第18話「血の契り、奪えぬ系譜」
Ⅰ 血を奪う影
王都の広場で、黒衣の影が声を張った。
「アリシアの血は侯爵家に非ず。偽りの娘だ!」
「ルディの血は兵の家系ではない。血脈を誤魔化している!」
人々がざわめき、互いを疑い始める。
「本当に血筋は正しいのか?」
「倉を導く者に血がなければ、契約は偽りになる!」
影は血筋の偽りを囁き、契約そのものを崩そうとしていた。
Ⅱ 倉での会議
文吏が震える声で報告する。
「人々が“血の証”を求めています……! 影が『血を見せねば契約に非ず』と叫んでいるのです!」
私は板に新しい欄を書いた。
〈血を結ぶ歌〉
・血を流すことは不要
・麦茶に一滴の塩を落とし、“血の代わり”とする
・その杯を共に飲み、契約とする
「血を見せる必要はない。……“象徴”を結べば、血は偽れない」
ルディが頷き、低く言った。
「本物の血は一度しか流せない。だが象徴の契約なら、何度でも繰り返せる。……影に奪えぬ形だ」
Ⅲ 血を結ぶ歌
私は広場で杯を掲げ、声を放った。
「血は流さず――塩を落とせ
麦の杯――共に酌め
命結び――名を重ね
影奪えぬ――契約続け」
杯に塩を落とし、灰を少し加える。渋味を斬った味が、血の象徴となる。
ルディと私が同時に口をつけ、群衆もそれに倣った。
「これが……血の契りだ!」
「血を流さずとも、契約は結べる!」
人々の歓声が広場を満たし、影の囁きは押し返された。
Ⅳ 影の逆襲
だが影はなおも叫ぶ。
「血は流さねば証にならぬ! 塩も灰も偽りだ!」
ルディが一歩前に出て、剣を抜かずに声を張った。
「偽りかどうかは、“続くかどうか”だ! 塩と灰は繰り返せる。血は一度きり。
続く証が、倉の契約だ!」
私は続けて叫んだ。
「血を流さずとも、歌が流れる! それこそが真の契約!」
群衆が再び歌い、杯を酌み交わした。
影は歯噛みし、夜の闇へ退いた。
Ⅴ 婚礼の歌に血を
夜、倉の灯火の下。
私はルディに向き合った。
「……婚礼の歌に、“血を誓う節”を加えましょう」
ルディが頷き、杯に塩を落として私に差し出した。
「なら、まず俺たちからだ」
私は杯を受け取り、歌った。
「血は流さず――塩を落とせ」
ルディが続ける。
「麦の杯――共に酌め」
二人の声が重なり、杯を口に運ぶ。
温かな味が喉を満たし、胸の奥が震える。
「命結び――名を重ね」
「影奪えぬ――契約続け」
声が灯火の中で響き、婚礼の歌は血を誓う歌へと進化した。
Ⅵ 影の退き際
倉の外で風が唸り、影の囁きが微かに届く。
「名も血も守ったか……ならば次は、“時”を奪おう」
私は胸を張り、声を返した。
「時も歌に刻む。朝も夜も、歌が続けば奪えない!」
ルディが私の手を強く握り、微笑んだ。
「君と共に歌う限り、時すらも俺たちの契約だ」
白い倉の壁に映る影は、もはや揺らぐことなく、ひとつの大きな光に寄り添っていた。
(つづく)




