第15話 3/3
※本作は『トゥルーカラーズ=僕らの家族スタイル』シリーズの一編です。
物語はクライマックスへ向かっていきます。
斎部は痛いほど頭を病室の床にこすり付け謝る久米に近付き、
「みっともないことすんな!」
腕を引っ張り上げた。
「お前が楽になりたいだけの、儀式じみた事はすんなや。逃げんな!」
涙と鼻水でグチャグチャになり、うな垂れた久米の顔を無理矢理上げさせる。
顔を歪ませ声にならない謝罪を、繰り返し続けるその姿に
「優耳、もうええやろ。こうなったんは俺のせいや。」
縄手は低い声で、斎部の横顔に訴えた。
「章畝の問題と、こいつの問題は別やろ。」
即座にその言葉を遮る。
「こいつはな!今、自分の魂を殺そ・・・・・。」
斎部の話す内容に眉を寄せながら、みるみる不思議顔になっていく縄手の表情。
―――そうや、章畝はわからんねんや。
続く言葉を飲み込んだ斎部は、大きなため息と共に状況説明を諦めた。
持ち上げていた久米の腕を離し、
「もしお前が口先だけやなくて、本気で償う気があるんやったら、陳腐な心の声に酔って惑わされたらあかん。お前はお前を貫いて、傷付いて、それでも!って生き続けやなあかん。」
「お前の世界はまだまだ狭い。やからどうしてもその中で得た、ほんの少しのものでしか判断できんのはわかる。」
「でもなぁ、世界の広さを知らずに何もかもを諦めてしまうのは愚の骨頂やぞ!」
向かい合っている斎部と久米を、口を開けたまま、訳の分からない縄手は見比べ続ける。
「まあ、私も君の事を挑発しすぎてしまったことは謝る。申し訳ない。」
斎部は片膝をつき、小刻みに震えて見つめる久米に更に目を合わせ、頭を下げた。
「だからなぁ、私らの決着はまだついてないで。わかったか。」
そして、視線に力を込めた。
「わかったか!」
反応のない久米に、強い口調で、だけど優しく詰め寄った。
その気迫に久米はただ頷いた。
「よし。」
久米の頭をくしゃくしゃと、少し乱暴にかき混ぜ、斎部は立ち上がった。
その様子を見ていた縄手は、身を翻し立ち去ろうとする斎部に、困惑の表情で立ち塞がった。
「いやいや!よし、ちゃうやろ!」
「お前らだけなんやねん!さっきから二人の世界で分かり合ってますみたいな。」
二人を交互に指を指す。
「俺は蚊帳の外かよ!そもそも決着ってなんやねん!」
「もっとゆーたら、ただの熱中症の久米をヘリで橿原の病院に緊急搬送っ手やなんやねん!意味わからん事多すぎるって!マジで!」
両手を大きくばたつかせた縄手は、ヒートアップしていく。
面倒くさそうに目を逸らす斎部
「外行こか。」
今日一番の深い溜息をつき、縄手の腕を掴み、半ば引きずるように病室を出た。
ドアは、病室の床でうな垂れたままの久米を残し、滑らかにスライドして閉じた。
廊下に連れ出された縄手は不服そうに斎部を見る。
「優耳が久米と偶然会ったって話を昨日聞いたばっかりやのに、この状況見たら、偶然ちゃうやろ。」
口をへの字に曲げて、腕組をする。
「久米がまた学校におらんようになったから、まさか思って、慌てて年休届け出して来たら、ホンマにおるし、カッター持って優耳のこと睨んどるし。」
斎部は気まずそうに、縄手に背中を半分向けている。
「優耳、マジで何がどないなっとるんや、ホントのこと教えてくれ。頼む。」
手を合わせて小さく頭を下げる。
「元はと言えば、落ち着いてから話そうと思っていたことを、お前が偶然見つけて、僕ちゃんに考えなしに言ってもーたんが、この状況の発端やろ!」
面倒臭くなった斎部は振りかえりながら、縄手の腹部に手の甲で突っ込んだ。
「痛っつ!」
腹を押さえる
「はあぁぁあぁ?」
呆れ顔の斎部は
「刺されとらんやろ!大袈裟な!」
「ホンマに、ギリギリやけど。」
