第13話 3/3
※本作は『トゥルーカラーズ=僕らの家族スタイル』シリーズの一編です。
物語はいよいよ新たな局面へ入ります。
昼休み時間の解放感で満たされた廊下を、縄手は空になった目薬を手に持ち歩いていた。
落ち着かない雰囲気が学校を包み込んでいるのは、もうすぐ始まる夏休みのせいなのか、自分が父親になる準備に浮かれているのかわからないまま、思わず笑みがこぼれそうになる頬を、必死に引き締めていた。
開け放った渡り廊下の窓から吹き込んだ南風の湿りっ気が心地いい。
巡回する教室で、持ち込み禁止のお菓子を頬張る生徒の慌てぶりが愛らしい。
すれ違いざまにTシャツをズボンに入れるよう指摘してくれた年配教師に、思わず感謝。
机に伏して寝ている野球部員の姿に感じる親心にほっこりしてみたり。
今すぐにでも、優耳の声を聞きたくなっている自分が可愛い。
全てを受け入れられる菩薩のような優しい気持ちのまま、縄手は保健室のドアを開けた。
こちらに顔を上げた養護教員は、少し驚いた顔をしながら
「先生、どうされました?」
落ち着いたトーンで口を開いた。
「目薬ありますか?なんか今日、調子悪くて・・・。」
縄手は目をこすりながら、空になったケースをちらつかせた。
「あ・・・・・ちょっと待ってくださいね。」
と言いながら閉められたベッドのカーテンの方へ視線をやった。
その仕草に縄手は誰かが寝ているから、静かに話すよう促されたと思い、何度か頷いた。
目薬を探す養護教員に
「先生、ちょっと聞いていいですか?」
軽くなった口が動き出す。
「なんでしょうか?」
真似てもらえることを期待して、更にトーンを押さえるが、
「実は、彼女の妊娠がわかって・・・・俺、パパになるかもしれないんですよ!」
満面の笑みで声を弾ませる縄手に、養護教員の顔が慌て始めた。
「え?あ・・・」
「それで、子どもが産まれるまでにやっておいた方が良いことって、何かありますかね?」
眉を大きく跳ね上げた縄手の顔は、笑顔が最高潮にはち切れていた。
――――――――――
「乾杯!!香月、お誕生日おめでとう!!」
目の前でグラスを合わせる。
テーブルの上には、大好物のエビフライが所狭しと並ぶ。ブラックタイガーや車海老、バナメイエビ、極めつけは伊勢海老まで、豪華な盛り合わせだ。
その隣にはオニオンがしっかり効いたタルタルソースがたっぷり添えられていた。
合わせたグラスをひき、よく冷えた麦茶を一口飲む。
「早いなぁー香月、もう十八歳やで。最近までホンマにちっちゃかったのに。あっちゅー間やな。」
声のする方へ顔を向けた。
そこにはビールをグラス半分飲み干し、笑顔を見せる父の姿が座っていた。
「ホンマに」と笑顔で頷く母親と顔を見合わせている。
・・・・お父さん??・・・・お母さん・・
曖昧な記憶の断片を集めたような若さの両親が、そこにいる不思議さを感じながらも、それがないかのように、タルタルソースのたっぷりのったエビフライを、大きく開けた口へ運ぶ。
「大した病気もせんと、健康におってくれたん、母さん嬉しいわ。」
そんな言葉に笑顔を絶やさない僕は、エビフライのプリプリ感にこの上ない幸せを感じていた。
「たくましくなって、香月はホンマええ男になったなぁー。」
優しい目をこちらに向ける母。
「パパよりも、体しっかりしてるやん。腕相撲もう勝てないんちゃう?」
その優しさのままで父に視線を向ける。
「そりゃ無理やって。香月の腕なんかお母さんの足くらいあるやん。脚なんかもぉー俺の腹回りくらいあるし。ケツなんかこんなんやん!」
父も両手で大きさを表現しながら、母に笑顔を返す。
そして僕は家族で囲む食卓のぬくもりに包まれながら、照れ笑いを浮かべ、胸の奥に静かな安堵を感じていた。
「期末テストも頑張ったしなぁ!香月がこんなに賢かったとは知らんかったわ!」
茶碗を手に取り、白米を頬張る父はふざけ半分の顔をする。
「さすが俺の息子やで!野球も勉強もなんでもやればできるんや。なぁ!」
顔をほころばせ、目を大きく見開いて見つめた。
そんな父にエビフライを咥えながら、小さく頷いた。
「ちゃうちゃう。私のおかげやで。こんな真っ直ぐに育つ子、そうおらんのよ。なぁ香月。」
母は伊勢海老のエビフライを切り分けながら、優しい目でこちらを見た。
そう・・・・僕はこんな時間が欲しかった・・・
白米とタルタルソースが混じりあった口を動かし、母へ笑顔を返す。
父がいて、母がいて、そして僕がいて。
時計の針が進む音も、エアコンの風の音も、遠くの踏切の音も響かない世界。
