プロローグ 連休は、ちょっと異世界へ
今年もゴールデンウィークが終わった。五月に入って、高校でも月曜からの一週間、休みを取って家族旅行に充てる生徒は少なくない。かく言う私も、その一人だった。
と言っても、私は留守番なんだけどね。両親は仲が良くて、今年も二人で海外旅行を楽しんできていた。私は私で出かける予定があるので、学校を休めるのは大歓迎なのだ。これから始まるのは、そんな私の連休における日常の話である。
「じゃ、行ってくるわね。おみやげ買ってくるから、猫の世話をお願い」
「うん、私も楽しんでくるから。こっちも、みやげ話を用意するから期待してて」
長期の休みが始まる月曜の朝、玄関先で母と私は会話を交わした。「楽しみだわ。あの子にも、よろしくね」と目を細めて、母は父と共に空港へと向かう。わくわくとする一週間の始まりだ。
「おいで、バタカップ。ほら、エサだよー」
バタカップというのは我が家の白猫で、名前は母が付けた。意味は花の名前らしいけれど私は知らない。朝食を終えて、エサを食べる猫の背中を撫でていると、私の分身から声が届いた。
『そっちはゴールデンウィークだよね。今、話せるー?』
「あー、うん。ちょっと待ってて。今、テレパシーをリンクするから」
スマホで話すような感覚があって、この時点の私と彼女は、互いの声でしか遣り取りができない。このままでも会話はできるんだけど、もっと解像度を上げた方が楽しい。ラジオの周波数を合わせるように、私は彼女と知覚を繋げていった。
目の前に青空が広がる。晴天で、その空を彼女が高速飛行しているのがわかった。こちらの世界と異世界は時差もなく、向こうも今は朝なのだ。今日も仕事中なんだなぁと私は思った。
『お察しのとおり。今、ワイバーンの群れを処理中でね。仕事ばっかりで嫌になっちゃった。ちょっと代わってくれない?』
テレパシーの解像度を上げると、互いの思考がわかるので会話も早く進む。声を出す必要さえ無いくらいなんだけど、それは会話として味気ないのでスマホ気分で私は返答する。
「いいよー、私も久しぶりに空を飛びたいし。こっちに来て、猫と遊んでて」
『ありがとー。朝ごはん、そっちにあるよね。食べたい食べたい』
「うん、お母さんが貴女の分も用意してるから。じゃ、交代しよ」
お互いの位置を入れ替える。瞬時に私の身体は異世界の空へと投げ出された。