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【短編】異世界恋愛!

自暴自棄になって買った奴隷が、異国の王子だったんだけどこれって何罪

作者: ぽんぽこ狸





 エディットは、街の乗合馬車の待機所で平民たちとともに馬車を待っていた。


 行き先は、エディットの生まれ故郷であるボルテール辺境伯領である。


 そこに行けば、一応生活に困ることは無い。


 先代の辺境伯夫妻であった父と母は亡くなっていて、大きなお屋敷も取りつぶされることになっていたが、婚約者であったマクシムの計らいで返還された爵位をエディットの元へと戻してもらえることになったのだ。


 だからと言って、そんな程度の事で病気になった頼るあてのない婚約者を城から追い出していい理由にはならないと思うけれど、それだけがエディットの救いだった。


 熱に火照る体は重たく、雨の降りしきるこんな日に何も出ていかせなくてもいいのにと思う。


 ……熱いのに、寒い……。


 雨でぬかるんだ土にパンプスが濡れていて、足元から冷えてくる。それなのに体の中心は異常を訴えるように熱く燃え上がるようだった。


 息が上がって涙がにじむ。


 つらいけれど馬車が来るまでの辛抱だ。


 そう考えつつ、婚約者の彼のことを思い出した。


 彼は、エディットのあこがれだった。名はマクシムといい、将来王となる第一王子の補佐の役目を持った第二王子だった。


 なんでもそつなくこなす人で、エディットの事もよく愛してくれる人だと思っていた。


 しかし、魔力の多い人間がかかることのある病魔に侵されるとその手のひらを返し、エディットにつらく当たった。


『その病が、王族にうつり国の導き手がいなくなったらどうする? 責任をとれるか?』


 エディットが彼に病気の事を明かした時に言われた言葉だ。


『お前の使った物も、お前が入った浴室もすべて自分の手で洗い清めなければ次の者は使えない、そういうルールにしよう』


 エディットが熱に倒れて動けないときに提案されたルール。


『あの女がいなくなれば、私は晴れて自由の身だ。元よりあんな地味な女、好みではなかったんだ』


 エディットに隠れて、開かれた夜会での彼の発言。


 ほかにも多くのそれとないセリフがエディットに向けられた。


 酷い罵り文句を言われたわけでもない、しかし彼は、エディットの心を抉っていくのがうまかった。


 それでもエディットには帰る当てもない。何とか城にいさせてもらおうと、自分で自分の物を洗ったり、誰にも移さないように気を払った。


 ……本当に大切にされている、姫や、王子妃なら、隣国の医療大国に連れて行ってもらって、そちらの秘術で治してもらえるのだけど、私はそれに値しなかった。


 だとしても、すでに見捨てられているのだとわかっていても、エディットは恐ろしくてどこにも行けない。


 そんなエディットにしびれを切らして、マクシムはある日突然怒り狂い、エディットを追い出したのだった。


 それを誰も止めもせず、どこにも居場所のないエディットは病気の体を引きずって自分の領地へと帰るのだった。





 帰ってきたはいいものの、そこにはとにかく何もなかった。


 辺境伯の持ち物であった美しい家財道具や、家宝などは父と母の死後にすべて国に押収され、体を酷使できないエディットが今から大きな屋敷を整えて暮らすのには無理がある。


 使用人もこのままでは雇えないし、こんなエディットが安易にそんなものを雇えば、手切れ金として渡されたお金をすべて奪われてしまう可能性もある。


 もうこのまま、野垂れ死んでしまうのではないか、そんな風に思ったけれどエディットは何もない屋敷の中で、首を振って天井を見上げた。


 ……駄目ね。気持ちを切り替えないと、悲観したって何も始まらない、やれることを考えないと。


 そう自分を励まして思考を巡らせる。


 大きな本館の方に住むことはあきらめた方がいい。


 いつかは生活を整えて移り住むとしても、屋敷の采配は今のエディットには出来ない。だから子供の時に暮らしていた小さな、別邸の方でひっそり暮らすのはどうだろう。


