第15話 2/3
※本作は『トゥルーカラーズ=僕らの家族スタイル』シリーズの一編です。
この回は「自殺」など過激な部分がありますので、ご注意ください。
斎部が向ける矢の先端に凝集されていく光の渦を眼に映しながら、久米は再び言葉にならない叫び声を上げた。
踏ん張る脚に更に力が入る。
『壊せ!壊せ!こいつを壊せば、俺の未来は取り戻せる!』
頭のど真ん中で急き立てる声が、全神経を支配してゆく。
『壊せ!壊せ!壊せ!』
大きく見開いた瞳の上を、瞼が上下に激しく動く。
『やるんだ!壊せ!己のために!』
額から流れ落ち続ける汗の滴と対照的に喉の奥はカラカラに乾ききり、声帯が張り付いたように苦しくなる。
握りしめたカッターのハンドルに力が入るごとに、目の前の景色が何重にも歪んでゆく。
「わああああああああーーーー!!」
意識が不安定に重なったまま、久米香月は斎部優耳に向けて全力で駆け出した。
斎部が向ける矢先からの閃光に、瞼を力一杯閉じたまま、カッターを両手で強く握りしめ突き進んだ。
ドスッ!
勢いよく突き出した手に伝わる鈍い衝撃と、ぶつかる体を踏ん張り返す力。
そして・・・
猛り狂う体を、目一杯抱きしめる懐かしい温もり。
「・・久米・・・・ごめん・・・ホンマにごめん・・・・」
包み込まれる耳元から届く声が鼓膜を振るわし、全身をかけ巡る。
その声の主が誰なのかを、久米は一瞬、理解できなかった。
それでも——
その名を思い出すまで、時間はかからなかった。
恐る恐る開ける目に映った縄手章畝の横顔。
我に返る久米の体が一気に震えだす。
縄手の腹部に押し付けていた両手を慌てて引き戻す。
指先に残る感触が、逃げ場を奪った。
青銅の仮面が逃げるように消え去った。
咄嗟に抱きしめられた腕をすり抜けるように体を離した久米に向けられた、縄手の贖罪の眼差しは、容赦なく取り返しのつかない過ちを突き付けた。
両目を見開いたまま、硬直した指から、無理矢理カッターを引き剥がす。
アスファルトにカラカラと音を立てて転がり落ちる。
「ごめんな。久米・・・・。」
腹部を押さえながら、何度も何度も頭を下げる縄手。
「あああああああああああーーーーーー!!」
全身から噴き出す汗に、ずぶ濡れになった久米は、自分の濡れた両手を見ながら、喉の奥から断末魔の悲鳴を上げた。
久米の絶叫が、蝉の大合唱に飲み込まれてゆく中、その体は糸の切れた人形のようにアスファルトへ崩れ落ちた。
――――――――――――
耳鳴りがするほどの静寂の中、気付けば久米はこの世に存在するすべての色のペンキをぶちまけたような空間に呆然と佇んでいた。
足元にはバットが転がっている。
そして、砕かれた父親と母親の破片が散らばっていた。
何故か冷静に、その空間にいることを認識できる自分がいた。
つけっぱなしになっているテレビ画面の中では、ディアナ・カヴァ―スが音もなく踊っている。
幸せになるために。
自分のために。
壊した。
目に映る、障害となるものを壊した。
手当たり次第に壊そうとした。
壊したら、きっとそこに広がる景色が幸せにさせてくれると信じて。
だけど哀しく、寂しく、切なく、虚しく、辛い気持ちのヴェールが、髪の先からつま先まで覆っている気がしていた。
ふと、砕けた父親の破片と目が合う。
「・・・・・・ごめんなさい・・・。」
