第15話「偽りの予言、予祝の歌」
Ⅰ 偽りの未来
王都広場で、不気味な囁きが広がっていた。
「来年は飢饉が訪れる」
「倉は空になり、畑は枯れる」
「板の数字は尽き、歌は沈黙する」
影は未来を偽り、人々の胸に不安を植え付けていた。
過去を歪め、夢を偽り、ついに未来までも奪おうとしているのだ。
王都の文吏が息を切らせて辺境に駆け込んだ。
「アリシア様! 広場の群衆が“未来は暗い”と怯えています! 影が“偽りの予言”を叫んでいるのです!」
私は胸の奥に冷たいものを感じつつも、深く息を整えた。
「……未来はまだ来ていない。なら、偽りにも真にもできる。――だからこそ、歌で“結ぶ”しかない」
Ⅱ 倉での会議
倉に集まった人々はざわめいていた。
「飢饉が来ると本当に……?」
「影の声が、まるで真実のようで……」
ルディが剣の柄に手を置き、低く言った。
「未来は剣でも切れない。だが、歌なら……?」
私は板に大きく文字を書いた。
〈予祝の歌〉
・未来を恐れるのではなく、未来を祝う
・“明日の収穫”を先に歌い、現の畑に刻む
・未来の歌を記録し、契約として残す
「影が“未来を奪う”なら、私たちは“未来を祝う”。
――これが〈予祝の歌〉よ」
Ⅲ 予祝の歌
私は人々の前に立ち、声を放った。
「来年の旗――揺れる二十束
倉の麦茶――満ちる一桶
共に飲み――笑みを交わす
未来祝え――声と灯」
人々が驚いたように顔を見合わせる。
まだ来ていない未来を、あたかも成ったかのように歌う。
しかし声を合わせるうちに、胸の奥に灯がともっていった。
「そうだ、来年も旗は揺れる」
「倉は満ちる」
「笑える」
影の囁きは、「飢饉」という言葉を失い、風に薄れていった。
Ⅳ 影の逆襲
だが影もただでは退かない。
「祝えば叶う? 笑えば満ちる? ――それは愚か者の夢想だ」
未来を祝う歌を“根拠なき楽観”と嘲り、再び群衆を揺さぶる。
私は声を張った。
「祝うだけでは足りない! 歌を現に刻むのです!」
私は畑に立ち、鍬を振り、麦の種を蒔く。
その一つ一つに声を重ねる。
「来年の旗――揺れる二十束!」
人々も次々に畑に入り、歌いながら土を打ち、種を蒔く。
予祝が労へと変わる瞬間だった。
影は言葉を失い、闇に溶けていった。
Ⅴ 婚礼の歌に未来を
夜、倉の灯火の下。
ルディが私の隣に座り、静かに言った。
「……君の歌は、本当に未来を作るんだな」
私は微笑んで答えた。
「未来は恐れれば影に奪われる。でも、祝えば手に入る。……婚礼の歌も、未来を祝う歌にしましょう」
ルディが目を見開き、そして小さく笑った。
「婚礼の歌に、未来を……。つまり、俺と君の未来を祝う歌か」
胸の奥が熱くなる。
私は小さな声で節を口にした。
「来年の灯――共に掲げ
来年の杯――共に酌む」
ルディが続ける。
「来年の歌――共に響け
来年の契――共に結べ」
声が重なり、未来を結ぶ調べが倉を満たした。
Ⅵ 影の退き際
その時、外で風が鳴り、影の囁きが微かに届いた。
「未来を祝っても、死は奪う。……命を偽れば、歌は沈む」
私は深く息を吸い、静かに返した。
「死があっても、歌は残る。……人が消えても、契約は続く」
ルディが私の手に自分の手を重ね、低く囁いた。
「なら俺たちは、死すらも“未来の節”にしてやろう」
影は一瞬、沈黙し、やがて風に散った。
Ⅶ 新たな始まり
翌朝、王都広場の板に新しい欄が刻まれた。
〈未来の欄〉
・来年の旗 = 揺れる二十束
・来年の倉 = 満ちる一桶
・来年の杯 = 共に酌む
・来年の歌 = 共に響く
人々は板を見て笑い、歌を重ねた。
未来を恐れる声は消え、広場は祝祭のように明るさを取り戻した。
私は心の奥で誓う。
「影が偽るなら、私は歌で結び直す。過去も、夢も、記憶も、未来も」
ルディが隣で微笑み、静かに言った。
「……次は、“死”かもしれないな」
胸の奥が震える。
けれど私は笑って返した。
「死も、歌にしてしまえばいい。――“死を結ぶ歌”を」
倉の白い壁に映る影は二つ。
寄り添いながら、未来の灯を照らしていた。
(つづく)




