ゴールデンウィークは飛竜を狩って
テレパシーで現在の状況はわかっている。落ち着いて、自分の周囲に障壁を張り巡らせた。今の私は王都の街外れを見下ろしながら飛行中だ。高度は二百メートルくらいかな。バリアのおかげで、本来なら目を開けられないほどの気流も微風としか感じられない。この状態での高速飛行は快適そのものだった。
私服のスカート姿をたなびかせながら、前方に飛行する敵の群れを確認する。数えるのも面倒なほど、背中に羽を生やした飛竜が大勢、王都へ羽ばたいてくるのが見えた。ざっと百匹ってところだ。
『わかってるだろうけど、ワイバーンの群れを王都から遠ざけてね。で、群れのリーダーをやっつけて、後は流れでヨロシク』
「了解。まずは正面から、奴らを挑発するわ」
魔王を倒してからというもの、異世界は平和になったけど、魔王が管理していた魔獣は各地へ散らばっていった。そうやって力を蓄えたモンスターが、たまに人が住むエリアまで押し寄せてきて悪さをするのだ。今回の飛竜も、そういった事例だった。
飛行速度を落として、飛竜たちの前へと近づく。それから連中の周囲を旋回するように私は動いていった。牛を挑発する闘牛士の気分だ。
うまく気を引けて、飛竜が数々の弾を口内から放ってくる。胃液を固めて、それを巨大な弾丸のように連発できるのだ。言い忘れてたけど飛竜の体長は五メートルほどで、尻尾も含めれば倍になる。私は余裕で回避していった。仮に当たってもバリアで受け流せるので問題ない。
『醤油、美味しー! 異世界だと味付けが洋風なんだよね。目玉焼きには、やっぱり醤油派だなー、私』
「またスーパーで買って、異世界に持って帰る? ゆっくりして行きなよ。久しぶりにファミレスとかでも食べたいでしょ」
『うん! 本当は一緒に出かけたいけどね。同じ顔で、二人でいたら色々と問題だし』
分身は、向こうの世界で朝食を楽しんでいた。嬉しそうで、自然と私の口も綻ぶ。私たちの会話を理解してる訳じゃないだろうけど、飛竜の群れは苛立ったようだった。その場での空中浮揚から切り替え、私がいる方へと向きを変えて追いかけてくる。狙いどおり、王都とは反対の方向だ。
うまくいった、と思った瞬間、背後から熱が来る。咄嗟に右下への飛行で私は回避した。すぐ左横を炎の連弾が通過していく。下はたまたま、大きな湖だったから良かったものの、場所によっては火災が発生しかねない。大事に至らなくて良かった、良かった。
『ちょっとー、気をつけてよー。バリアがあってもワイバーンの炎はダメージを受けちゃうんだからー』
「わ、わかってるってば。テレパシーで背後の状況は見えてたし」
ちょっと、うっかりしてた。ほとんどの飛竜は火を吐かないんだけど、中にはレアキャラというか、上位の個体がいるのだ。今回の群れには一回り大きいリーダーがいて、さっき炎弾を出したのが、そいつだった。胃の中で炎を作る仕組みは未だにわかっていない。
「もう少し群れを引きつけて、できるだけ王都から引き離すわ。それから湖の端で、リーダーを倒すから」
モンスターの死骸は湖に落とさない方がいいだろう。水質汚染とかは避けないとね。私は飛竜が追いつける程度の速度で、ひらりひらりと攻撃を躱しながら飛行を続けていった。
さて、湖の端が眼下に見える地点まで来た。百一匹のワイバーンちゃん、大集合といったところだ。倒すのはリーダーだけの予定で、これは勝てないからではない。無益な殺生は、なるべく避けたいのである。
といっても向こうは気遣いなどなく、集団で私を抹殺する気だった。一羽のスズメが大鷲の群れに襲われているような状態だ。そういえば飛竜って、どういう単位で数えるのだろう。一匹なのか、一羽なのか。どうでもいいか。