言葉が零れ落ちる。
また、砕けた母親の破片と目が合う。
「・・・・・・ごめんなさい・・・。」
無意識に言葉が再び零れ落ちる。
「俺のせいや・・・。」
もし自分が存在しなかったら、家族がこんな風に壊れなかったのではないかという感情が、久米の中で揺れた。
「俺がいたから、オヤジも母さんも苦しんだんや・・・。」
不意にテレビ画面からディアナ・カヴァースが踊り出る。
その影は、久米の周りを何度も何度もクルクルとステップを踏みながら景色を歪めた。
景色が混ざりゆく空間は、すべての色がうねり、何もかもを飲み込み、深淵の闇が広がった。
突然の闇に包まれた久米に声が届く。
『そうや。僕さえいなければ、父さんも、母さんも、それぞれの幸せを見つけることが出来たんや。』
振り向いた目の前には、青銅の仮面を被った少年が立っていた。
ゆっくりと少年は仮面に手をかけた。
ずらされたその下から、見覚えある幼き俺の顔が露わになった。
『僕がいたから、家族といった不安定な幻想に、父さんも母さんも苦しめられることになったんや。』
脳内に直接語りかけながら、幼き俺は一歩一歩と近づいて来る。
また一歩、間合いを詰めた幼き俺は、人差し指をこちらにむけ続ける。
『父さんは僕がいたから、母さんから責められ、恨まれたまま逃げるように家を出たんやろ?僕がいなかったら、逃げ出すことはせんかった。』
『僕は父さんを壊した。』
差された指先に首を小さく振りながら、俺は「やめろや、ちゃう。オヤジが責められたんは・・」とつぶやいた。
『せやけど、僕はその理由のひとつになったな。』
幼き俺は言葉を遮った。
『母さんやってそうや、愛する人を寝取られた上、吐き気を催す程嫌いな同性愛者となった一人息子を育てる苦しみは、想像を絶するのはわかってるやろ。僕がいなかったら新しい出会いがあって、母さんの望む家族を持つことだってできたはずや。』
『僕は母さんを壊した。』
目の前まで近づいた幼き俺は、人差し指を俺の胸に押し当てて言った。
『壊しても、壊しても、空っぽやな。』
『せやったら、最初から壊すべきなんは——』
幼き俺は悲しそうに笑いつぶやいた。
『僕は存在したらあかん人間や。』
胸に当てられていた指がゆっくり降ろされていく。
そして、俺の右手にその手が添えられた。
俺の手の中には、いつの間にかカッターナイフが握られていた。
「やっぱり・・・そうなんや・・・」
幼き俺はその手を優しく持ち上げ、俯く俺の喉元にカッターの刃先を向けさせた。
抵抗できない・・・・
違う・・・できないのじゃない。
俺は抵抗しなかった。
『さぁ。僕も力を貸してやるから、このまま貫けば・・・』
幼き俺の両手に包み込まれたカッターナイフを持つ手に力が入る。
刃先が皮膚に刺さり、血が首筋を伝い落ちる。
「せやな・・・。」
『さぁ、一気に。』
俺は何の疑問も感じることなく、また少し力を入れた。
突き刺さる痛みは、傷つく痛みとは違い、暖かく体を駆け巡る。
「これでやっと俺は楽になれるんや・・・」
俺は大きく息を吸い、目を閉じた。
「せやな・・・俺は、死にたかったんや。」
大きく吸った息を止め、腹に力を入れ、一気に喉元にカッターナイフを押し込んだ。
温かな涙が一筋、閉じた瞳から頬を伝い落ちた。
――――――――――――
バッシィイイィイ!!
