通報も増えるけど」


「仕事が増えるって意味なら、歓迎はしねぇな」


そんな他愛ない会話でほんの少しだけ気が紛れた。

エリオットはこういう空気を作るのが上手い。無駄話の振りして、シャムスの気配をちゃんと見ている。


その時だった。


バン、と金属扉の開く音がオフィスの空気を割る。

ガレスが分厚いファイルを片手に入ってきた。


「お前ら、ちょうどいいところにいたな。

すぐブリーフィングルームに来い。状況が変わった」


その声は落ち着いているのに、背景に張り詰めた危機の匂いがあった。

シャムスとエリオットは素早く立ち上がり、ガレスの後を追う。

廊下を歩く間、ガレスは短く言った。


「市内で異常通報が急増している。警察からも“未確認の暴行事件”の連絡が相次いでいる。……正直なところ、嫌な流れだ」


シャムスは喉の奥が重くなるのを感じた。

嫌な予感は、やはり無視できなかった。

エリオットは眉をひそめながら呟く。


「まさか、前みたいな……?」


ガレスは足を止めず、低く答えた。


「まだ断定するには早い。だが、用心して動け」


ブリーフィングルームの扉に手がかかった、その瞬間だった。

建物の外から、破れた悲鳴が響いた。

次いでガラスが砕ける鋭い音。

廊下の空気が一気に凍りついた。

エリオットが息を呑む。


「……今の、なんだ?」


ガレスの瞳が鋭く細まる。


「緊急対応だ。二人とも武装しろ。

状況は現場で把握する」


廊下の奥で誰かの叫び声が弾けた。

今まで曇天の下に潜んでいた不穏が、一気に牙を剥く。


地獄の一歩手前が、ようやく扉を開いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