引き金は恐怖
ガンショップ二階の窓から、通りが見下ろせた。
瓦礫の隙間を縫うように、一人の生存者が必死に逃げている。
その背後では、黒い影が人の足取りを真似るように追いすがり、腕を伸ばしていた。
「外に生存者だ」
シャムスの声は短く、迷いがなかった。
次の瞬間、彼は窓枠に足をかけ、そのまま二階から跳んだ。
着地と同時に膝を沈め、即座に銃を構える。
影が振り向き、人の顔を被った肉体が不自然に歪んだ。
「伏せろ!」
逃げていた生存者は、言葉の意味を理解できていなかった。
恐怖だけが全身を支配し、視線は定まらない。
一階の扉が開き、茶髪の男が飛び出してくる。
二階からは降りず、正面口から通りへ回り込んだ。
「俺も行く!」
シャムスは頷き、影に向けて引き金を引いた。
肉体を操る影がよろめき、黒い靄が傷口から噴き出す。
だが次の瞬間だった。
生存者が、突然銃を構えた。
震える指が、何度も引き金を引く。
乾いた銃声。
制御のない弾丸が、通りを切り裂く。
茶髪の男の身体が跳ねた。
胸元に赤が滲み、彼は言葉もなく膝をつく。
「……あ」
倒れる音が、ひどく大きく聞こえた。
「やめろ!」
シャムスが叫ぶ。
だが恐怖は命令を聞かない。
生存者は後ずさり、弾切れに気づいた瞬間、背後から影に抱きつかれた。
人間の悲鳴が、途中で途切れる。
首が不自然な角度に曲がり、身体が影に沈んでいく。
通りに残ったのは、死体と、呆然と立ち尽くすシャムスだけだった。
影が、次の獲物を見る目でこちらを向く。
人の顔を借りた口元が、歪んで笑った。
動けなかった。
今しがた守ろうとした命も、助けに来た仲間も、すべて自分の目の前で壊れた。
その時、銃声が上から降ってきた。
影の頭部が弾け、黒い靄が宙に散る。
「シャムス!早く戻れ!」
二階から、エリオットの声が響く。
焦りと怒りが、銃声に混じっていた。
シャムスは歯を食いしばり、倒れた茶髪の男から視線を引き剥がす。
そして影が再び動き出す前に、踵を返した。
背中で、影が呻いた。
だが振り返らなかった。
ガンショップの扉が閉まる直前、街路に夜が落ちる。
それは時間ではなく、意志を持った闇だった。
シャムスの胸の奥で、何かが静かに脈打つ。
それが怒りなのか、罪悪感なのか、それとも影の呼吸なのか。
彼自身にも、まだわからなかった。




