第7話ー③ SEASON 1 最終エピソード
登場人物(※身体的性で表記)
・久米香月くめ かずき【17・男】・・・・大和まほろば高校3年2組・野球部主将
・縄手章畝なわて あきや【30・男】・・・久米香月のクラス副担任
・斎部優耳いんべ ゆさと【40・女】・・縄手章畝の婚約者
・木之本沢奈きのもと さわな【17・女】・久米香月の彼女
・葛本定茂くずもと さだしげ【17・男】・久米香月の幼馴染で野球部
・山本水癒やまもと みゆ【16・女】・野球部マネージャー
・久米香織くめ かおり【47・女】・・・・久米香月の母
・葛本義乃くずもと よしの【48・女】・・葛本定茂の母
・小槻スガルおうづく すがる【31・女】・・・・・・・・斎部優耳と同じ社内チーム
・雲梯曽我うなて そうが【25・男】・・・・・・・・・斎部優耳と同じ社内チーム
・北越智峯丸きたおち みねまる【15・男】・・・・・・・野球部1年生
・宇治頼径うじ よりみち【24・男】・・・・・・・・・・北越智のパートナー
・新口忠にのくち ただし【49・男】・・・・・・・・・・久米香月の父親
・ディアナ・カヴァース【年齢不詳・DQ】・・・・・・・・新口忠のパートナー
人影もまばらな、深夜二時前の新宿に振り続く雨は、無表情に彷徨い続ける久米の体を冷たく濡らしてゆく。
フワフワ揺れ漂う白き世界を、夢中遊行する様は、体があるがゆえの苦しみに、溺れ、ただ朽ちていくことを望む姿だった。
「フラフラ歩くな!酔っ払いが!」すれ違う傘の先にぶつかる度に投げつけられる罵声。
まるでゾンビが徘徊してるがごとく、避けられ投げかけられる嫌悪の視線。
よろけた歩道の段差に足をすくわれ、雨水溜まるアスファルトに体を打ち付ける。
口で息をするたびに喉の奥を泥水が流れ込み、首を締め付ける。
声にならない悲鳴を引きずり、絶望を越えて行く【諦め】は、闇の深域へと一歩一歩、久米をゆっくりと導いていた。
何も見えない、何も聞こえない、何も感じない。
「・・・もうええわ・・・・疲れた・・・」
道路わきの自販機に、倒れるようにもたれかかった体は、最後の力を振り絞り、ヘッドライト行きかう国道へと踏み出した。
――――――――――
二枚の小さき光が、久米の霞んだ目に降りる。
――――――――――
突然、重力が変動したかのように、激しく体が上下左右に揺さぶられる。
他の力が今、自分の意志を完全無視し、真っ直ぐに干渉した。
力強く引き寄せられた久米のぼやけた頭の中心に声が響く。
「久米――――っ‼久米――――――っ‼」
しっかりと受け止められた腕の中で、ほとんど息も出来なく、小さくひきつけを起こす。
「久米――――っ‼久米――――――っ‼」
痙攣を繰り返しながら、届く声に反応した。
「ほっといてや・・・・ほっといて・・・」
今にも消えそうな光の一滴が零れて落ちる。
「久米――――――っ‼しっかりしろぉーー――っ‼」
揺ぎ無くつかまれた肩に伝わる温もり。
「久米!おい!久米!久米香月‼」
――――――――――
「・・・・・この声・・・・・・知ってる。」
――――――――――
閉じていたまぶたが、僅かに動く。
白き世界の濃霧が流れ、目の前に薄闇と人工色のぼやけた世界が戻ってくる。
「久米!」
そこには、ずぶ濡れのまま全力で救い出そうと、必死になった顔の縄手が、真っ直ぐに見つめていた。
虚ろな瞳が重なる。
「せ・・ん・せい・・。」
首を支えていた力が、抜け落ちた。
雨はいつの間にか止み、遥か彼方に輝く満月の光が、午前二時の新宿を、何も言わずにただ優しく包み込んでいた。
――――――――――
月光に照らされた【藤原京跡】を臨む鴨公小学校の校舎屋上、大きめのヘッドフォンを首にかけた雲梯曽我が拍手を送っていた。
「いやぁーすごい!すごい!ブラボー‼」
「ひっさしぶりにエエもん見せてもらったわーぁ。」
音を立てないように、何度も手を叩き称賛する。
