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第12話ー1/3

登場人物(※身体的性で表記)


・久米香月くめ かずき【17・男】・・・・大和まほろば高校3年2組・野球部主将

・縄手章畝なわて あきや【30・男】・・・久米香月のクラス副担任

・斎部優耳いんべ ゆさと【40・女】・・縄手章畝の婚約者


・木之本沢奈きのもと さわな【17・女】・久米香月の彼女

・葛本定茂くずもと さだしげ【17・男】・久米香月の幼馴染で野球部

・山本水癒やまもと みゆ【16・女】・野球部マネージャー

・戒外興文かいげ おきふみ【16・男】野球部2年生

・曲川勾太まがりかわ こうた【18・男】野球部3年生

★大和まほろば高校 硬式野球部メンバーは随時ご紹介予定です


・高殿持統たかどの もちすみ【15・女】・・生徒会長


・久米香織くめ かおり【47・女】・・・・久米香月の母

・葛本義乃くずもと よしの【48・女】・・葛本定茂の母


・小槻スガルおうづく すがる【31・女】・・・・・・・・斎部優耳と同じ社内チーム

・雲梯曽我うなて そうが【25・男】・・・・・・・・・斎部優耳と同じ社内チーム


・小角教授【不明】・・・・・カンダルパ産業技術総合研究所の教授


・北越智峯丸きたおち みねまる【15・男】・・・・・・・野球部1年生

・宇治頼径うじ よりみち【24・男】・・・・・・・・・・北越智のパートナー


・新口忠にのくち ただし【49・男】・・・・・・・・・・久米香月の父親

・ディアナ・カヴァース【年齢不詳・DQ】・・・・・・・・新口忠のパートナー


※感想・レビュー・ブックマーク・高評価など、何卒ご協力宜しくお願い致します。

 昼食を教室で食べ終えた久米は、缶コーヒーを飲もうと、ひとり体育館脇の自販機へ向かっていた。


 夏がこの街に訪れるまでは、木之本と一緒に弁当を広げ、一緒に体育館脇のベンチに座りコーヒーを飲んでいた。

 自分があるべき関係に戻したことに後悔はないが、クラスの誰かの誘いも断り、ひとり弁当を頬張り、ひとりで歩く廊下はやはり寂しく思えた。


 下級生たちが脇をはしゃぎながら追い越してゆく。その姿に自分が一年生だった頃が重なる。

 学校生活は不自由に感じることが多々あった。だけど、それはセクシャリティの事に限ったことではない。

 時代錯誤も甚だしいよくわからない校則、朝の小テストと居残り勉強を強制させる日々、思い通りにいかない野球部員の勧誘などなど要因はあった。

 だから隠しているゲイであることを、誰かの言葉で自認させられる瞬間だけ我慢をして、周りに合わせてしまっておけば、疲れ果てた一日がいつの間にか終わっていた。


 そんな日々でも、どちらかと言えば幸せだと思えていた

 縄手先生のにぎやかな授業を受けている時、面白くもないノンケの話に合わせている時、練習おわりにグラウンドを整備している時。木之本と長い通学路を帰っている時。


 すべてが不自由だけど、それなりに幸せだった。



 途中で立ち寄ったトイレの鏡に映る自分の顔と向き合う。

 ひとりでいる時の覇気もなく、疲れたきった表情に「ぶさいくやな・・・」つぶやいてしまう。

『本当に俺は縄手先生を、愛する資格があるんやろうか』思わず鏡の中の自分に、水道から溢れる水をすくいかけてしまった。


 色を失った虹色を滲ませ、鏡を下る水の波紋に歪む顔。


 普段から全力前向きな性格ではないが、何故か今日は自信喪失な自分に嫌気がさす。


 葛本が復帰したことが原因ではなく、北越智の魔球に圧倒された訳でもなく、縄手先生が連絡もなしに遅れて来たことでもない。


「俺が間違っているのか?」何に違和感を持ち、自己否定に繋がっているのかわからないまま、首にかけていたタオルで手を拭いた。



 いくら日差しを避けていても、照り返しが強い自販機横のベンチには、人影はほとんどおらず、ドリンクを手に取った者たちは逃げるように校舎の中へ戻って行った。


 全てを焼き尽くす勢いの日差しに、わざと撃たれるように屋根を避けて歩く。

 理由のない胸の苦しさは自傷を誘発し、肌を太陽で焦がしながら自販機に久米は近付いた。


 缶コーヒーのボタンを押しながら、一番奥のベンチに座りコーラを飲んでいる人影に目をやった。



「・・・今日もめっちゃ暑いなぁ。」

 誰かと言葉を交わさないと胸が潰れてしまいそうに感じた久米は、その人影に歩み寄り声をかけた。

