地味だと言われているが全てはシナリオ通りになるようにしているのです〜以前は「地味子」と馬鹿にしていた令嬢たちも、少しずつ見る目が変わって手のひらを返されたところで〜
とある学園に、地味子と呼ばれている令嬢がいました。
彼女の名前はジュネ・ローズウッド。
「ジュネ様は今日も地味ね」
「あの地味な服、飽きないのかしら?」
学園のおしゃれな令嬢たちの間で、ジュネはいつもひそひそ話の的。
面白くないのはこちらも同じ。
流行のドレスには興味がなく、いつもシンプルなワンピースを着て、目立たないようにしていました。
成績は優秀だけど、社交の場には滅多に顔を出さない。
そんなジュネは、学園の「透明人間」のようで。
仕方ないこと。
ジュネには誰にも言えない秘密があるのだから。
それは、彼女がこの世界が「乙女ゲーム」の世界であることを知っている、ということ。
そして、自分はそのゲームの「悪役令嬢」だということも。
わかっているということは、武器だ。
ジュネの役割は、主人公である侯爵令嬢カミシュアをいじめ、王子様であるデラリスとの仲を邪魔すること。
最終的にはカミシュアに断罪され、追放されるのが彼女の運命。
「いやだ。そんな運命、絶対に嫌だ」
ジュネは心の中で叫ふ。
地味にしているのは、悪役令嬢として目立たないように、そしてカミシュアと関わらないようにするため。
狙いは「バッドエンド回避」。
バッドエンドはゲームだけでいい。
ジュネは知っていた。
もし自分がカミシュアをいじめたりしたら、確実にバッドエンド一直線だと。
だから、ひたすら地味に、ひっそりと過ごしていました。
ところが、運命とは残酷なもの。
ある日、ジュネは図書室でデラリス王子と鉢合わせてしまう。
王子は、本を探しているジュネに声をかけてきた。
余計な真似を。
唇を密かに噛む。
「君は、ジュネ・ローズウッド嬢、だったかな? いつも図書室で見かけるね」
何を言っているのか、と常識を疑う。
王子はキラキラした笑顔で言いました。
ジュネは内心で「やばい!」と焦り。
王子と関わると、カミシュアとの関係にヒビが入るかもしれない。
困る。
それが、悪役令嬢ルートの始まりになるかもしれないから。
「はい、殿下。わたくしはただ、本を読みに来ただけですので、お気になさらず」
ジュネはできるだけ早くその場を立ち去ろうとしました。
おすまし顔で。
王子はそんなジュネの様子に興味を持ったようで、なぜか話しかけてくるようになりました。
この人は浮気性なのかと、落胆。
やはり、攻略対象の男は。
「君はいつも難しい本を読んでいるね。何か研究でもしているのか?」
聞いてどうしようと?
「……ただの、趣味でございます」
ジュネはそっけない態度を取りますが、王子はなぜか楽しそうでした。
やはり、ろくな貴族ではないなと。
ジュネの努力もむなしく、ゲームのイベントは少しずつ彼女を巻き込んでいきます。
ああ、と嘆く。
学園のイベントで、カミシュアが困っているところを、王子が助ける場面。
本来なら、カミシュアを邪魔し、王子がカミシュアを助けることで二人の仲が進展するはず、でした。
少しは後押しできた筈です。
ジュネは内心で「よし、これでゲームの通りに進む!」と安堵。
しかし、その時、ジュネの脳裏に、かつて読んだゲーム攻略サイトの片隅にあった「隠しルート」の文字がよぎる。
「……もし、ここで私が、別の選択をしたら?」
ジュネは悩みました。
誰しも、隠し要素は試すもの。
このままゲームのシナリオ通りに進めば、カミシュアと王子は結ばれ、ジュネは追放される。
それは、望んだ「バッドエンド回避」ではありませんでした。
ジュネは、意を決して一歩踏み出す。
「カミシュアさん! こちらの方が安全ですわ!」
ジュネは、王子がカミシュアを助ける前に、自分でカミシュアを助けたのです。
決死の覚悟でしたので、あまりにも震えましたので。
周囲はざわめきました。
まさか地味なジュネが、こんな行動に出るなんて。
などという理由。
王子も驚いた顔でジュネを見つめていました。
驚くことかしら?