 最低限の家具を入れて、療養に丁度いいように清潔にして体を休める。


 それはとてもいい案のような気がして早速、足を動かした。途中で買ったパンとチーズの籠を持ち直して歩き出す。


 それから使用人を雇うのはもっと先になるかもと考えた、しかし、寂しさがその選択を濁らせる。


 この場所には誰もいない、こんな場所で体がむしばまれていくのを感じながら一人で終わっていくだなんて、到底成人したばかりの少女には耐えられるものではない。


 ……一人で死ぬのは……。


 その先は考えなかった。


 今は考えずに長旅でつかれた体を休めて数日間を別邸で過ごした。




 気がついたら奴隷市場に来ていた。いや、ここまでくる間の道のりも、覚えているし、泣きながら全財産を布袋に詰め込んで屋敷を出たのも覚えている。


 病魔の証である顔の痣をローブでかくしながらエディットは案内の商人についていった。


 商人に伝えた要望は女の子供だ。それも病を恐れない子供。


 奴隷の子供なんて、エディットは、親に売られて一生を他人の為に使われるだなんて許せるものではないと思っていた。だから自分も買わなかったし、買わない事で廃れていってほしいと思う文化だった。


 それなのに、自分が窮地に立った途端に、こんな風に奴隷を求めるだなんてとてもあさましくて恥ずかしい行為だったがそれでも寂しく、耐えられなかった。


 それに、子供の奴隷なら、エディットを殺してお金を奪って逃げるようなことは出来ないはずだという思惑もあった。そしてそんな事を考える自分に自己嫌悪に浸る。


 ……でも、どんなにあさましくとも生きていきたいのよ。


 自分自身に言い訳をしながら歩を進めていると、薄暗い店の中ある一角で商人が止まって少年少女が入った檻をけ飛ばした。


「おらっ! ご主人様候補が来てくだすったぞ! 顔上げろ!」


 怒号が響いてエディットの方がびっくりして体を震わせた。しかし、そんなエディットに気がつかずに、商人は猫なで声をだしながらエディットに笑みを向ける。


「身の回りの世話ができる子供ってぇとこのあたりでごぜぇます。どの商品も病も恐れぬ健康体と保証できまっせ!」


 ……健康体……あ、そういう意味じゃ、ない。のだけど……。


 すぐに商人の勘違いに気がついた。


 エディットの病に怖がらずに接してくれる子という意味だったのだが、健康体の子供が出てきてしまった。


 しかし、押しの強そうな商人にきっぱり言えるほどエディットははきはきとした性格をしていない。


 ……どうすれば……。


 そう考えつつ、檻に入れられてこちらを見上げている少年少女を見下ろした。


 彼らは、様々な瞳をエディットに向けていて、彼らの中から選ぶしかないそう思いながらも、彼らに対して、自分がまずは誠実であらなければと思った。


 彼らだって生きるのに必死なはずで、誰かに買い受けられて出来る限り幸せに生きるのを望んでいる。


 エディットも同じく、出来る限り買うからには幸せにしてやりたい。そう思う。だからこそ、顔をかくしていたローブのフードを外した。


「この顔を見ても、私の生活を支えてくれる子が欲しいの」

 

 エディットの声を聞いてどれどれとばかりに商人がエディットの顔を覗き込んで息を飲んだ。それから、距離をとる。


 普通の反応だ。頬に青黒い痣が広がり顔の三分の一ほどを覆ってしまっている。魔力の多いものがなる病とは言え、普通の皮膚病にも見えなくもない、忌避されて当然だ。


 その反応に今更傷ついたりしなかった。


 けれども檻の中からひぃっと恐れるような声がして、一人の子供が必死にエディットから離れようとして檻の中を逃げていくのを見ると、怖い思いをさせてしまって悪いという気持ちになった。


 それを皮切りに少年少女たちはエディットのそばを離れていって、誰も寄り付かなくなった。


 ……予想はしてたけど、これからどうしたらいいのか、分からない、わ。


 傷ついてなどいない、そのつもりなのだがその場から動けず、何も言えずにいると、ペタペタと裸足の足音が聞こえて、今までこちらに興味を示さず端の方にいた少年が一人エディット元へと近づいた。