空中で包囲された私に、飛竜が一斉に迫ってくる。あわれ、私は飛竜の鉤爪で身体をズタズタに……なんてことはなかった。異世界のヒロイン様は無敵なのである。
バン! と大気が鳴った。周囲にいた空中のワイバーンを全て、私が払ったのだ。見えない巨大な手が動いたようなもので、これが私と、今は朝ごはんを食べている分身の能力である。空気の塊で相手を叩くことができて、呪文の詠唱も何もいらない。一瞬で発動できる。
並みの魔獣なら、これで簡単に倒せるほどの威力なのだが、今回は相性が悪かった。空中に浮かんでいる飛竜は遠くへ跳ね飛ばされただけで、大したダメージを受けていない。これが地上にいる敵なら、衝撃波と地面の間で圧殺されていただろう。気にすることなく、私は飛行して飛竜のリーダーを誘導した。
リーダーに追尾してこようとする群れを再び、私は払い飛ばす。飛んでいる蚊を片手で払うようなもので、私がやっているのはリーダーと、その他の群れを引き離しているだけである。一回り大きい飛竜は接近してきて、口を開けて私に向かって炎を吐こうとして────一瞬で圧死した。
錐揉み状態で墜落して、湖に近い地面に音を立てて衝突する。狙いどおりで、今や烏合の衆となった飛竜たちはまとまりを失って逃げ去っていく。私は追わなかった。人里から離れた魔獣を狩るのは、少なくとも私の仕事ではないので。
『お見事! 久しぶりの共同作業だったね』
「見事なのは貴女もでしょ。離れてても、息がぴったりだよね私たち」
今のは飛竜の正面から、私が攻撃をして。同じタイミングで、向こうの世界から次元を超えて、飛竜の背後から私の分身も攻撃をしたのだ。私と彼女は、向こうの世界と異世界を自在に行き来ができるし、次元を超えて攻撃することも可能なのである。
飛んでいる蚊を殺すには、両手で挟むように叩くのが一番だ。原理としては今の攻撃も同じで、私と彼女が魔王を倒したのも、その応用技なのであった。一仕事が終わって、私は目を閉じた状態で背泳ぎのように高速飛行を楽しむ。テレパシーで周囲は見えているので危険はない。
『朝飯前って感じで終わったねー。私たちは朝ごはんを食べ終わってるけど』
「ありがちなセリフねー。貴女はバタカップと遊びたいでしょ。私はしばらく、異世界で過ごしてみるから」
『うん。後で、異世界で合流しようよ。また一緒に買い物したい。買い物って言っても、私たちにお金は必要ないけど。魔王を倒した褒賞があるからね』
私と彼女は顔が同じで、それが原因という訳じゃないけど、異世界でも一緒に行動するのは少し差し障りがあった。ちょっと事情があるのだ。
「いいわね、短時間なら問題ないでしょ。その後は、そっちで一緒にバタカップと遊ぼうよ。きっと喜んでくれるから」
『猫っていいよねー。久しぶりに会ったのに、私に懐いてくれてる。飼い主さんと私が同じ顔だからかな』
「違うでしょ、きっと。貴女のことを覚えてるのよ。バタカップが小さい頃には、貴女も家にいたんだからさ」
『そうかな……そうだといいなぁ』
「そうだよ、私たちは家族なんだから。これからも、それは変わらないわ」
『うん、ありがとう。じゃあ、また後でね……お姉ちゃん』
はにかみながら、私の分身──いや、双子の妹である彼女がテレパシーでの通話を打ち切った。久しぶりのお姉ちゃん呼びで恥ずかしいんだろうなぁ。どんなに異世界で活躍していても、私に取って彼女は甘えん坊の妹である。久しぶりに甘えてこられて、私も気恥ずかしくて顔を覆いたくなった。もうしばらく空を飛んで、頭を冷やそうと思う。