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婚約破棄されたけど畑チートで第二の人生は大豊作です!  作者: 妙原奇天


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10/21

第10話「板歌祭と王権の影」

 王都の朝は、鐘の音とともに広場へ人が集まった。

 だが今日は特別だ。広場中央に掲げられた〈畑の税欄〉の前には、色鮮やかな布飾り、木の仮設舞台、街路に吊るされた灯火の列。

 板歌祭――王都初の祭りだ。


 民の提案でも、王命でもない。

 板の前に足を止め、歌を覚え、声を重ねた人々が、自ら「祭りにしよう」と決めたのだ。

 兵士たちでさえ槍を布で飾り、商人は屋台に旗型のパンを並べ、子どもは手を赤紐で結んで走り回る。


「旗◎二十束――手を重ねよ!」

「乾麺○十束――紐を結べ!」

「麦茶△一桶――灰を落とせ!」

「公共労五十人分――灯を合わせよ!」


 声が波のように広場を包み、数字が歌になり、祭りの鼓動となる。

 私はその報せを辺境の倉で聞きながら、胸の奥に温かい炎を抱いた。


辺境の倉にて


 文吏が持ち帰った報告にはこうあった。

 “板歌は祭りに昇華した。王都の民は自らの数字を誇りとし、旗を掲げて踊っている”


 私は板の端に小さく書いた。

 “数字は民の舞台になる”。


 だが同時に、もうひとつの報せが届いた。

 “影が王権を名乗った”。


 王都広場に、黒衣の一団が現れたという。

 口上はこうだ。

 「王権の名において命ずる。板歌は廃し、王都倉の印を掲げよ。数字は余の帳簿に従え」


 ――剣ではなく、王権をかたり、契約を奪おうとする影。


 私は震える手で筆を走らせ、板に書き足した。

 〈影の狙い〉

 ・板を廃する

 ・王都倉の印を掲げる

 ・数字を帳簿に吸い上げる


 「……来たわね」


 ルディが肩で笑った。

 「影が剣でなく“王権”を騙るとは。……だが、板は剣に勝った。なら王権にも勝てるはずだ」


王都広場 ― 板歌祭当日


 舞台の上で読み人たちが声を揃える。

 農人、兵、商人――三つの立場が同じ数字を歌う。

 人々は手を重ね、紐を結び、灯を掲げる。

 契約の歌は、広場を大きな一つの倉に変えていた。


 だがそこに、黒衣の一団が歩み出た。

 胸に銀の徽章を掲げ、口々に叫ぶ。

 「王権の名において命ずる! この祭りは無効! 板は偽り! 契約の歌は反逆!」


 広場がざわめく。

 人々は動揺し、歌が乱れそうになる。

 その瞬間、読み人の一人――若い兵が声を張った。


 「王権が本物なら、板歌を歌え!」


 広場が静まり返る。

 黒衣の一人が嘲るように歌い始めた。

 「旗◎三十束――手を縫い留めよ」

 「乾麺○二十束――紐を絞めよ」


 逆契約だ。

 紐は人を結ぶのではなく締め上げ、灯は闇を呼ぶ。

 囁きに似た歌に、人々の耳が惑わされかける。


契約の歌で返す


 私は広場に出ることを決めた。

 舞台に立ち、声を放つ。

 「旗◎二十束――手を重ねよ!」

 「乾麺○十束――紐を結べ!」

 「麦茶△一桶――灰を落とせ!」

 「公共労五十人分――灯を合わせよ!」


 手を取り、紐を結び、麦茶を注ぎ、灰を落とし、灯を順に点す。

 所作が揃ったとき、歌は力となる。

 人々も次々と声を合わせ、逆契約は掻き消された。


 黒衣の一団は狼狽し、銀の徽章を掲げて叫んだ。

 「これは王権の印ぞ! 逆らえば反逆罪!」


 そのとき、広場の端から若い文吏が走り出た。

 赤い印を掲げ、声を張る。

 「王権はここにある! ――立会印だ! 板の横で押された、この赤こそ本物!」


 群衆がどよめき、黒衣の声は掻き消された。


婚礼の歌に似て


 影が退いたあと、広場は再び歌に満ちた。

 だがその歌には、以前よりも甘やかな調べが混じっていた。

 紐を結ぶ手は、まるで婚礼のように。

 灯を合わせる所作は、誓いのように。


 ルディが私の手袋の上にそっと手を置き、低く囁いた。

 「……アリシア。契約の歌は婚礼に似ているな」


 胸が熱くなる。

 けれど私は笑って返す。

 「婚礼の歌は、数字じゃなくて、心の節よ」


 ルディは短く頷き、視線を逸らした。

 その頬に、祭りの灯が柔らかく揺れていた。


影の去り際


 広場を去る黒衣の背中を、私は目で追った。

 影は剣でなく、王権でなく、囁きでなく――次は何を使うのだろう。

 だが一つだけ確信がある。

 板と歌と契約が揃えば、影は続かない。


 私は心の奥で誓う。

 「――さあ、明日も畑から始めましょう。歌を板に、灯を道に、契約を心に」


 夜風が返事をし、祭りの歌が、王都の夜を包み込んでいった。


(つづく)

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