「なるほどねぇーん。雅楽と金龍かぁー。で、思いつくんは・・・あいつらかぁ。でもこの場所にその氏、関係ないんちゃうん。まあ、とりあえず姐さんに報告や。」
喝采する手を止め、ヘッドフォンをかけ直した。
「つーか、奈良、ジメジメし過ぎやっちゅーに。」
一陣の風が吹く。
天満月に浮かびあがる耳成山・香具山・畝傍山が影を引く橿原市に、夜明けが近づく。
【さとやくスタジアム】
夏の高校野球選手権、奈良県大会の開会式まであと八時間。
―――――――――――
いくばくの時を揺られていたのだろう。久米は一定のリズムで感じる重力に目を覚ました。
預け切った体重に伝わる暖かさ。
縄手に背負われた久米はゆっくり顔を起こした。
「じっとしといてや。」
目を覚ましたことに気付き優しく伝える。
「俺、重いっすよ・・・もう大丈夫なんで、すいません・・・。」
申し訳なさと、恥ずかしさで離れようとした。
「じっとしとけって。これくらい平気や。」
背負う久米に力が戻り、足取りが不安定になる。だけど縄手は離さない気持ちでしっかりと背負い直し、また一歩一歩、ゆっくりと歩みを進めた。
「すいません・・・。」
小さく溜息をつき頭を下げる。
「お前さぁ、いっつもどんだけ、心配かけさせるんや。」
反省中なのか、項垂れた久米につぶやく。
再び謝る久米は、少し脱力し体を預けた。
縄手の力強く確実に前へ進む、背中から伝わる安心感に、冷え切っていた心の源まで温まるようだった。
街灯に照らされた新宿通りを東へ向かう。
「先生はなんでここにいるんですか?」
「お前が心配やからに決まっとるやろ‼」
すっとぼけたような質問に、呆気にとられながらも、久米を横目に素早く突っ込む。
ぐうの音も出ない。
「それで。お父さんには会えたんか?」
何も言わずに首を横に振る。
「そっかぁ・・・・残念やったなぁ。」
何とか励ませないか、大きく息を吐いた縄手の目の前に、久米の手のひらが差し出された。
「おやじです。」
開いた右手の中には、一見白樺の木片かと見間違う骨が包み込まれていた。
「・・・・・・え。」
それを見た縄手は一瞬歩調が乱れ、極限に困惑しながらも、これ以上触れてはいけない領域だと思い、「辛過ぎんなぁー。」と俯いた。
「一カ月前ほどに、癌で死んでたみたいです・・・。」
久米のため息が首にかかる。
「そうかぁー。会えると、思ったのになあ・・・・。」
縄手のつぶやきに黙って頷き、手のひらを閉じた。
シャッターを下ろしたテナントの林をゆっくりと進んでゆく。
目の前で、新宿通りと外苑東通りが交差する。
信号待ちで立ち止まった縄手に「先生。」「うん?」「俺、もう歩けますよ。」久米は伝えたが、「あかん。」と一蹴され、ずり落ちそうな体を力強く持ち上げられた。
時折ベッドライトが二人の背中を照らしては消えて行く。それでも橿原と比べれば十分すぎるくらい明るく、進むべき道が見ている気がした。
「でも、連絡くらいくれても、よかったんちゃうんか?」
青信号で歩き出した縄手は愚痴をこぼす。
「・・バッグごと、全部無くして・・・・」
「えー‼どうするつもりやったんや?」
「おやじに相談しようかと。」
「あ・・・・あーそうかぁ。」
縄手は、じゃあその骨の入手先や、今着ているサイズの合っていない服装は、一体どこでどうなってそうなったか、時系列を聞きたくなった。
しかし久米を見つけた時の様子を思うと、今聞くべきことではないように思い、話を飛ばした。
「でも、あそこで会えたんは、ホンマに奇跡やで。」
「ずぶ濡れで彷徨ってるん見つけた時は、めちゃめちゃ焦ったけどな。」
・・・・・・・・
その言葉にしばらく黙っていた久米は、ポツリと口を開いた。
「・・・ほとんど覚えてないんです。先生に見つけてもらえなかったら、俺、どうなってたか・・・。」
ため息をつき
「最近の俺、本当におかしくて。」
「自分の奥に、別の誰かがいるみたいなんです。知らんうちに、そいつに体を明け渡してる感じで・・・・・。」
うな垂れた。
「感情が爆発して、抑えられないってやつか。」
「わからないです・・・。」