「あ、ありがとうございます、ジュネ様……」
カミシュアは混乱しつつも、ジュネに感謝しました。
この時、ジュネは確信する。
「私は、悪役令嬢としての役割を、自分の意思で変える」
運命に逆らい、ゲームのストーリーをぶち壊していこう。
ジュネがカミシュアを助けたことで、学園はざわつく。
特にデラリス王子は、その日以来、ジュネに興味津々。
皆、暇で、この人も暇なのだな。
「なぜ、君があのような行動を? いつもは目立たぬようにしているのに」
王子は、機会を見つけてはジュネに話しかけてきた。
ジュネは困惑しつつも、あくまで冷静に対応。
「たまたま、あの場にいただけです、殿下。わたくしは、ただ善良な行いをしたまで」
そう言いながらも、ジュネは内心で「ゲームのストーリーが……!」と焦っている。
変わるのは不味い。
本来なら、この場面で王子はカミシュアに惹かれるはずなのに、妙にジュネに注目しているのです。
やはり、浮気性なのか。
ジュネの変化は、王子だけでなく、学園の他の生徒たちにも影響を与え始めました。
地味だったジュネが、困っている生徒にさりげなく手を貸したり、勉強で悩んでいる友達に的確なアドバイスをしたりする姿が見られるようになります。
呆れ果てた。
手のひらを返されても。
以前は「地味子」と馬鹿にしていた令嬢たちも、少しずつジュネを見る目が変わっていきます。
胡乱になる。
学園の庭園で、ジュネはまた王子と鉢合わせました。
王子は、咲き誇るバラをじっと見つめています。
「このバラは、毎年見ても美しい。だが、どんなに手を尽くしても、完璧な花を咲かせるのは難しいものだ」
王子はそう呟く。
ジュネは、その言葉に思わず反応。
「バラは、完璧である必要はありませんわ。どんな花にも、その花なりの美しさがあるものです。完璧を求めすぎると、見えないものを見落としてしまいます」
王子は、ハッとしたようにジュネを見ます。
「……そうか。君は、いつも私に新しい視点を与えてくれる」
ただの、偉い人の名言だ。
王子は、ジュネの顔をじっと見つめました。
澄んだ瞳は、ジュネの心の奥まで見透かす。
ジュネは、彼の視線から逃れるように顔を背ける。
「わたくしは、ただ、自分が思うことを口にしたまでです」
しかし、その瞬間、ジュネの心臓がトクン、と鳴りました。
鳴ってはいけない。
これまで「悪役令嬢」の運命から逃れることばかり考えていたのに、いつの間にか。
王子の言葉や視線に、妙に意識してしまう自分がいる。
不覚です。
王子は、ジュネに会うたびに、まるで隠された宝石を見つけたかのように、嬉しそうな顔をするようになりました。
カミシュアは、そんな二人の様子を遠くから見つめていました。
彼女の表情は、どこか寂しげ。
ある日のこと、王子はジュネを夜会に誘いました。
「ジュネ嬢、君をエスコートしたい。どうか、私と共に夜会に出席してくれないか?」
それは、ゲームのシナリオにはなかった出来事。
通常、この夜会にはカミシュアが王子にエスコートされ、二人の関係が決定づけられるはずでした。
ジュネは迷います。
このまま王子の誘いを受ければ、悪役令嬢としての運命から完全に外れることになる。
しかし、それは、ゲームの主人公であるカミシュアの幸せを奪うことにもなりかねない。
彼の真剣な眼差し、自分を理解しようとする姿勢。
それは、これまでゲームのキャラクターとしてしか見ていなかった王子への、初めての恋心。
「わたくしで、よろしければ……」
ジュネは、震える声で答えていました。
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