「あの僕ちゃん、カッターの刃、引っ込めよったやろ。」
斎部は一瞬だけ、閉じた病室のドアへ視線を投げた。
それでも縄手は
「いや、それは俺が悪いのはわかっとるんや。やけど、ホンマに久米とどこまでの関係やねん・・」
意味不明のままで、頭の整理が全くつかない状況に焦る。
♫トゥルリン♫トゥルリン
斎部のスマホに着信音が響く。
光る画面をチラ見した斎部は、そんな縄手に
「わるい!会社に戻らんとあかん!」
「章畝、しばらく僕ちゃんについとった方がええんちゃうか。」
病室へ向けて指をさした。
「ええ??いや、おい!あ・・・・・・」
唖然となった縄手に、斎部は素早く背中を向け、「はい、斎部です。」とスマホに耳を当て歩き出した。
――――――――――
蛍光灯のまぶしさに目を細めながら、木之本沢奈は意識を取り戻した。
握りしめられた手の感覚に、そちらに顔を向ける。
「あれ?ここは?」
つぶやきながら、ぼやけた曲川勾太の姿に焦点をあわせ、
「え・・っと。曲川くん?」
と頭を少し浮かした。
「よかった・・・・よかった。本当によかった・・。」
木之本の手を両手で強く握りしめ、半泣き顔で何度もつぶやく。
病室の後ろに立つ、北越智峯丸の姿も見て取れる。
「北越智くんまで・・・」
「え?わたし、なんで??」
「あれ?夢??」
記憶が途切れているのか、状況理解ができない木之本は、不思議顔で曲川と北越智を交互に見た。
小さく安堵の溜息を吐いた北越智は、ほんの一瞬だけ、病室の壁の向こう側を見た後、手に持ったスマホをズボンに入れ、木之本に近づいた。
「先輩、脱水症状だったみたいですよ。野球部のために頑張ってくれているのは本当に感謝してます。」
「でも、自分の体の事もちゃんと管理してくださいよ。」
「今回は、俺らがたまたま倒れてる先輩を発見できたんで、よかったですけど。もう無理しないでください。」
笑顔でペコリと頭を下げて、曲川の肩に手を置いた。
「先輩・・・いつまでその手握ってるんですか?」
小さくささやく。
曲川はハッと我に返り、握りしめた木之本の手を離した。
鼻をすすり、手の甲で何度も目を押さえる曲川の背中に手をずらし、「よかったね」と合図を送った。
「とりあえず、先生呼んできます。」
北越智は、枕に頭を静めた木之本に一礼をして、ドアへ歩き出した。
病室のドアを開け、一旦立ち止まった北越智は、少し考えた後振り返り
「自分はそのまま学校へ戻ります。報告とかあるので。」
「先輩たちはゆっくりしてください。」
と笑顔で頭を下げて、ゆっくりドアを閉めた。
廊下に出た北越智は、いたずらそうにフッと笑い、ポケットからスマホを取り出し、宇治頼径とのメッセージを再開した。
先ほど感じた巨大な波動の件が気になり、宇治に心当たりがないか、メッセージを送っていた。
「神?なのか?そん中でも、かなり上位やで・・・。」
スタッフステーションに声をかけた後、北越智はブツブツつぶやきながら、エレベーターホ―ルにつき、下行ボタンを押した。
「カンダルパ研の奴らが、もうここを探しあてたんか?」
曲川からある程度の経緯は聞いたが、原因がまったくわからないままだった。
「なんか、しつこそうやったしなぁー。木之本先輩一体何をしたんや・・・ホンマ、ヤバいなぁー」
更に宇治に送ったメッセージがなかなか既読にならないことにも不安を感じ、つま先に苛立ちが滲みだす。
「あーよっちゃん何してんねん・・・大丈夫やろか・・・」
エレベーターの到着を知らせるライトが点滅する。
「このまま、俺も生駒に行くか・・・院内を偵察するか・・・」
ドアがゆっくり開く。
その瞬間、北越智は体が固まるくらいの恐怖を、一瞬にして全身に浴びてしまった。
スマホを持つ手が小刻みに震えはじめる。
