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婚約破棄されたけど畑チートで第二の人生は大豊作です!  作者: 妙原奇天


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第7話「王都の板、影の声」

 王都の朝は、鐘の音から始まる。

 城門の石畳を渡る靴音、商人の呼び声、荷車の軋み。

 だが、この日、広場の中心で人を立ち止まらせたのは――鐘ではなく一枚の板だった。


 〈畑の税欄(王都広場仕様)〉

 ・薄焼き旗◎二十束(兵糧庫)

 ・乾麺○十束(市場)

 ・麦茶△一桶(作業者用)

 ・公共労:水路補修二十人分、路面砂利三十人分


 読み人が声に出すたび、行き交う人々が足を止め、耳を澄ませた。

 「旗って何だ?」「麦で旗が立つのか?」「◎は軍の分、○は市の分……見える税?」

 噂は瞬く間に広がった。


 その頃、私は辺境の倉で板を更新していた。

 若い文吏が届けてきた便りにはこう書かれていた。

 “剣より多くの人が、板の前で足を止める”。

 私は指先でその文字をなぞり、胸に小さな炎を抱く。

 ――板は剣より強い。

 だが同時に、剣より脆い。声ひとつで揺らぐから。


 夜。

 王都広場に灯がともり、人がまだ板の前に集まっていた。

 その人混みの隙間に、一人の影。

 口元を布で覆い、声を落とす。


「旗は粉を隠す布。◎と○は作り話。……倉は“私的蓄財”。板は偽りの壁だ」


 低い囁き。だが、人は囁きに弱い。

 一人が耳打ちを広げ、二人目が眉を曇らせ、三人目が唇を噛む。

 影はそれを見て、広場を離れた。

 石畳の上に残るのは、不安の種。


 翌日、若い文吏が辺境に駆け込んできた。

 額には汗、手には筆跡の崩れた紙片。

「“板は偽り”という囁きが広場を回っている! 『見える税』が、逆に“見せかけ”だと……!」


 ルディが腕を組み、低く唸った。

「剣ではなく、声で攻めてきたか」


 私は深呼吸し、机の上に白紙を広げた。

「なら、声に返す。……“耳への札”を強めるの」


「耳への札?」


「読み人の声を“ひとつ”から“複数”にする。

 同じ数字を、農人・兵・商人が交互に読む。立場の違う声が揃えば、囁きより強い。

 それから、“味”を加える。麦茶をその場で注ぎ、灰を落として見せる。……声と味で、“続ける証”にするの」


 文吏は目を丸くした。

「味を、証に?」


「ええ。声だけは影に似る。でも、味は真似できない。……“灰で渋味を斬る”のは、畑の証よ」


 三日後、王都広場。

 読み人は三人に増えていた。

 一人目――農人が、旗の数を読む。

 二人目――兵が、麦茶の桶を示す。

 三人目――商人が、公共労を声にする。

 そして、読み終えたあと、麦茶を注ぎ、灰をひとつまみ落とす。

 渋味が消えた一口を、誰もが順に飲む。

 「本当だ……」「渋くない」「旗と数字は、味で繋がってる」

 囁きは力を失い、笑い声が戻った。


 広場の端で、あの影は歯噛みし、暗闇に消えた。


 辺境の倉で、文吏が報告を読み上げる。

「……“声と味で、囁きは負けた”」

 私は胸に安堵を抱き、しかし同時に確信した。

 影は剣でも紙でもなく、声を武器にしてくる。

 だから私たちは、声を歌に変えるしかない。


「ルディ。――“板歌いたうた”を作りましょう」


「板の数字を、歌に?」


「ええ。旗◎○△、公共労、読み上げを節にして。……声は影に似る。でも歌は影に似ない。続く声は、歌になるから」


 彼は短く笑い、頷いた。

「歌に剣は勝てない。……やってみよう」


 夜。

 共同倉の前で、私は最初の旋律を刻んだ。

 「旗◎二十束、乾麺○十束、麦茶△一桶――公共労は五十人分」

 数字が節になり、リズムに変わる。

 子どもたちが真似し、老人が拍を打ち、若者が声を合わせる。

 板歌が、夜風に乗って流れていった。


 その時。

 倉の壁に映る影が、一瞬揺れた。

 見知らぬ背が窓に近づき、そして――すぐに消えた。

 私は胸の奥で静かに思う。

 影は来る。

 けれど、板も歌も、灯も旗も、人の形をしている。

 影より人が多ければ、畑は負けない。


「――さあ、明日も畑から始めましょう。板に歌を、声に味を」


 白い壁が月に光り、歌がゆっくりと夜を満たしていった。


(つづく)

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