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ワガハイハネコデアル  作者: the〇
1/1

〇〇話

「おーい、起きろー」

 いつも通り、ラモンの声で目が覚める。今日は珍しく目覚めがいい。何かいいことでもあるかもしれないと俺は思った。

目を擦りながら、食卓へ向かう。テーブルには、これまた珍しく、ヒナルの姿がなかった。

「ヒナルは?」

「ここ」

「ひっ」

 ヒナルが後ろからぬっと現れた突然のことで思わず声が出る。

「い、いつから?」

「さっき」

 あれ?と俺は思う。いつも通り素っ気ないのだが、何かが違う。

「何?」

 やっぱり、何かが違う。上目遣い。ジト目。やや紫っぽい白いサラサラの髪。白いは…だ?よく見ると、ヒナルの頬が仄かなピンク色に染まっていた。

反射的に、ヒナルの額に手をやる。

「はっ!?何?」

「やっぱり、熱い。ラモン!体温計ある?」

「熱くない。いい。」

そう言って逃げようとするヒナルを、逃がすまい、と押さえる。小さな身体で対抗しようとしているヒナルは、いつもより力が弱いように思えた。

 どーぞ、と差し出された体温計を起動し、ヒナルに差し出す。

「いらない」

「いいから。早く」

 ヒナルは渋々といった様子で測った。

 しばらくして、ピピピッと音が鳴った。38.2と表示されていた。

「これ、壊れてる。私、元気」

「壊れてないです。さっさと寝るよ」

「元気」

「元気じゃない」

 言い合いながら、今にも暴れそうな勢いのヒナルを、部屋に運んだ。

「元気」

「まだ言うか」

 駄々をこねるヒナルに、俺はひとつ提案をした。

「じゃー、もっかい測って判断するか」

「うん」

 待ってて、と言って、体温計を取りに行く。

 もう一度測っても同じだろうと思ったが、あの頑固を納得させるためだと割り切ろう。

 その時、ガタン、と音がした。ヒナルの部屋の方からだ。

 何事か、と急いで戻り、ドアを開ける。

 ベッドの近くで、ヒナルがしゃがみ込んでいた。正確には、座り込んでいた。

「ヒナルっ」

 慌てて駆け寄る。ヒナルの身体は熱かった。


        *  *  *


「ただの風邪だね。4、5日で治るだろう」

「よかったぁ…」

ラモンの言葉に一安心だ。物音に気づいたラモンがヒナルの部屋に来て、パニックだった俺をなだめ、ヒナルを診てくれたのだ。

「熱は?測った?」

「いや、全然。測るわ」

 しばらく経ち、ピピピッと音が鳴る。

 39.6。思った以上に高かった。

「取り敢えず、寝かせておこう」

 ラモンと共に、部屋を出る。ヒナルの頬は朱色だった。


       *  *  *


 何本か木を切って、小屋に戻る。どんな時でも、火の燃料は必要だ。

 木を棚に置き、ヒナルの部屋に行く。

 ヒナルは寝ていた。長いまつ毛の影が落ちている。思わず見惚れてしまった。

 近くの椅子に座り、その綺麗な髪を撫でる。いつもの無表情には、少しだけ苦悶があるように見えた。

「何?」

 ヒナルの瞼が開いた。驚いて声を上げる。

「起きてたの!?」

「今起きた」

「体調はどう?」

「普通」

「嘘つけ」

はい、と体温計を手渡す。

今度は素直に測った。

ピピピッ。差し出されたものを見てみると、38.5と表示されていた。

「まだ高いじゃん」

「は?」

 意味わかんない、と聞こえてきそうな顔で、ヒナルはもう一度体温計を見る。凝視、という感じだった。

「あ、ほんとだ」

 ヒナルは、ふぅ、と息を吐いて、目を擦った。

「目」

「何?」

「霞むの?」

「別に」

「正直に」

「クリアです」

「懲りませんねぇ。それでぶっ倒れたのに」

ゔっと唸り、眉間にしわを寄せる。図星を突かれたときのヒナルの癖だ。

「じゃあ、正直にどうぞ」

「霞む」

「よろしい」

 これに乗ってやれ、と、質問を重ねる。今なら正直に言ってくれそうだ。

「食欲は?」

「ない」

「頭痛」

「ちょっとだけ」

 そう言って、コホコホと咳き込む。息が荒かった。

「大丈夫?」

「うん。続けて」

「目眩」

「まぁ、うん」

「どっち?」

「ちょっとだけだよ」

 そう言って、また咳き込む。近くに置いてあった洗面器を手に取り、ヒナルの前に、持ってくる。ゆっくりと、背中をさすった。

「大丈夫。何も食べてないから」

「そう言う問題じゃないでしょ。吐き気はいつから?」

「…昨日から」

「そっか」

 これは、ラモンに報告だな。どうにかしたいけど、俺には何の知識もない。

またヒナルが咳き込む。さする速度をあげる。額に脂汗が浮かんでいた。

「水いる?」

「いる」

「オッケー。とってくる」

「…ありがと」

そう言ったヒナルは、本当に辛そうだった。


 水を入れに行くついでに、ラモンを連れてくる。いや、逆か。水はついでかもしれない。

 ラモンと一緒にヒナルの部屋に入る。ラモンは蛇型の聴診器のようなものを使い、熱心に何かを調べていた。

 ラモンしばらく経って顔を上げ、重々しく呟いた。

「……クレースト症候群だね」

「クレー…なんだって?」

「クレースト症候群。2種族と3種族がかかる奇病だ。感染する確率は約0.002% 。五万分の一だ。初期症状は高熱、吐き気、目眩、軽い頭痛、目の霞み。熱が上がったり下がったりが1週間ほど続き、その後はしばらく落ち着くが、2ヶ月から6ヶ月後に再び高熱が出て、そのまま死亡する。治療薬は無く、根治は不可能。人によっては発症後1年間生きたものもいるそうだが、その例は本当に希少だ。殆どは6カ月以内に命を落とす」

 何かの参考書を読み上げているようだ。後半は殆ど聞こえなかった。だが、混乱している訳ではない。人はショックすぎることが起こるとかえって冷静になるというのは本当らしい。

 ヒナルはいつの間にか眠っていた。そのまま死んでしまいそうで怖かった。

 ヒナルが死ぬ。6カ月以内に。それはもう後戻りできない、最悪のカウントダウンだった。

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