第13話「夢の収穫、現の歌」
Ⅰ 夢の囁き
王都の広場で、奇妙な噂が流れ始めた。
「昨夜、夢の中で畑が黄金に満ちていた」
「見たのは私もだ! 麦が無限に穂をつけ、倉に収まりきらぬほどだった!」
だが目覚めれば、畑は荒れたまま。
人々は落胆し、「現の畑は夢に及ばぬ」と嘆く声が広がった。
影は、人々に幻の収穫を見せ、現実への信を削ごうとしていたのだ。
Ⅱ 倉での報告
若い文吏が駆け込んで来た。
「アリシア様! 王都の民が“夢の畑”を口々に語っています。影が幻を見せているのです!」
私は眉を寄せ、板に書きつけた。
〈影の狙い〉
・夢を用いて現を否定する
・幻の収穫で人心を奪う
・倉と畑の信を崩す
ルディが低く言う。
「夢は剣より厄介だ。剣は切れるが、夢は心に残る」
私は頷き、静かに答えた。
「ならば、“夢と現を結ぶ歌”が必要ね。……夢だけでは終わらず、現とつなげる節を」
Ⅲ 夢と現の歌
倉の前で、私は人々に向かって歌を示した。
「夢は灯――やがて消える
現は土――芽を抱く
夢を語り、現を耕せ
両の手で――歌を結べ」
子どもたちが最初に覚え、老人がゆっくり拍を打ち、若者が声を重ねる。
夢を否定せず、現に繋げる歌。
「夢で見た黄金の麦は、明日の種になる。
現の畑に蒔けば、やがて本当の収穫になる」
その言葉に、人々の瞳が光を取り戻していった。
Ⅳ 影の逆襲
だが影も負けじと囁く。
「夢だけで満たされる。現は苦しい。夢に留まれ」
その囁きを打ち消すように、私は声を張った。
「夢は種、現は土。夢に留まれば種は腐る! 現に蒔けば芽吹く!」
人々が一斉に土を掴み、夢で見た黄金を心に重ねながら、畑に種を蒔いた。
囁きは土の中に吸い込まれ、静かに消えていった。
Ⅴ 二人の影と歌
夜、倉の灯火の下で、ルディが私に言った。
「君の歌は……夢を否定しないんだな」
私は頷いた。
「夢を否定すれば、人は立てない。……でも夢だけでは歩けない。
夢は光、現は影。両方あってこそ畑は続く」
ルディが笑みを浮かべ、杯を掲げた。
「なら、俺たちの婚礼の歌にも“夢”を入れよう。夢と現を結ぶ節を」
胸が震えた。
私は小さく歌った。
「夢を語り、現を耕せ――」
ルディが続ける。
「両の手で――歌を結べ」
声が重なり、夜風が倉を包む。
影の囁きは、その調べに混ざることなく、遠ざかっていった。
Ⅵ 新たな始まり
翌朝、王都の広場には新しい板が掲げられた。
〈夢の欄〉
・夢に見た黄金の麦 = 明日の種
・夢に見た満ちた倉 = 現の労で満ちる
・夢に見た灯 = 現の歌で続く
群衆は板を見て頷き、再び畑に向かった。
夢と現が結ばれ、人々は笑顔を取り戻す。
私は心の奥で誓った。
「影がどんな偽りを仕掛けても、夢を現に変える歌で返す」
ルディの横顔に視線をやり、静かに呟いた。
「婚礼の歌も……夢と現を結ぶ歌にしましょう」
彼は頷き、微笑んだ。
「なら、もう始まってるな」
白い倉の壁に映る二つの影が、ゆるやかに寄り添い、夜明けの光に溶けていった。
(つづく)