溢れる笑顔と、優しい言葉と、少しの冗談で満ちる夕食。
僕は切り分けられたエビフライを受け取りながら、この時間が永遠であることを願っていた。
家族っていいな・・・・
僕も将来、こんな家族をつくりたいな・・・・
幸せになりたいな・・・・
――――――――――
電気の消えたダイニングに、夏の日差しが窓から射し込み、蒸した空気がまとわりつく。
テレビ台に飾られた石は、その表面に幾重もの波紋を描き出していた。
――――――――――
「香月は、将来はどんなことしたいんや?やっぱり俺と同じ消防士か?」
エビフライを尻尾ごと一口で食べながら、父は僕を見た。
「香月は理学療法士になるんよね。」
僕の視線を奪うように、母が同意を求める笑顔を向ける。
「おぉ!理学療法士ええやんか!野球とも両立できるしな!」
「でしょー!私も大賛成やねん!」
「じゃあ、国家試験受けやなあかんから、まだまだ勉強頑張らなあ!」
「せやでぇ!合格率と就職率のええ大学に行けるようよう、受験頑張ってもらわんとねぇ。」
「確かに!資格とっても就職難しかったらあかんしなぁー。」
いつの間にか二人だけで話が盛り上がってしまい、僕が入り込む隙がない。
それでも、そんな光景に笑みが零れる。
「そんなん、ホンマあっちゅう間やで。」
「就職して。落ち着いたら、香月も結婚やなぁー。わたしらもじきに、おばあちゃんとおじいちゃんやで!」
母は手を口に当て笑いながら、父を指差した。
「・・・・・・・」
「子どもできても、わたしらに押し付けて遊びに行かんといてやぁー。なぁ。」
さらに父の肩を軽く叩く。
「・・・・・・・・」
「そやそや。お金はなぁーそう簡単には貸さんでぇー。家のローンに子どもの教育費いろいろ大変やけど、香月の奥さんとなんとか頑張ってやぁー私らも大変やったしなぁー」
両手を胸の辺りで合わせながら、おどけた表情を見せる。
「・・・・・・・・」
「でも、どんな人が香月の嫁さんになるんやろ?楽しみやぁー。彼女おるん?母さんに早よ紹介してやぁ!香月のことを幸せにしてくれる人か、しっかりチェックするから。」
手を合わせたまま何度か笑顔で頷く。
「パパも、早よ香月の彼女と会ってみたいよなぁ?」
いつの間にか、母の一方的な話が続いた後、句読点を打つように、父に顔を向けた。
「せやなぁ・・・。」
母の視線に目を一瞬合わせ、首のこりを緩めるように、顔を反らした父は小さく息を吐いた。
「ほらっ!やっぱりパパも早よ紹介して欲しいって!」
母は身を乗り出した。
「香月は、今好きな人はおるん?」
大きく目を見開いた母の顔が近づく。
『僕の好きな人は・・・・・・好きな人・・・・おる・・はず。』
――――――――――
石の表面に描き出された波紋の数が増え始める。
――――――――――
『あれ???・・・・・・・』
たまらなく好きだった人がいたはず。
力いっぱい僕の事を抱きしめてくれた人がいたはず。
未来を一緒に過ごしたいと、心に誓った人がいたはず・・・
幸せを隣で感じていたい人がいたはず・・・
木之本の影が脳裏をよぎる
『・・・・・・ちが・・う・・・。好きだけど、その好きじゃない・・・。』
母の問いかけに、エビフライを口にしたまま固まってしまう。
『あれ????僕の好きな人は・・・』
――――――――――
エアコンの止まっている部屋。
参考書が並ぶ勉強机の中、ハンカチで包まれた遺骨がゆっくりと虹色を放ち始めた。
――――――――――
「香月は俺の息子やで、誰を好きになろうが、ええんやで!」
困惑している横顔に、唐突に父が声をかける。
ゆっくり顔を上げた僕に
「誰でもは・・・あかんで・・。」
母がつぶやいた。
「香月が好きやったら、別にええんちゃうんかいな?」
箸を置いた父は、ビールに手を伸ばした。
「あかん、あかん‼私の香月は変な女にあげへんで!」
「いやいや・・・・ママと結婚するわけやないやんか。」
「私の気に入らん女に、香月を汚されたぁーないわ。」
「そもそも女とも限らんやろ。」
「はあ??????????」
いつの間にか付いていたテレビ画面では、ディアナ・カヴァースが虹色に輝く衣装を身に纏い、力強く踊っている。
「何いきなり変なこと言い出すんよ!。女じゃないって、どーゆうーことよ!」
「香月の幸せを考えたら、誰を好きになってもええやんかってことや!」
「はぁ?結婚して、子ども産んで、育てるのが家族としての幸せちゃうん?」
「それは個人バラバラやろ。」
