第17話「奪われし名、呼び交わす歌」
Ⅰ 奪名の囁き
王都の広場に、不気味な声が響いた。
「おまえの名はアリシアではない。
本当は“空”だ」
別の者には、
「おまえの夫の名はルディではない。
本当は“影”だ」
群衆がざわめき、互いを見失い始めた。
子が母を呼んでも、母は自分の名を疑い、声が届かない。
影が“奪名”を仕掛けたのだ。
Ⅱ 倉での会議
文吏が震える声で報告した。
「影は、人の名を偽ります。“名を呼んでも届かない”と、人々が怯えています!」
私は板に新しい欄を書いた。
〈名を守る歌〉
・名は影に奪わせず、板に刻む
・歌の節に名を組み込む
・互いに名を呼び合い、契約にする
ルディが眉を寄せ、低く言った。
「……婚礼の歌にも、名を入れるべきだな」
私は頷いた。
「名は、影に奪わせてはならない。
名を歌えば、呼び交わせば、奪えない」
Ⅲ 名を守る歌
私は人々に示した。
「アリシア――旗を掲げ
ルディ――槍を構え
共に声――板に残し
名を呼び――契約続く」
人々が自分の名を節に乗せ、互いを呼び合う。
「エレナ――灯を掲げ」
「ヨハン――杯を酌め」
名を呼ぶ声が広場を満たし、影の囁きを押し返した。
奪われかけた名が、歌で取り戻されていく。
Ⅳ 影の逆襲
影は悔しげに囁く。
「名は声。声は偽れる。……呼び交わす声すら、影は真似できる」
そのときルディが一歩前に出た。
「ならば、名を声でなく“心”で呼ぶ」
彼は私をまっすぐ見つめ、はっきりと告げた。
「アリシア」
胸の奥が震えた。
影の囁きが覆いかぶさる。
「それは偽り。おまえは“空”だ」
だが私は答えた。
「ルディ」
声と心が揃った瞬間、影の囁きは弾かれ、闇に散った。
Ⅴ 婚礼の歌に名を
夜、倉の灯火の下で、私はルディに言った。
「……婚礼の歌に、“名を呼ぶ節”を加えましょう」
ルディが頷き、静かに歌い始めた。
「アリシア――共に契り
ルディ――共に歩む」
私は続ける。
「名を呼び――歌を結び
死を越え――未来を祝う」
声が重なり、名が歌に溶け込んだ。
婚礼の歌は、夢も記憶も未来も死も越え、名を結ぶ歌へと進化した。
Ⅵ 影の退き際
外で風が鳴り、影の囁きが微かに響いた。
「名を守ったか……ならば次は、“血”を奪おう」
私は胸を張り、声を返した。
「血もまた、歌で結ぶ! ――影に奪わせない!」
ルディが剣ではなく、私の手を握りしめて言った。
「君の血は、俺の命と契約している。……影には触れさせない」
白い倉の壁に映る二つの影が、強く結ばれて揺らぎもしなかった。
(つづく)