 彼は、光をはらんでいるような美しい金髪をしていて、この国には珍しい色なので隣国の出身だとわかる。


 医療の国なのでもしかすると病気に対する知識が多少なりともあるのかもしれない。


「……」


 彼に続くように女の子も一人ついてきて、彼女は警戒するようにいろんなところに視線を配っていた。


 ふと目の前まで来た少年が、檻に体を押し付けて、ぐっとエディットの方へと手を伸ばす。


「……」


 その手はあろうことか、エディットの痣に触れた。


 発症してから、汚物のように扱われ続けたエディットの顔に何の躊躇もなく触れて、じっとエディットの顔を見据えた。それから手を離して、少し思案した後、口を開く。


「俺を買うなら、ジネットと一緒で」


 ……?


 言いながら側にいる女の子を指さして、ジネットと呼ばれた彼女はさも当たり前のような顔をして頷く。


「い、今、決めてもらえりゃ、二人目の子供は、何と半額でっせ! こんなお得な買いものそうないでしょうや!」

 

 少年の言葉に、気を取り直して商人がセールストークを始めて、エディットにぎこちない笑みを浮かべる。


 たしかにお得だし、病を恐れないというエディットの条件を満たしているが、なんだか腑に落ちない。


「ちなみに奥様、ご予算のほどはいくらほどですかねぇ!」

「え、あ、ええと」

「お聞かせいただけりゃあ、すこしは頑張りまっせ」

「ちょ、ちょっと待ってほしいのだけど」

「いやいや、すぐ買っちまうのがいいはずです、なんせほら、こんなにきれいな金髪すぐ売れちまいます」

「そうだ、買うならとっとと買え。ジネットもそれでいいな」

「ええ、問題ありません」

「よし、決まったな」


 エディットがまごまごしているうちにいつの間にか少年も会話に参加してきて話を纏めようとする。


 それに商人も乗っかってエディットに迫る。


 ……まって、まって、絶対、なんていうか。この奴隷達、ただものじゃないっていうか。


 そう思うのに口には出せずに、エディットは布袋に二人も買う分だけのお金が入っているか心配になって一枚二枚と数えた。


 本当は大人しい子を買おうと思って来ていたはずなのに、目の前にいるのは奴隷らしくない子供たちだ。


 家に帰ってお財布と相談すると伝えたかったが、押しの強い商人に口で勝つことはできず、二人の奴隷と随分、やせ細った全財産の入った布袋とともにエディットは屋敷に帰ったのだった。






 屋敷に戻ってからの数日、エディットの館は忙しなかった。


 新しい二人の住人とエディット自身の家具を運び入れ、業者と食材を卸してもらう契約をしたりとやらなければならない事が様々あった。


 エディットは最初、男の子の奴隷のエドワールに力仕事、女の子の奴隷であるジネットに、エディットの身の回りの世話をしてもらおうと考えていたが、ジネットは自主的に力仕事を率先してやっていた。


 それを当たり前のようにエドワールは受け入れて、彼はエディットの世話を買って出た。


 それはいいとして、エディットはこれから先の生活資金について不安があった。


 本当は一人だけ奴隷を迎えようと思っていたのに、二人も買ってしまい、家具もそろえた。生活費、食費、衣類に屋敷の維持費、そういったものを考えると、あと半年も持たない。


 やはり奴隷を買うという選択肢は最善ではなかったと思いながらも、もう買ってしまったのだから弱音は吐かないようにして、領地運営の仕事を学ぶため本館の図書室へと訪れていた。


 国の運営にかかわる立場であったエディットは、そのための教育しか受けていない。勝手の違う領地の運営については知識不足であり、そのノウハウを教えてくれるようなツテもない。


