怒り
食事を済ませたジョンはアーノルドと一緒に自分たちの居房へ戻る。
「さっきは大変だったな」
「あぁ」
「お前にひとつだけ言っておくぞ」
「なんだ?」
「ここにまともなヤツはおらん」
「そりゃ見ればわかるよ」
「そういうことじゃない。みんな精神的におかしくなってるってことだ」
「俺もここに入れられたときからおかしいぜ」
アーノルドはジョンの言葉にため息をつく。
「はぁ・・・、まぁ聞け。お前さんもここに来るまでに苦しんだんだろう?」
「だがな、ここの連中もお前と同じように苦しんでここに来た」
「点数やら波長やらで管理された社会に耐えられなかった者たちだ」
「外の世界であれだけ苦しんだのに、ここではもっと自由が制限される」
「だから、入ってきたときよりもみんな今のほうがずっと苦しんでる」
「そして、それはお前も一緒だ」
ジョンはアーノルドから目をそらすと、背伸びをしてベッドに寝転ぶ。
「外は天国のような地獄で、ここは地獄の中の地獄ってか?」
「そういうことだ」
「で、俺にどうしろって?」
「お前に絡んでくるヤツはみんな無視しろ。相手にしてると大変なことになるぞ」
「やられてもやりかえすなって?」
「そうだ」
「なんでだよ?」
「お前も地獄の住人になっちまうぞ」
アーノルドは心配する表情を浮かべる。
ジョンの頭の中では先ほど食事をひっくり返してきた"ヤツ"のことを思い出されていた。
すると、みるみるうちに彼の表情は怒りで歪んでいき、ベッドを思い切り拳で殴りつける。
「ここは地獄だよな?なら何やっても構わないよな?」
「よせっ!」
ジョンは思い立ったようにベッドから起き上がると、そのまま居房の外へ。
今は自由時間であるため、皆思い思いに過ごしている。
「見つけた」
ジョンはベンチで仲間数人と談笑している"ヤツ"を見つけると、アーノルドの制止を振りほどいてそこへ向かって全力で駆けだす。
ヤツが近くまできたところで、ジョンは側頭部目がけて走ってきた勢いのまま蹴りをかました。
ものすごい勢いで相手がふっ飛び倒れ込むと、ジョンは勢いに任せて頭を踏みつける。
何度も、何度も、完全に気を失っている相手の頭を持つと今度はベンチにたたきつける。
何度も、何度も、
一緒に談笑していた仲間たちは常軌を逸したジョンの行動に唖然とし、恐怖で動けないでいる。
異変に気付いた刑務官がすぐに駆け付けるが、ジョンはそれでもやめようとしない。
ジョンは完全にキレていた。
彼は刑務官たちに取り押さえられると、手錠をはめられ、そのまま独房へ。
だが、それでも怒りが収まらないジョンは独房のドアを蹴る。何度も、何度も。
「何をやっている!」
ジョンがドアを蹴り続けるため、何人もの刑務官が再び彼の独房へと集まった。
暴れまわるジョンに刑務官たちは警棒で応戦。
大人しくなるまで滅多打ちにされてしまった。
「くそったれ・・・」
ジョンはあまりの態度の悪さにその後は2週間暗い独房生活を余儀なくされる。
だが、それでも一度爆発してしまった怒りの火はいまだに消えず、彼の心は怒りで完全に染まってしまった。
「おかえり、長かったな」
「あぁ・・・」
独房から帰ってきたジョンは2週間前とは見た目が大きく変わり、髪の毛はボサボサ、ヒゲも伸びっ放し。
アーノルドは心配そうに声をかけるが、ジョンの表情は怒りに満ちていて、それは恐怖を感じるほどだった。
「あいつは?」
「お前が半殺しにしたヤツか?」
「あぁ・・・」
「またやるのか?」
ジョンは黙って立ち上がると居房の外へ。
そのまま辺りを見回し、すぐにヤツを見つける。
2週間前半殺しにした相手だ。
「いたな」
ジョンはそう思うと駆け出し、その男目掛けて再び飛び蹴りをかます。
周りにいた男たちはすぐにジョンを抑えようとするが、ジョンは蹴りを食らわせた男のことしか見ておらず、飛び蹴りで倒れた男の顔面目掛けて思い切り足を踏み下ろす。
男は両手でなんとか蹴りから顔を守ると大声を出した。
「刑務官!助けてくれぇ!」
ジョンはそんなヤツの言葉も無視して再び足を踏み下ろす。何度も、何度も。
駆けつけた刑務官たちはジョンを警棒で滅多打ちにすると、そのまま独房へ連れていった。
今度は1週間で独房から出られたが、自身の居房に帰ってくると、すぐにまた同じ男を探して外を歩き回る。
ジョンがその男を見つけると、相手もそれに気付き、すぐに刑務官を大声で呼ぶ。
今回ばかりは先に刑務官が駆けつけたことで何とか騒動にはならなかった。
だが、ジョンの怒りはいまだに収まっておらず、誰の目から見てもそれは狂気じみたものを感じさせる。
ジョンに2度も半殺しにされた男は「何なんだよ!」と恐怖に満ちた表情で言い放った。
ジョンはその言葉に「お前から仕掛けてきた」と言うと、男は「許してくれ!すまなかった!」と大声で叫ぶ。
「わかった」
男の必死の謝罪をジョンは意外にも素直に受け入れ、そのまま大人しく居房へ帰る。
刑務官たちは立ち去ろうとするジョンに厳重注意をするが、その表情は聞いているのかどうかも怪しいほど暗いものだった。
アーノルドはジョンが部屋に入ってくると、心配そうな表情で声をかける。
「お前、大丈夫か?」
「何が?」
「何がって・・・、何回も同じヤツを半殺しにして!イカレたか?」
「わかんねぇよ・・・ただ、あいつへの怒りが収まらなかった」
「今はスッキリしたのか?」
「謝罪されたらからな。スッキリってわけじゃないが、許してやったよ」
アーノルドはジョンが怒りが少し収まったのを感じた。