影の道路
シャムスとエリオットがリナナの小学校へ向かう道は、すでに戦場のような荒れ方だった。
遠くで響くサイレン。誰かの悲鳴。金属を引きずるような低い唸り。
そのすべてが、街が崩れていく実感となって肌へまとわりつく。
シャムスは息を浅くし、影の気配を探るように周囲へ目を走らせ続ける。エリオットは拳銃を両手で持ちながら前へ出て、背中越しに言った。
「そいつ、リナナって子だっけ。お前の家に住んでるってやつ」
シャムスは頷きながら視線を前へ向けたまま答える。
「ああ、事情があって預かってる。まだ十歳だ。絶対に助ける」
エリオットは軽く鼻を鳴らした。
「へぇ。ガキの面倒見るタイプだったか。意外だな」
シャムスは呼吸を一つ置き、短く返す。
「別に得意じゃねぇよ。でも……あの子は一人にできない」
「守る対象が増えたってわけか。忙しいじゃん、お前」
冗談めかした声でも、エリオットの目は路地裏の影まで注視している。一秒ごとに世界が尖っていく。
そして、次の角を曲がった瞬間、悲鳴が空気を裂いた。
三人の若者が逃げ惑っていた。
細身の茶髪の青年。
眼鏡がずれた丸顔の女性。
筋肉質で背の広い黒人男性。
その背後で影が粘つく波のように蠢いている。
「行くぞ、エリオット」
「言われなくても」
二人は迷うことなく影へ飛び込み、三人の前に割って入った。
シャムスの拳が抜けるように走り、影の形を裂く。
エリオットは警棒を低い姿勢から振り上げ、その上体を逆方向へ弾いた。
「う、うわ……助け……!」
茶髪の青年が言葉にならない声を漏らす。
「後ろ下がってろ。動くと危ねえ」
エリオットが言い捨てたが、その声音の奥には焦燥より先に面倒見の良さが滲んでいた。
影が地を滑るように再度迫ってきた。
シャムスが身をひるがえし、影の中心へ足を踏み込む。すれ違いざま、黒い表皮が裂け、霧が飛ぶ。
その瞬間、道路の奥でエンジン音が吠えた。
シャムスとエリオットは同時に振り向く。
無人のトラックが一直線に突っ込んでくる。
運転席には影が人型の残骸に絡みつき、ねじれたハンドルを押し込んでいた。
「避けろ、右へ!」
「俺は左だ!」
シャムスは茶髪の青年の腕を引き、もう片方の手で眼鏡の女性の背を押して路肩へ飛び込む。
エリオットは黒人男性の肩を掴み、その巨体ごと横へ跳ねるように逃がした。
刹那、トラックが金属の獣のような轟音とともに通り過ぎ、自販機を粉砕した。
破片が散り、冷気と煙が混ざった匂いが漂う。
影はトラックとともに粉々に飛び散り、一時的に静寂が戻る。
黒人男性が荒い息のまま「助けてくれて…本当に感謝する…!」と呟く。
茶髪の青年は膝をつきながら「死んだと思った…」と震え、
眼鏡の女性は涙を溢れさせながら「なんで…こんなことに…」と声を失っていた。
シャムスは息を整えつつ言う。
「立て。ここは長く持たない」
エリオットが顎で東側を示す。
「この先にガンショップがある。頑丈だったはずだ」
「走るぞ。ついて来い」
一行は緊張の糸を引きずったまま路地を抜け、錆びた看板のガンショップへ駆け込んだ。
扉を閉め、閂を下ろす。木と鉄が重く噛み合い、影を街へ押し戻す。
遠くで影のざわめきがまだ蠢いている。
シャムスの心臓は一定のリズムで鳴り、胸の奥ではクレメンタインの文字が赤く脈打つ。
リナナの小学校まで、あと少し。
しかし、その「少し」がどれほどの闇を孕んでいるのか、誰にもわからなかった。