縄手の地面を力強く踏みしめ歩く音が、耳に届く。
「そっか。」
「でも、まあ。無事でよかった。神様信じてみる気になったで。」
笑顔で久米に顔を向ける。
「本当にごめんなさい。」
「とりあえず、みんな心配してるから、俺から後で連絡入れとくわ。」
大きく頷いた久米は脱力し、縄手の背中に顔を埋め、深く沈みこんだ。
「先生。ええ匂いする。」
「おふぅ・・・・・汗と雨の臭いやろ。」
「めっちゃええ匂い。」
顔を押し付け大きく息を吸いながら、ぎゅっと抱きしめる。
「しゃーないなぁー。今日だけやで。」
目を閉じ、自分の首元に顔を埋めて息をする久米に「ハハッ」と微笑んだ。
―――――――――――
「えっとぉ・・・・・・・・・・。」
すっかり顔色が良くなったと言うよりは高揚している久米は、なんの前触れもなく、目の前に広がった状況に、心臓がはち切れんばかりだった。
「悪い。セミダブルの部屋しか空いてなかったんや・・・・。」
縄手はこめかみをポリポリと掻く。
辿り着いた四ツ谷駅近くで、こんな時間帯にずぶ濡れの二人を、心置きなく迎え入れてくれたビジネスホテルの部屋には、セミダブルのベッドがこれ見よがしに置かれていた。
ベッドの存在感に圧倒され、目と口を大きく開けたまま、耳まで真っ赤になっている久米に気付いた縄手は
「お前!エロいこと考えんなよ‼」
頭をはたく。
「痛てっ!」
体をビクつかせながらも、
『てことは、一緒に寝る??』
『二人っきりや・・』
『密室・・・』
『え?寝る?寝るって何?』
『ガチで⁉』
『ヤバい。嘘やろ。』
視界から離れないベッドの上に寄り添うように並んだ枕と浴衣。
上目遣いに縄手を見つめる。
急展開にぶっ倒れそうになりながら、股間が一気に熱を帯び盛り上がる。
「お!お前なぁー!」
サイズの合わないスピチピチに張ったウェットパンツで、股間を浮き上がらせ息を荒くしたまま、濡れる瞳で見つめる久米に、バスタオルを押し付ける。
「ほら‼先にシャワー浴びて来いって。」
「え?シャ・・シャワー?」
「マジで早よ‼」
シャワーという言葉までもがエロティックに耳でこだまする。
「早よ!入れって!」
意識が飛んで行きそうな久米の背中を無理矢理押し、ユニットバスに放り込んだ縄手の目は優しく笑っていた。
シャワーの音がする代わりに、久米の雄叫びが壁を突き抜け炸裂する。
「うおおおおおおおおぉーーーーーー‼」
「やかましい‼」
スマホを手にした縄手は耳に当てた。
「君は一体、授業をほったらかしにして、何してんだ‼」
案の定、校長の怒鳴り声が、スピーカーをオンにしなくとも部屋に響き渡る。
久米を保護し、今はビジネスホテルにいること、朝一に戻りそのまま開会式会場に連れていくことを、何度も何度も頭を下げ謝りながら伝えた。
電話を切り、大きく溜息をついた縄手は思い切り伸びをしようと腕を伸ばした。
不意に背中に何かを感じて振り返る。
久米がユニットバスから、顔だけを覗かせこちらを『じっーーーーっ』と見ている。
「何や‼」
ギョッとびっくりした縄手は飛び上がった。
「先生・・・・一緒に・・・・シャワー浴びま・・せんか?」
「アホか‼早よ浴びろ‼明日、お前、開会式やろ!五時には出るぞ!」
スマホを投げつけるように振り上げた。
結局、濡れた服をホテルのコインランドリーで洗濯乾燥させたり、全く食していなかったため、近くのコンビニに買い出しに行ったりで、空が白く明ける頃に部屋の電気を消した。
ベッドわきの床でいびきをかき、浴衣を開けさせ爆睡する縄手。
久米は、そんな姿をうつぶせになり見下ろしながら、
「うわぁーーーーホンマ、ヤバいって!!」
モヤモヤ、ムラムラを律する思いで、ため息をつき、血液が集まった股間をベッドに何度も擦り付けていた。
一睡もできないままアラームが鳴る。
この短時間でいろんなものと戦い、更に疲れ切ってしまっていた久米は、目の下に浮かび上がるクマを口惜しく見ながら歯を磨いていた。
「久米おはよう!さすが若いなあ!もう起きたんか!」
