鉛の匂いとバスの約束
二階の扉が、ようやく軋む音を立てて開いた。
重い金属の匂いと、長年磨かれた木材の乾いた埃が階段から降りてくる。
「……生きてるか、お前ら」
顔を出したのは五十代半ばほどの男だった。灰色の髭に、目の奥だけが妙に鋭い。
銃を握る手つきが慣れすぎていて、ここが彼の城であることを雄弁に語っている。
「開けるの遅すぎだろ」
エリオットが息を切らしながら言った。
「外、地獄だったんだぞ」
「地獄だから開けなかったんだ。中に入れたら終わりだ。影は扉も心もノックしねぇ」
店主は吐き捨てるように言う。
階段を降りてきた店主は、生存者二人とシャムス、エリオットを一瞥し、数を数えるように指で弾いた。
一人足りないことには触れなかった。
「友人に連絡した。元軍の運転手でな、改造バスを持ってる」
「装甲付きってやつか」
エリオットが口笛を吹く。
「だったら救世主だな」
「ただし来るまで時間がかかる」
店主は銃を肩に担ぎ直した。
「バケモノの群れを掻い潜ってくるんだ。ここで耐えろ。死にたくなけりゃな」
シャムスは窓の外を見た。
夕暮れに沈みかけた街路は、黒い染みが脈打つように蠢いている。
人の形をした影。肉体を操る影。壁に貼りつく影。
どれもが、夜が生き物になったようだった。
「ここが最後の砦になる可能性がある。全員、弾薬の管理を。撃つ時は確実に仕留める。無駄撃ちは死に直結する」
シャムスは低く言う。
茶髪の若い男が震える手でショットガンを握り直す。
「……あんた、慣れてるな」
「慣れたくて慣れたわけじゃない」
エリオットが笑って、シャムスの肩に腕をまわす。
「こいつはな、面倒見が良すぎるタイプなんだ。愛しのレディを助けに行って、ガキを拾って来る」
「余計なこと言うな」
外でガラスが割れる音がした。
続いて、金属を引っ掻くような音。
影が店のシャッターに群がり、内側の光に引き寄せられている。
店主がライトを落とした。
店内は暗闇に沈み、銃のシルエットだけが浮かぶ。
「バスが来るまで、音も光も最小限だ」
「来なかったら?」
茶髪の男が問う。
店主は答えなかった。
代わりに弾を装填する乾いた音だけが響いた。
シャムスは壁にもたれ、深く息を吐く。
胸の奥で、影が呼吸しているような錯覚がした。
この街の闇が、こちらの心拍に合わせて瞬いている。
外で影が呻いた。
人間の声に似ていて、決定的に違う声で。
「耐えろ」
シャムスは小さく言う。
「必ず朝は来る」
だが、その言葉に確信はなかった。
朝が来ても、世界が朝のままである保証は、どこにもなかった。