画面の眺めたままの視線を上げることが出来ない。
ドアが完全に開いた時、一瞬でも動くことは命取りになる圧を完全に悟った。
息がまともにできない。
眉間を流れる汗だけが、時間の流れを示していた。
「君、乗らんの?」
落ち着いた女性の声が北越智に脳天に届く。
「・・・・・・・」
「どうする?乗る?」
追い打ちをかける声に、北越智はただ無言で小さく頷き、その声に従うようにエレベーターに乗り込んだ。
階数ボタンの前に立つ女性の足を視界に映しながら、奥へ進む。
「一階でええ?」
その言霊に似た声に
「はい・・」
と小さく返す。
閉まるドアにより、完全に閉じ込められた空間が緊張を増してゆく。
北越智はその女性に悟られないように、スマホをゆっくり降ろし、視線を向けた。
「こいつや・・・。」
数字の減る速度が遅く感じる、エレベーター特有の音が聞こえない。
何故かどこの階にも止まる様子がしない。
チャコールグレーの直線的なスーツ姿が凛となり、隙のない背中が余計に距離を遠ざける。
なにも考えられない。
思考する猶予も与えられない。
上目遣いに一瞬一瞬と、視線を向けその姿を確認するが、巨大過ぎるものは漠然としか理解できない。
―――どうする・・
唾を、音を立てないように飲み込む。
「君、降りんの?着いたで。」
その声に、現実に引き戻されたように北越智はなった。
気付けばドアは開かれ、数字は一階を示している。
「どうぞ。」
開扉ボタンを押したままの女性に促され。「ありがとうございます。」と頭を下げた北越智はエレベーターから足を踏み出した。
「君。思ってたより冷静やん。」
降りる間際に投げられた言葉に、振り返る余裕もなく、意味がわからないまま、再度頭を小さく下げる。
数歩進んだ北越智はふと、その言葉に疑問に感じた。
「思ってたより??」
「え?俺のこと知ってる??」
慌てて振り返るが、その女性の姿はどこにも見つけることが出来なかった。
自由に動け、考えられる感覚に戻った北越智は、肩の力を抜き大きく深い溜息をついた。
同時にスマホが震え、宇治からのメッセージが届いた。
――――――――――
縄手は、涙の跡が乾かないまま眠る久米の側に椅子を引き寄せ、その寝顔を眺めていた。
医師の話だと、目覚めたら帰っていいとのことだったので、下校時間に合わせて起こそうと考えていた。
呼吸にあわせて膨らむ胸のリズムと、窓から差し込む真夏の光、だれもいなくなった病室の静けさの中で、ふたりはこの世に残された最後の人類であるかのようだった。
思い返せばあの日、いじめの前兆を阻止するために、久米をみんなの前で抱き締め、味方宣言をしたことから、すべてが始まった。
久米がこの学校に入学して本当によかったと、心から思って卒業してもらいたいという一心から取った行動だった。
「俺は・・・やっぱり間違ってるんか??・・・」
ポツリつぶやく縄手は小さく溜息をつき、うな垂れた。
それまでの教師生活が、順風満帆に思えていたのは、生徒に対して真剣に向き合って、寄り添えていたのではなく、上っ面だけでうまくやり過ごせていたからなのか。
今目の前にいる、たったひとりの生徒でさえも救うことができていない不甲斐なさに、縄手は首を振った。
「・・・せんせぃ・・」
不意に聞こえたかすれる久米の声に、目を覚ましたのかと顔を上げる。
目をとじたままの顔に、縄手は寝言だと息を吐いた。
「・・死にたく・・・ない・・よ・・」
久米の体がずれ、シーツが揺れる。
「ひとりは・・・いやや・・・・」
閉じたまぶたから一筋の涙が伝い流れた。
救済を求めるその寝顔に、縄手は何も言わず、ただ流れ伝った久米の涙を、指でそっと拭った。
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