 ペットボトルを口元から離しながら、北越智がこちらに顔を向けた。


「あ!久米先輩・・・・どうぞ。」

 遠くを眺めていた目の色が醒めるように、少し驚いた顔で腰をずらす。



 自分から声をかけるタイプの人間ではないから、話題もなく話しかけた時に、次に声に出す言葉が見つからない。


 相手が北越智の場合、本当は聞きたいことは山ほどあるが、触れてはいけない部分ばかりに思えてしまい、何を話していいかさらに混乱してしまう。

 とりあえず、年配の方がそういった時に切り出す話題を真似て、天気の話を出したものの、やはり後が続かない。



 北越智の横に腰を下ろし、プルタブをひいてコーヒーを飲む。

 一口飲み込んで、止まってしまった会話の中、一息つくように息を吐いた。


 学校を取り囲む森から聞こえる蝉の大合唱が、夏空高く流れる雲の流れに吸い込まれる、果てしない時間の経過を感じさせる。


「先輩、コーヒーばっか飲んでますね。カフェイン好きっすねー。」

 強烈な日差しで白く光るグラウンドに視線を向けている久米の横顔に、気をつかった北越智が話題を振った。


 そんな言葉に振り返りながら

「コーラにもカフェイン入ってんで。北越智くんもコーラ好きやな。」


「え・・・。」

 ブーメランになったことに、目を白黒させた姿はやはり幼く見えてしまう。


 ペットボトルの成分表をマジマジと見つめ「ほんまや・・・。こんな人類史上最強の発明品、うますぎて気付かんかったわ。俺らの時代なんて甘葛【あまづら】くらいやったしなぁー」

 北越智は初めて知った成分内容に感心しながら、心の呟きも声に出してしまった。


 そんな姿に小さく笑った久米は、北越智の言葉を理解できないまま

「甘葛???なにそれ?京都の飲み物?」

 反射的に続けた。

 一瞬、余計なことを口走ってしまったと、ビクつきながら、

「まあ、そんな感じですわ。うっすいハチミツドリンクみたいなもんです。」

 苦笑いしてみせた。

「って言うか、カフェイン悪くないですしね。気合入りますよね。カフェイン摂取しましょ!」

 会話の助走が始まった空気の中、自分のエラーをごまかすようにコーラに口をつけた。


 その姿に胸のモヤモヤも緩んだ久米は、目を開き鼻で息を吐きながら、また少し笑った。


「あのや。前から聞きたかったんやけど、あんなフォーム、誰から教えてもらったんや?。」

 頬のゆるみに吊られ、素直に野球の話題が口から零れた。


「実は京都にめっちゃスッゴイ人がおって、その人に教えてもらいました。」

 北越智は自慢げな顔を見せ、嘘をついた。


「どんな人やねん。プロ野球でもあんな球、見たことないわ。」

「・・・自分もよくわからんっすよ。・・・でも、できちゃったんで・・・。」

 久米は「天才と呼ばれる人は、意識せずとも出来るもんなんだよな。」とただ「そうなんや。」と呟いた。


 上手くなりたい、強くなりたい思いはまだ心の中に激しく存在する。だから、北越智との差に悔しさもあるが、テクニックがあるなら知りたいと尋ねてみたものの、そこには素質という努力ではどうにもならない理不尽な差が、深い谷のように存在していることを、再確認させられるだけだった。


「でも、なんで隠してたんや?」

「別に隠してた訳じゃないっすけど・・・。」

 弱者のどうしても追いつけない苛立ちの感情で、少し早口になってしまう。


「あ・・・攻めてる訳やないで・・」

 フォローを入れる久米に向き直り

「なかなか受けられる人が、今までおらんかったんで・・・まさか葛本先輩が取れるとは思わんかったですけど。」

 北越智は目を合わせ頷き、どこか嬉しそうな表情をした。


「まあ、確かに・・・。そうやけど・・。」

 その笑顔を羨ましく思えた久米は、小さく微笑んで視線をグラウンドへと移すしかなかった。


「次の試合も勝ちましょう!」

 楽しそうな声色が、久米の横顔を撫でる。


「せやで!俺の野球人生のラスト、最高にしてくれや。」

 他力本願な言葉に苦笑いを見せる久米に

「え?ラスト?もう続けないんッスか?」

 北越智は眉をひそめた。

「あ・・うん・・。わからん。どうしたらええんか・・。」

 ため息をゆっくりついた。


 無垢な夏空を流れる雲に視線を上げながら弱音がでる。


 なぜ北越智にこんな言葉がでるのかわからないまま、久米は続けた。

「野球では食ってはいけんやろ・・・・俺ぐらいの選手なんかザラにおるし、このまま野球だけやったら、将来俺にはなぁーんにも残らん・・・。どねんしたらええんか、ガチで悩むわ。」

