表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/7

静寂の前のざわめき

午後の陽射しが、キャンパスの芝生を柔らかく照らしていた。

秋風が通り抜け、木々の葉がさらさらと鳴る。どこにでもある平穏な午後。

だが、クレメンタイン・ハミルトンの胸の奥には、朝から妙なざわつきが残っていた。


ニュースで流れていた、あの不可解な事件。

「突然、人が暴れ出して周囲を襲った」──そんな報道は、どこか遠い世界の出来事に思えた。

だが彼女の脳裏には、二ヶ月前の“あの夜”の記憶が、薄く影のようにこびりついて離れない。


「……まさかね」


クレメンタインは自分に言い聞かせるように呟き、教科書を閉じた。


「クレム!」


背後から弾む声がした。振り向くと、赤毛をポニーテールにした女子学生──ベッカ・ハートが手を振っていた。


「今、ニュース見た? なんかまた変な事件あったんでしょ。怖くない?」


「怖いっていうか……気味悪いよね」


「ほんとそれ! でもクレムなら平気そう。ほら、護衛してくれる彼氏いるし?」


ベッカのニヤリとした笑みに、クレメンタインは思わずむせた。


「な、なに言ってるのよ! シャムスとはそういう関係じゃない!」


「でもこの前、一緒に街歩いてたじゃん? あれ見た人、めっちゃいたよ。『誰あのイケメン!?』って女子たちの間で話題になってたし」


「えぇ……やめてよ、そういうの」


「紹介してって言われたら、しちゃダメだからね。あんたの見る目を信じてるから!」


ベッカの茶化しに、クレメンタインは深いため息をつく。


「ほんとあんたって……」


「はいはい、わかってる。あたし最高の友達でしょ?」


「図々しいんだから」


それでも、口元には微笑みが浮かんだ。こんなくだらないやりとりが、クレメンタインは嫌いではなかった。


二人は学内のカフェに入った。カップの中でミルクが白く渦を描く。

その時──ふとテレビのニュースが切り替わった。

緊急速報。市内中心部で「暴徒化した市民による襲撃事件」が多発しているという。


画面には、警察が制止する中、何かに取り憑かれたように暴れる男の姿。

その瞳は黒く濁り、まるで人ではない。


「……なに、これ」


ベッカが息を呑む。

クレメンタインの心臓が跳ねた。

まるで、あの夜が──再び、始まったかのように。


彼女は震える手でスマートフォンを取り出す。


「……シャムス、出て」


通話の発信ボタンを押したその瞬間、校内の遠くで悲鳴が響いた。


ガラスの割れる音。

何かが走り、ぶつかり、倒れる。

そして──人のものとは思えぬ、濁ったうなり声。


「クレム……?」


ベッカが青ざめて彼女を見る。

クレメンタインは椅子を蹴って立ち上がった。


「ここを離れよう、ベッカ!」


その声が、静かなキャンパスを切り裂いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