荒く羽織った浴衣から、筋肉とセミビキニブリーフ一枚の姿を露わにした縄手は、歯ブラシを不機嫌そうに動かす久米のケツを叩いた。
「痛てっ!」
「寝れるわけないでしょ!」
寝不足も相まって、イラっとした久米は目を細め、縄手に振り返る。
そこには存在感絶大に、男の事情で大きくなった【縄手くん】がパンツ越しに鎮座していた。
思わず歯磨き粉をゴクッと飲み込んでしまう久米。
更に自分の気持ちを知りながら、そんな姿を平気で晒すデリカシーの無さに、腹が立ってしまう。
「先生!ええ加減にしてくださいよ!」
「俺で遊んでるんッすか!」
歯ブラシを力いっぱい握りしめてしまう。
そんな久米をよそ目に、入口そばの姿見に自分の筋肉を映し、ボディービルダーの真似事をする。
「やっぱり俺は持ってるでぇー‼。可愛い生徒を守る、運と力やなぁー!」
ドヤ顔が窓から入る太陽の光に輝く。
生きていると信じていたおやじが、やっぱり亡くなっており、二度と会えない事実に、本当なら今頃、絶望状態で落ち込んでいるはずだった。
すべて話せてはいないけど、昨夜の出来事の何もかもを、一瞬で吹っ飛ばしてしまった縄手先生の存在。
自分の中にある願いは、希望的観測の中のおやじより、現実的に刺激を与える縄手先生の方を欲していたのではないかと、口をゆすぎながら、ポージングを繰り返す後ろ姿を横目にしていた。
場所を縄手に譲り、姿が見える位置に立つ。
「先生。俺、今お金がなくて・・・。帰りの新幹線代とか・・・。」
「大丈夫やって!気にすんな!出世払いでええで!」
歯ブラシに歯磨き粉をつけながら、親指を立てる。
「すいません。」
「もうネット予約終わってるから、六時の始発で帰るで!」
「はい。わかりました。」
「東京駅で弁当とか買おうか。」
「はい。」
何気なく会話をして久米だが、歯ブラシが動く度に、腕、胸、背中、肩や足の筋肉が揺れる縄手の姿には、気が狂いそうになっていた。
これはもう最悪な悪夢なんじゃないかと思いながらも、見つめてしまう。
『もう我慢できない!今すぐ抱きつきたい‼一晩中我慢していたのに・・・限界や。先生の胸に飛び込みたい。モッコリに顔を埋めたい。できるなら咥えたい。一つになりたい。ああああああああ!やばい!やばい!』
『ガマン!ガマン!ガマン‼』
喘ぎ声に近いため息をつき、拳を握りしめ目を閉じ俯く久米。
「じゃあ、そろそろ行くか。」とバスルームから降り立った。
不意に
「お前!モッコリさせすぎやろ!」
浴衣の隙間からはみ出した、久米のパンツの中で固くなっているものに目が留まった縄手は、人差し指で先っぽを思い切りはじいた。
「&“%(=‘&%)‼」
突然の激痛に、目を見開き、顔を歪ませ股間を押さえる久米は、目悪戯っぽく笑う縄手を
「もう無理や‼」
力いっぱい、ベッドに押し倒した。
縄手に覆いかぶさった久米は大声で訴える。
「先生!好きや!ホンマに好きやねん!わかってや!」
抱きしめる腕の力が増していく。
唇を合わせようと引き寄せる。
力任せに顔を一気に近づける。
「ちょ!ちょ!ちょっと待て待て、待てって‼」
縄手は慌てて久米の両肩を掴み、顔を背けながら持ち上げる。
予想はついていたが、拒否された口づけに、やはりショックが隠し切れず、今にも泣き出しそうな悲しみで満ちた表情になった久米は、目を逸らし俯いた。
ゆっくり上半身を起こしながら、縄手は諭すように口を開く。
「あのな。前にも言ったけど、俺には婚約者がいて、間違いなく女性が好きや。」
太腿の上にまたがる様になった久米は小さく頷く。
「でもな。なんやろ。お前のこと考えたらな、やっぱり胸が苦しくなるんや。」
「こんな気持ち、なんて言ってええんか、全くわからんけど。恋とか愛とかって聞かれても、ようわからん。」
ただただ小さく頷く。
「でも、正直に言うわ。中学生っぽくなるけど、お前の事、LIKEやなくて、LOVEに近いと思うわ。生徒にこんな感情抱くとか、ホンマ教師失格やな・・・。」
久米の頷きが止まる。
