第20話「影を灯に、婚礼の歌」
Ⅰ 影そのもの
王都の広場に、夜の闇が凝り固まったような気配が漂った。
人々が息を呑む中、黒衣ではない――影そのものが立ち現れた。
人の形をしているようで、目も口もなく、ただ揺れる黒。
その存在が声もなく囁く。
「名も、血も、時も……結んだか。ならば最後に、おまえたちの“影”を奪おう」
群衆の足元から影が剥がれ、宙に吸い上げられていく。
母と子の影が切り離され、兵と槍の影が歪む。
人々は恐怖に凍りついた。
「影を奪われたら……もう自分ではなくなる!」
Ⅱ 倉の灯火
私は震える群衆の前に立ち、声を張った。
「影は闇じゃない! 影は灯に寄り添う姿!」
ルディが剣を掲げ、灯火の前に立つ。
「影を奪わせるな! 灯の下に立てば、影は必ず戻る!」
私は板に新しい欄を書きつけた。
〈影を灯に変える歌〉
・影は灯の形
・奪われても、灯の下で結び直す
・婚礼の歌に、影を節として組み込む
Ⅲ 影を灯に変える歌
私は声を放った。
「名を呼び――声を重ね
血を誓い――杯を酌み
時を結び――板に刻み
影を灯――契り続け」
ルディが続ける。
「夢も記憶も――未来も死も
すべて歌に――倉に残す
二人の影――灯に寄り
婚礼の歌――永遠に」
群衆が声を重ね、広場の灯が次々と点った。
剥がされかけた影が、灯火に引かれるように人々の足元に戻っていく。
Ⅳ 影の叫び
影そのものが震え、黒を広げて叫んだ。
「奪えぬのか……名も血も時も、影すらも!」
だが群衆の歌が重なり、婚礼の節が響き渡る。
「名を呼び――血を誓い
時を結び――影を灯に」
影は軋むような音を立て、やがて崩れ始めた。
闇は闇でなく、灯に溶け、夜空に散っていった。
Ⅴ 婚礼の歌、完成
広場に静けさが戻ったとき、ルディが私の手を取った。
人々の前で、彼は静かに告げる。
「アリシア。……ここで、完成させよう」
私は頷き、共に歌った。
「名を呼び――声を重ね
血を誓い――杯を酌み
時を結び――板に刻み
影を灯――契り続け
夢も記憶も――未来も死も
二人の声――倉に残す
婚礼の歌――永遠に」
声が広場を満たし、人々が涙を流した。
それはただの契約ではなく、国の新しい誓いになった。
Ⅵ その後
影は消え、王都も辺境も歌で繋がった。
板は数字だけでなく、人々の名と誓いを記す場となり、倉はただの倉でなく、契約の灯となった。
夜。倉の前で、私はルディと並んで座った。
「……これで本当に、すべて結ばれたのね」
ルディは笑みを浮かべ、私の手を握った。
「君が歌ったからだ。……剣ではなく、歌で勝った」
胸の奥が熱く満ちていった。
倉の白い壁に映る影は二つ。
だがそれはもう、影ではなく――ひとつの灯に寄り添っていた。
(完)