 そのうえ体は常に熱っぽくけだるくて勉強するのもつらかったが、あの二人を養うためにも、体に鞭打って先代の残した本を読み込む。


「やっぱりここにいた」


 背後から少年の声がする。彼がいない隙に自室から出てきたのに、どうやら見つかってしまったらしい。


「エディット、また本を読んでたのか? 勉強熱心もいいけど、ほどほどにしないと病気が悪化する」


 言いながら靴音を鳴らしてエドワールは近づいてくる。それにエディットは「一応、敬称をつけてほしいんだけれど……」と言いながら困り笑いで返した。


 するとエドワールは、キョトンとしてそれからまったく悪びれずに、エディットの持っている本を受け取りながら、その手を取った。


「悪い。慣れなくて、気を付けるようにするな、エディット様」

「……ええ」


 それから、手を引いて図書室から出る。それにエディットは仕方なくついていく。


 ……まだまだ、勉強しなければならない事がたくさんあるのだけど……。


 そう思うけれど、今、エドワールにそういっても言いくるめられてしまうのがオチなので特に抵抗せずに自室に戻る。


 奴隷として買った彼は、エディットよりも少し年下で、身分だって最底辺のはずだが、エディットは逆らえずにいつも彼のいう事を聞いてしまう。


 ……きっと、エドワールの性格のせいね。


 そんな風に思う。それに、彼は所作もきれいで姿勢もいい。それに加えて知識も豊富だ、彼と話をしているとどうしてそんなことを知っているのか疑問になるようなことを平気で口にしたりする。


 だからエディットは彼が隣国のどこかの貴族の隠し子なんかだろうと思って接していた。


「魔力障害が出ている人間は、出来る限り安静にしていた方がいいんだ。あまり動き回ると体を魔力が早く巡って色々なところを傷つけるから」

「……物知りなのね」

「このぐらいは常識だろ?」

「……ええ」


 今だって、奴隷という身分に落ちるような平民が知ってるはずのない知識を当たり前のようにエディットに言い聞かせている。


 今の知識は確かに貴族の中でなら知られているが、魔力のない平民層にはまったく関係のない話だ。


 ……つまり、魔力を持っているのだと思うんだけど、本人は何も言わないし、隠したいのよね。


 それならその秘密を暴くつもりはなかった。彼の人生を買ったのだとしても一人の人間を買ったのだから秘密の一つや二つはあるだろう。


 そう結論付けて、自分の部屋へと到着してあっという間にベッドに寝かされる。


 本はサイドテーブルに置かれて、エディットがすぐにその本へと手を伸ばそうとすると、無言で制止されて困った顔をエドワールに向けた。


「……」


 見上げると彼はエディットの首筋に触れた。躊躇なくこうして触れてくることに、本当に病に対しての差別の無さを感じながらもエディットは息をつく。


 彼の行動にうんざりというわけではなく単純に、熱が上がっているのがばれてしまって少し困ってしまったのだ。


「本は読まない方がいい、横になれ。熱が引いたころになら本を読んでいいから」

「……えっと……エドワール、私……」


 真剣にそういいながらサイドテーブルから本を持っていこうとする彼を呼び止めて、エディットはなんと伝えようか考えた。


 彼らを買ったからお金がなくて、これからの生活の為に無理してでも働かなければならないと伝えるのは心苦しい、しかし他に勉強を再開する方法も思いつかない。


 言い淀んでいると、ノックの音が聞こえてきて扉が開く。視線を向けるとそこにはジネットがいて、彼女は野ウサギの耳を掴んでこちらに向けた。


「今夜は野ウサギのシチューがいいです」

「おう。ジネット、それなら後二匹ぐらいほしいな」

「ええ。すぐに狩ってきます」


 言いながら、ジネットはエディットの元へと歩いてきて、エディットの顔を覗き込んだ。


「エディット様、今日は少し体調が悪そうですね」

「……う、ううん。大丈夫よ」

「朝から勝手に本館の図書室まで行ったからだな」


 ジネットの言葉にエドワールも答えて、二人の言葉を聞いてジネットは、ほんの少しだけ笑ってから、真剣な顔をしてエディットに言った。


「エディット様、あまり早死にされては困ります。ご自分をいたわってください」

「……そうね。そうなのだけど」

「その通りだエディット様、勉強熱心なのはいいけど俺もジネットも心配してるんだ」


 二人に言われてエディットはどうしようかと困り果てた。心配してくれるのは本当にうれしい、二人の言葉には嘘はないと思う。


 しかし、それでも差し迫った生活の不安があるのだ。こんなにいい子の二人を路頭に迷わせないためにもエディットは命を削っても働かなかければならない。


 それはとても矛盾した考えであり、エディットが無理をして死んでも、彼らは路頭に迷うことになってしまうのかもしれないが、どちらかといえば死ぬまでにできるだけ稼いで二人に残したやった方が後味がいい。


