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1日おきの名探偵  作者: 山神錦采
第三章 浮かび上がる輪郭
12/21

No.12 影に記された名前と、開かれる記憶

団地310号室から持ち出した資料に「鳴海を追え」と記されたメモを見た蓮は、鳴海記者に接触。そこで明かされたのは、鳴海自身もかつて団地の“記録”によって家族を奪われた過去を持ち、それゆえにずっと団地を追っていたという事実だった。310号室は「記録する者の部屋」であり、団地の住民は常に「記録される側」として監視されていた。蓮はやがて、自分自身もまた「記録される者」として注視されていることに気づきはじめる――。


今回より第三章「浮かび上がる輪郭」に突入!!今後も「一日おきの名探偵」をお楽しみください!!

葛城蓮は、自室の机に資料を広げていた。白鷺台団地、310号室、消された住民記録、改変された配電図、火災、佐賀野克也、少女、そして自分。


繋がるものもあれば、触れようとすれば煙のように逃げていく断片もある。


彼は鳴海との会話を反芻しながら、ポストに届いた図面のコピーに目を落とした。団地の第三棟。そこには赤ペンで三重丸が引かれており、図面の裏には、手書きでこうあった。


「名前を見よ。記録にはない名前こそが、真実を隠す。」


蓮は思い当たることがあった。以前、市の住宅課で見た団地住民の公開名簿。そこには居住者全員の名字と部屋番号が一覧されていたが、一部の空室には「未登録」や「管理中」とだけ記されていた。だが、310号室のように“完全に消されていた”部屋もあった。


そして、今、目の前の図面には「308号室/宇高」の名が赤で記されていた。


宇高――どこかで聞いたような、しかし、どこにも記録されていない名前。


蓮は手元のメモを確認した。住民台帳にその名はなかった。検索しても団地の住民履歴に該当なし。市の住民台帳にも、死亡届にも該当なし。だが、図面の文字は確かに、存在している。


(この「宇高」は誰だ?)


蓮は祝日の静かな空気を裂くように、制服から私服に着替え、団地へと向かった。


第三棟。午後の光が廊下に淡く差し込んでいる。蓮はエレベーターを使わず、音を立てぬよう階段を使って三階へと上がった。308号室の前に立つ。無人のはずだが、ドアノブには光の反射でわずかな手垢の痕があった。誰かが最近、ここを開けた。


だがポストには郵便物がない。表札もない。


ノックしようとして、彼は思いとどまった。310号室での出来事が脳裏をよぎる。正面からでは何も得られない。今は観察のときだ。


彼は廊下の隅の角に身を隠し、部屋を“張る”ことにした。気配を消し、呼吸すら薄く。耳を澄ませば、室内からはごく微かな――何かの作動音が聞こえた。310号室で聞いた、あの冷却装置と同じリズム。


(……なぜ、生活のない部屋に機械音が?)


そのとき、階下から足音。蓮はそっと廊下の奥へ身を滑らせた。見えてきたのは、薄いグレーのコートに黒のマスクをした若い女性だった。髪はまとめられ、視線は足元に落ちている。彼女は迷うことなく308号室の前に立つと、ポケットから鍵を取り出し、何のためらいもなく扉を開けた。


蓮は目を疑った。308号室は“空室”のはずだった。誰も登録されていない“無人の部屋”に、合鍵を持った人間が出入りしている。


扉が閉まり、しばらくの静寂。蓮は時間を見て、五分ほど経ってから静かに廊下を離れた。入口近くの階段室にある消火器の裏には、点検記録のシートが張られており、点検作業者の名前が手書きで残されていた。


「記録担当:宇高うたか 澄香すみか


蓮は背筋に冷たいものが走るのを感じた。宇高、存在しない名前。公式には“誰でもない”彼女が、なぜ団地内に常駐している? なぜ、機械の音に囲まれた部屋に? 


自宅に戻ると、彼はすぐに佐賀野の手帳の最後のページを開いた。そこには過去に蓮が気づかなかった書き込みが一つだけあった。


「宇高澄香=監査側」


監査。“見る側”。つまり、蓮たち“見られる側”とは異なる階層にいる者。記録を管理し、何を残し、何を消すかを決定する側。


(彼女は敵なのか? それとも――)


その夜、蓮は再び夢を見た。


暗い廊下。無人の団地。冷たい床。閉ざされたドアの前に、黒髪の少女が座っている。彼女はこちらを見ている。だが、何も語らない。唇は動かず、目だけが何かを訴えようとしている。


目覚めた蓮の手には、前夜にはなかったメモが握られていた。


それは誰の筆跡でもなく、蓮の筆跡でもない、奇妙な文字の列。


「U=6-5-4-3

記憶は残せない

だが行動は記録される

私はあなたに見てほしい

“あのとき”の続きを」


蓮は冷や汗をかいたまま、文字を見つめていた。


“あのとき”――とは何だ?


自分は、すでに一度ここに来たことがあるのか?


だとすれば、その時の“自分”は――


記録されていた“もう一人”なのか?

次回予告:

監査の名を持つ者。夢に浮かぶ“もう一つの行動”。蓮は封印された「過去の自分」と対峙し、1日おきの記憶の裂け目に初めて手を差し伸べる――

次回「監査者と夢の断片」へ続く。

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