「だからな、久米。」
両手で顔を上げさせ、お互い見つめ合う形になる。
「だから、俺なりの答が出るまで、少し待ってくれ。なっ。」
久米はその言葉に、にじみ出る涙を手で拭い、口を震わせ閉じたまま頷いた。
鼻をすすりながら、何度も頷き、何度も涙を拭う久米を縄手はゆっくりと抱き寄せ包み込み、頭を優しく撫でた。
甘えるように両手を背中に回した久米は、嗚咽するように小刻みに揺れていた。
「大丈夫か?ちょっと落ち着くまで待つか?」
・・・・・・・・・・
「先生・・・・。」
「ん?どうや、ゆっくりするか?」
「先生・・・・。出ちゃいました・・・・。」
・・・・・????‼‼‼
「ヴェエエエエエエエ⁉」
「走れ!走れ!」
中央線ホームから新幹線乗り場まで、まだ人影まばらな東京駅構内を、縄手と久米の姿が駆け抜ける。
「お前がパンツ洗うからギリギリやんけ!」
「ノーパンは嫌やって!」
――――――――――
あの日以来、こんな気持ちに戻れるなんて思ってもいなかった。校舎の窓から見えていた景色の色を、二度と見れないと思っていた。もう何もかも全て、終わってしまったと思っていた。
――――――――――
六時ちょうど、発車のベルが鳴り響くホームから、新幹線に滑り込む。
――――――――――
自分から作ってしまった距離。
傷付くことを覚え、経験を積むたびに、予防線を張ってしまう。前が見えれば見えるほど、進むより先に逃げ道を探してしまう。
売り言葉に買い言葉で、縄手先生の婚約者の斎部さんに啖呵を切ったものの、自分から作ってしまった深い溝を、どう埋め合わせればいいのか、全くわからなかった。
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西へ滑り進む新幹線の中。眠りに落ちた縄手の頭が、ウトウトと窓の外を眺める久米の肩に寄りかかる。
――――――――――
それでも、自分の感情を忘れることなんてできなかった。思いが色褪せないから、いつまでも変わることができなかった。せめて夢の中だけでもと、目が覚めたら泣いていた時もあった。
そんな朝ももう終わる。俺はこの人と生きていきたい。絶対あきらめたりしない。この人の笑顔を独り占めして見せる。
――――――――――
八時八分着、京都駅の階段を降り、八時三十五分発の橿原神宮前行の近鉄特急に乗り換える。東京駅で弁当を買えなったので、この間に朝食をとる。
自分のお茶を飲み干した縄手がおにぎりを頬張りながら、香月の手からぺットボトルを取り上げ、口をつける。
――――――――――
その為にボロボロになってもいい。今、俺は本当に幸せだと思えるんだ。この人は一人大都会に彷徨う俺を、全てをかなぐり捨て迎えに来てくれた。そして、前とは違い真剣にLOVEに近い存在だと言ってくれた。教師失格だと言ってくれた。こんなにうれしいことはない。
お父さん、ごめんなさい。
【俺は俺】でした。
もう大丈夫です。
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九時三十分に橿原神宮前駅に到着した特急電車から、久米と縄手は飛び出した。改札口で待っていてくれた、あきれ顔の木之本からユニフォームを受け取り、縄手の後輩教員の車に乗り込む。
なんとか間に合い、頭を深く下げ謝る久米に、安堵の表情の部員たち。
【大和まほろば高校】と学校名の入ったプラカードを持つ山本を先頭に、梅雨明けを歌う蝉の大合唱に包まれた【さとやくスタジアム】にて、夏の高校野球選手権、奈良県大会の開会式が今始まった。
奈良県橿原市、
七月の空はどこまでも高く。広く。深く。
これから始まる真夏の物語を映しだすスクリーンを広げ
太陽の下を行進するそれぞれの思いの色のままで輝いていた。
【トゥルーカラーズ=僕らの家族スタイル】オリジナルイメージソングアルバム
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