どこからともなくいきなり広がった怒りや苛立ちに似た波動に、北越智は思わずびくっと体を反転させ、丸くさせた目で辺りを見渡した。
クーラーが程よく効いた病室のベッドには、木之本沢奈が平穏な表情で眠り、その傍で曲川勾太が心配そうに、手を取り見つめている。
新沢千塚古墳群公園駐車場で、周楫子とぶつかり合った後、意味不明な言動を晒し倒れた木之本を、大事を取って宇治頼径の伝手で内々に病院に搬送した。
手研耳が懸念していた、八岐大蛇の毒に似た成分は検出せず、天羽々斬によって完全に浄化されたようだった。
大きく溜息をつき、スマホを取り出した北越智は、宇治から届いたメッセージに目を通していた。
〖カンダルパ産業技術総合研究所は、表向きは最先端医療のイノベーションを掲げて、AIを利用したヒトクローン臓器作製を謳っているけど、実態はかなり裏がありそうや。深層部は国家機密最高レベルで保護されてる。藤原の力使ってもかなり厳しいかもや。やけど、魂が融合しとる人の出入りが、何人か確認できたから、接近してみる。〗
北越智は〖気を付けてや。危険と感じたら即撤退やで。〗と返信しようとしていた時に、恐ろしいくらいの圧を持つ波動の広がりに、思わず動揺してしまった。
「なんや!」
息を殺し、周辺の空間すべてに神経を集中させる。
その波動が自分に向けられたものでないことは瞬時に感じられたが、そうそう出会える強さではないため、緊張状態になってしまった。
どれほど時が過ぎたのか、ほんの数秒かもしれない時間の中で、動けずにいる北越智のもみあげを汗が伝い落ちる。
「木之本さん!」
曲川の声が、緊張を打ち破った。
木之本は、まぶたをゆっくりと開けた。
久米香月は何が起こったのか、全くわからないまま、焼けるような痛みを放つ頬を強く押さえていた。
「い、痛ったぁーーーーッ!」
ビクつく目で、自分の体に馬乗りになっている人影に、恐る恐る視線を向けた。
そこには憤怒した鬼の表情で、こちらを睨み下ろす斎部優耳の姿があった。
ヒィッ!
「お前!!ええ加減にせーや!何しよーとしとんねん!だから子どもやゆーねん!それがお前の愛するってことの答か!!」
声にならない悲鳴を漏らし、体を丸めて防御しようとする久米に斎部は怒号した。
斎部の咄嗟の行動に、一瞬唖然となった縄手と側にいた看護師は慌てて止めに入る。
体を久米から離されようとする中、斎部は久米の胸ぐらを掴んで更に叫んだ。
「お前が死んだら、縄手は一生自分自身を許されへんねんぞ。」
怒りで興奮状態になった斎部を
「大丈夫やって!生きとるって!優耳!なにしとんねん!」
縄手章畝は慌てて背後から抱きしめ、久米から引きはがした。
頬を押さえ、怯える眼差しでその様子を見る久米に向かって、斎部は大きく舌打ちをする。
「どーしてん!ホンマにやめてくれや!全部俺のせいや。わかってるから!俺が悪いんや。」
縄手は斎部を落ち着かせながら、久米にも視線を送る。
看護師が久米に寄り添い、何か話しかけているが、聞き取れる余裕がない。
状況が把握できたのか、久米の表情がみるみるうちに狼狽していく。
突然、ベッドを急いで飛び降りた久米は、縄手に駆け寄り、怯えつつ傷がないか体に優しく触れた。
「あぁ・・俺はなんもないで。大丈夫やで。」
膝から崩れ落ちる久米に、縄手は笑顔で平気だとガッツポーズを見せる。
「あぁぁぁぁぁ・・・俺は・・・俺は先生を・・・・」
それでも震えだした両手を、久米は何度も何度も裏返す。
「ごめんなさい・・俺は取り返しのつかないことをしてしまった・・・・」
血などついていない。
それでも、感覚が残る手のひらは、真っ赤に染まっている気がした。
「ごめんなさい・・・俺は先生を・・・刺した。」
溢れだした涙は止まらない。
「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!・・・」
病室の床に頭をこすりつけながら、声にならない嗚咽が、胸の奥から込み上げ続けた。
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作者名【HIDEHIKO HANADA】で検索してみてください。
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