「はぁ?私はどーなんのよ!孫の顔は?私の喜びは?」
「それはお前の都合やろーーーに。香月には関係ないやろ。」
「香月は私の【生きた証】よ!その証が認められない存在になるのは、私は許さんで!」
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波紋が膨れ上がり、石の表面は怒涛そのものと化した。
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「香月は大学行って、就職して、結婚して、子どもできて、幸せな家族を築いてもらわなあかんやろ。それが【生きた証】になるんやんか。家族はそうやって受け継がれていくんちゃうん?」
「あ?お前、何勝手なことゆーてんねん。香月は俺の【分身】や!勝手にお前の生きた証にすんなや!」
父がテーブルに激しい音と共にグラスを叩き置き立ち上がった。
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包むハンカチを燃やすかのように、遺骨は虹色の光を増幅していく。
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「はぁ?香月はあんたの分身とちゃうわ!私が私のために育ててきた、大切な大切なたった一つの宝物や!」
箸を同じようにテーブルに叩きつけ、父を睨みつけて立ち上がった。はずみでコップが倒れ、麦茶が波のように広がる。
「親のエゴやな!それは香月を苦しめるだけやってことに気付けや!」
「それはあんたやろ!香月はあんたやない!自分ができへんかったことを、叶えてもらおうって思っとったらあかんで!」
いつの間にか血走った目で睨みつける父に、母の顔は、怒りでゆがみ、般若の面のようになっていた。
空間を揺らし、激しく口論になる両親を止めに入ろうともせず、僕は愛すべき人が誰だったのかを、必死に思い出そうとしていた。
『僕の好きな人は誰やった??あれ?・・・』
脳裏を次々に過ぎる人波の中に、その人を探そうとする。
きっと顔を見れば思い出すはず。
きっと声を聞けば思い出すはず。
失いたくない人を忘れてしまっている。
忘れてしまっていることを認めたくない
「誰やった・・・」
〖自分の幸せが何かわからんって、何に惑わされとるんや〗
両親の怒号が遠雷のようになった次の瞬間、頭上の斜め上から突然声が聞こえた。
〖俺の幸せは、俺自身が望む家族であることやろ、忘れたことにすんなや。〗
『・・・せやな・・時には喧嘩もするけど、優しくて・・・何もかもを・・受け入れてくれて応援してくれる。』
〖目の前をよく見ろや。こんな家族が欲しかったんか?〗
『・・・・・』
〖こんな自分勝手な奴らが、俺の事を幸せにしてくれるはずないやろ〗
『・・・・・』
〖俺の望む家族は・・・・・そう笑顔が絶えない家族、おやすみなさいを言い合える家族、おかわりができる家族や・・〗
『・・せや・・・そして、愛する人をわかってもらえる家族』
罵りあう両親を置き去りにしたまま、白く霞む世界から声が続く。
〖そうや。俺は誰かの分身でもなければ、生きた証でもない。俺は俺や。〗
『わかってる。』
〖俺の望まない家族なら、壊してしまえ。俺の愛する人のため。〗
『でも、愛する人がわからない・・・』
〖邪魔なものを壊せば見つかるはずや。〗
『・・・・・・・・・』
〖俺を邪魔する奴、全部壊したらええんや。〗
『・・・そうか。最近色んな出来事が多すぎて、大切なものは何か分からんようになってたんや。』
〖邪魔する奴は壊せ!〗
『せやな・・・俺が忘れる訳ないよな。きっと邪魔する奴に惑わされてるだけや。』
〖邪魔する奴は壊せ!壊せ!壊せ!〗
『うん。誰だろうと、僕のことを邪魔する奴は許せんよな。』
〖壊せ!壊せ!壊せ!〗
白き世界がうねる。
『僕の明日のために!』
〖壊せ!壊せ!壊せ!〗
『僕の幸せのために!』
〖壊せ!壊せ!壊せ!〗
白き世界が一気に晴れる。
噛み切ったエビフライの尻尾が零れ落ちた。
『俺の!大切な人を返せ!』
握りしめた拳の中、いつの間にか手にしていたバットを、俺は力いっぱい振り上げた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
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それでは、次回もお楽しみいただければ幸いです。