 缶コーヒーを一口飲み、再び地面に視線を落とす。地面から揺れ立つ熱気に視界がかすむ。


「・・・・・・・・・・」

 そんな言葉に、コーラのキャップを緩め、斜め上の空を見上げながら北越智は一口飲み。

「・・・何―ンにもないってことは、何―ンでもアリってことやないんですか?」

 横目で久米を見た。


「なんやそれ。」

「・・・若くして亡くなった、カリスマミュージシャンの歌の一節です。」

「そーゆーのって、言う方は簡単やって・・・。」

 大きく息を吐きながら、

「なんか、急に胸の中にあったもん、誰かに全部持っていかれたような気分やねんって。何でか・・・わからんけど。空っぽや。」

 久米は上半身を前に倒し、両肘を膝の上に置いた。


「・・・・どうしたんッスか?急に・・・。縄手先生となんかあったんッスか?」

 良いことを言ったつもりが、肩透かし状態になってしまった北越智は、ペットボトルの蓋を閉めながら、顔を前に出した。


 久米は首を横に振り、

「なんかあるどころか、ホンマなんもあらへん・・・。」

「そうなんっスか・・・・。うまいこと行ってるように見えるんですけどね。」

 気力の低下を感じる姿に、北越智は少し考えるように視線を泳がせた。


「ホンマになんもない・・・・・正直、俺の一方的なわがままな思いに、教師として淡々と対応してくれてるだけかも知れん。」

 久米の視界を、色のない虹が覆い始める。


 何度か瞬きをしながら、両目をこする。

「・・・・・・・。」

 北越智は久米の冷めた言葉に目を丸くしながら、凝視した。


「俺がみんなを振り回して、迷惑かけまくってるんや・・・。」

 視界が戻った久米は、コーヒーの缶を手のひらで回してみる。

「事故の時も、おやじに会いに行った時も、SNSの炎上も、全部俺のせいや。」


 クルクル手の中で回る缶の感触が心地いい。

「・・・俺が・・・間違ってたんやな。もうちょいで十八歳や。大人として、ちゃんとしっかりやらんとな。」


 久米のあふれ出す言葉に、北越智は首をかしげ、

「どうなんっすかね・・・・・。よくわからんっすけど・・・・・。」


「もしそうやとしても、《何があっても大丈夫》って思える人と出会えたことは、幸せなことやと思いますけどねぇ。」

 ペットボトルを自分の横に置いた。



 その言葉に、公園で抱きしめ合っていた二人の姿を連想してしまった久米は、

「北越智くんの・・・彼女さん?・・・ん・・・パートナ?んん・・・あの・・・・。」

 触れてはいけないとおもっていた確信に不用意に近づいてしまい、何と表現すればいいのか口ごもってしまった。


 そんな久米の焦りぶりに

「彼氏っすよ。」

 小さく笑った北越智は、何のためらいもなく告げた。


「そっか、そっか・・・。彼氏さんっすか。」

 秘密を受け取る準備できていなかった久米はオウム返しになってしまった。


「はい。」

 視線を合わせ、小さく頷く北越智に「今のはカミングアウトやろ。わかっててもやっぱりビックリするもんなんや。」と胸を整理しながら

「前に校門まで迎えに来てくれてた人やろ?めっちゃかっこいいバイク乗ってた。」

 目を細めた。


「そうっすね。」

「そうなんや。」

 久米はその後に続く言葉を飲み込んだ。



 好奇心だけで北越智の性的指向を知りたいと思っていた自分と、まるでその概念自体が存在しないような振る舞いを見せる姿の間には、果てしない経験値の差があるように思えてしまった。


「羨ましいわ・・・。」

 当たり前のようにそれ以上何も言わない北越智に、どうしようもなく、久米はつぶやく。


「先輩は、縄手先生といたら最強にならないんっすか?」

 俯いたまま、コーヒーの缶を手のひらで回し続ける姿に言葉を投げかけた。


「・・・最強・かな・・・ん?どやろ?最強やと思てるんやけど・・・あれ?」



 抱きしめられた昇降口。

 頭を撫でられた教室。

 背負われていた街角。

 手を繋ぎ歩いた坂道。

 拳と拳を合わせた球場。


 縄手の事を頭の浮かべようとすればするほど、色を失くした虹が景色を包み込み、心が無関心へと向かい始める。


 缶が音を立てて、手のひらから零れ落ちる。

 地面に転がる缶と広がるコーヒーの跡。


 両目を慌てて何かを払うようにこする久米に

「あぁ・・・・なんか・・・悪いモン貰ってきましたね・・・・・」

 北越智は怪訝そうに眉をしかめた。




 秒針の進む音だけが支配しているリビングルーム。

 テレビ台の上に飾られた石は、吸収していくすべての色を、その表面に水紋のように描きだしていた。


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