第16話「死者の囁き、命結ぶ歌」
Ⅰ 死者の声
王都の広場に、不気味な囁きが流れた。
「去年死んだはずの父が、私に呼びかけた」
「病で逝った子が、夢の中で『倉を棄てろ』と囁いた」
人々は顔を青ざめさせ、板の前に集まっては怯えた。
影がついに死者の声を偽り、群衆を揺さぶっていたのだ。
若い文吏が駆け込んで来た。
「アリシア様! 人々が“死者に従わねば祟られる”と恐れています!」
私は拳を握りしめた。
夢も記憶も未来も偽られ、今度は死まで奪おうとする。
「……なら、“死を結ぶ歌”を作るしかない」
Ⅱ 倉での会議
倉の板の前に、人々が集まった。
「死者に囁かれたんです!」
「“倉を空にせよ”と!」
声が乱れ、恐怖が広がる。
ルディが前に進み出て、低く言い放った。
「死は戻らない。剣でも呼び戻せない。……だが、歌なら?」
私は深く息を吸い、板に新しい欄を書いた。
〈死を結ぶ歌〉
・死を恐れるのではなく、命と続きを歌う
・死者は声ではなく“記録”で残す
・倉の麦茶を墓前に注ぎ、歌を唱和する
「死者の声に従うのではなく、死者と共に歌うのです」
Ⅲ 死を結ぶ歌
私は舞台に立ち、人々に示した。
「逝きし旗――倉に刻め
共の声――板に残せ
灰の麦茶――墓に注げ
命続け――歌を結べ」
人々が涙を流しながら声を重ねる。
死者の名を板に刻み、共に歌うことで、声は恐怖ではなく絆に変わった。
影の囁きは力を失い、風にかき消された。
Ⅳ 影の逆襲
だが影は最後の一手を放った。
「死は契約を断つ。死んだ者の誓いは無効だ。婚礼も、命も、続かぬ!」
広場がざわめき、誰もが言葉を失った。
私は拳を強く握り、声を張り上げた。
「死で契約は終わらない! ――倉に刻まれた歌が証です!」
私は板に指を置き、強く歌った。
「逝きし旗――倉に刻め!」
群衆が続く。
「共の声――板に残せ!」
「灰の麦茶――墓に注げ!」
「命続け――歌を結べ!」
声が重なり、死を越える歌が広場を満たした。
影の囁きは破れ、夜の闇に退いた。
Ⅴ 婚礼の歌と死
夜、倉の灯火の下で、ルディが私に囁いた。
「……死をも結ぶ歌ができた。なら、婚礼の歌にも“死の節”を加えよう」
私は息を呑んだ。
「死を……婚礼に?」
ルディは静かに頷いた。
「生きている間だけの契約なら、影と同じだ。……死を越えて続くからこそ、婚礼だ」
胸が震えた。
私は小さく節を紡いだ。
「逝きし後も――声を残し
倉に刻み――契り続け」
ルディが続けた。
「命絶えても――歌は響き
二人の影――倉に寄る」
灯火の下で声が重なり、死をも結ぶ婚礼の歌が生まれ始めた。
Ⅵ 影の退き際
外の風が低く唸り、影の囁きが微かに響いた。
「死を越える歌……ならば、次は“名”を奪おう」
私は胸を張り、静かに答えた。
「名も歌に刻む。影が奪う前に、名を声に、板に残す」
ルディが私の手を強く握り、笑った。
「君の名は、俺が歌い続ける。……影には渡さない」
白い倉の壁に映る二つの影は寄り添い、死を越えてなお続く契約を示していた。
(つづく)




