表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

三題噺もどき4

悪夢

作者: 狐彪

三題噺もどき―ななひゃくよんじゅういち。

 




 ベランダに出ると、オレンジ色の空が視界に広がった。

 9月にもなれば、さすがにこれくらいの時間になると、文字通りの夕暮れと言えそうなくらいにはなってくる。

 先月まではまだまだ青空が広がっていた時間なのに。自然とは不思議なものだ。

「……」

 眼下に広がる住宅街の中を、ランドセルを背負った子供たちが駆けていく。

 その中、電話をしながら歩くサラリーマンも急ぎ足で歩いていき、制服を着た学生たちが仲間同士で話しながら帰っていく。

 ここはほんとに賑やかな街だ。生憎昼間の姿は知らないが、夕方のこの時間でこんなに賑やかならば、もっとうるさいくらいなのだろう。

「……」

 彼らの向かう先には、必ず彼らの家がある。

 温かで、休むことができて、居心地のいい、彼らの家。

 親がいて、兄弟がいて、ペットもいるかもしれない。

 そんな、当たり前の家族の形。

 ―私には、望むべくもなかった家族というモノ。

「……」

 空の端には透明な月が浮かんでいる。

 太陽が沈むまでは息を殺すように潜み、太陽が昇るころにはもう誰の目にも止まらない。

 暗い夜を照らす灯りなのに、太陽のようにもてはやされることもなく。

 月は静かに、見守るだけ。

「……」

 けれど私にとっては、唯一の救いのようなものだ。

 1人きりで、あの塔にいたころ。

 月だけが私を優しく照らしてくれていた。

 ―それから、救いを連れて来てくれた。

「……」

 夕暮れの町を静かに眺めながら、なんとなくそんなことを思う。

 らしくもなく感傷のようなものに襲われるのは、変な夢を見たからだろうか。

「……」

 今日は煙草を吸う気にもなれない。

 ただぼうっと、この町を眺めて居たいと思ってしまう。

「……」

 夢のような、夢を見た。

 月の照らす夜の中。

 バスケットにサンドイッチやりんごを詰めて。

 誰もいない、広い草原に。

 幼い私と、あの人と、あの男と、三人で。

 広げた敷物の上に座って。

 和やかな空気のままで、その日の事を話したり、見つけたものを話したり。

 ただただ、家族のように。

「……」

 気味の悪い夢だとも思った。

 三日月のようにゆがむ赤い口紅と、顔も覚えていない男。

 それでも笑っていると分かる気味の悪さ。

 ―それを楽しいと思ってしまう幼い自分。

「……」

 現実ではないと分かったときに、感じてしまった気味の悪い落胆のようなモノ。

「……、」

 息がつまるような心地がした。

 今は、あれ以上の家族がいるのに、どうしてそんな風に思ってしまうのだろう。

 あれは、あれらは、すでに捨てたものであって、もう関りたくもないもののはずなのに。

 ―まぁ、そうは言っても血が繋がっている以上、切れるものではないのだけど。

「―どうかしたんですか」

「――、」

 珍しく煙草も吸わずにぼうっとしているのがばれたのか。

 キッチンで朝食の準備をしていたはずの小柄な青年が、ベランダに顔を出した。

 夕暮れとは言え、まだ明るいこの時間だ。私は平気だが、コイツはあまり当たりすぎでもよくない。―と思ったが、ちゃっかり私で陽が遮られるように立っていた。

「……なんでもないよ」

 そういいながら、部屋にコイツを押し込むように私もベランダから室内に戻る。

 今日はもう、これ以上ここに居ても気が滅入るだけかもしれない。

 それよりは、朝食を食べて仕事をして、いつもの当たり前を遂行した方がいい。

「……それならいいですけど」

 今日は煙草を吸っていないから、風呂に入れとは言われない。

 まぁ、日課になっているので入るのだけど。





「……ホントに大丈夫ですか」

「大丈夫だよ、何もない」

「……」

「何もないさ……そんなことより今日はチーズケーキが食べたい気分だ」

「……分かりました、でも何かあったら承知しませんからね」

「はいはい」










 お題:りんご・バスケット・オレンジ


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