 だからこそ、ここで引いては二人の為にならない。


 そう決意して、エディットは真剣なまなざしを向けた。


「あのね。……とても言いづらい事なのだけど……お金が無いの……」

「……」

「……」

「もちろん、貴方たちのせいではなく私の計画性の無さの問題。だから、例え、病気を悪化させても、領地の運営を始めないと……生活のめどが立たない……ごめんなさい、二人にはできるだけお金を残せるようにするから」


 尻すぼみになりながらも、エディットはそう言い切って視線を伏せた。正直責められると思っているし、こんな情けない主に買われたことを後悔するだろうと思っていた。


 しかし、ジネットの平坦な声がする。


「……知ってましたけど、隠してるつもりだったんですか?」


 顔をあげると不思議そうな顔をしたジネットがエディットを見つめていて、彼女は続ける。


「お肉を買えないのも。本館に住まない、それが原因ですよね。お肉は食べたいので自分で狩ってきますし、なんならエディット様の分も狩ります」

「……ど、どこで、気がついたの?」

「ご自分で仰っていたじゃないですか。奴隷市場で全財産がこれしかないと」

「あ……」

「私たちの事は気にしないでください。自分の食い扶持くらいは稼げますので」


 ジネットはそう言ってからふと後ろに視線を向けてエドワールを見た。


 彼は、自分の間抜けさに落ち込んでいるエディットをじっと見ていて、それを見て踵を返す。


「私はこの子をさばいてきますね。今晩の夕食が楽しみです」


 言いながらジネットは出ていって、彼女が来る前のエディットとエドワールの二人だけの空間に戻る。


 それから、彼らは知っているのに深刻そうに言ってしまった自分が恥ずかしくなったエディットは顔を覆って羞恥心をこらえた。


 子供たちにまでお金の心配を知られてしまって、それを知ったうえで食料の調達までしてくれているのにエディットと来たら頼りなく、二人に心配されるばかり、自分が恥ずかしくて仕方がなかった。


「……駄目ね。私……主失格……」 


 つぶやくエディットに、エドワールがそばに寄って、両手に触れて顔から手を離させる。


 それに何の意図があるのかと不思議に思ったエディットが彼を見上げると、エドワールはエディットの事を笑うでもなく、馬鹿にするでもなくただ静かに聞いてきた。


「……もう少し、エディットを見極めてからにしようと思っていたんだが、このままだと、ジネットの言い分も俺の言葉も聞かずに病気を悪化させるかもしれないから、今、言っておく」


 ……私を……見極める?


 その言葉の意味はなんだかよくわからないけれど、エドワールはすごく真剣な顔をしていて、変な冗談ではないのかもしれないと思うが、いったい何を言うのだろう。


 もしかして、彼の生まれの秘密とかだろうか。


「エディットは助かりたい? その魔力障害からくる痣の症状を治す方法を俺が知っているって言ったらどうする?」

「……」


 知っているのなら、もちろん助かりたい、しかし酷く警戒したような彼の態度にエディットは言葉を返せずにいた。


「その治療を受けても俺を匿ってくれる?」


 何故だかそう聞かれて、エディットはまったく意味が分からなかった。匿うとか、いったい何からだろう。


「……」

「俺は割とエディットの事が気に入っているから、助けてあげたいと思う、でも、その覚悟がエディットにはある?」


 ……もしかして、その治療って隣国の秘術って事よね。それを外部に漏らしたエドワールを誰かに突き出したりしないって話?


 そう考えれば筋は通った。なるほど確かに施す相手を見極める必要があるだろう。


 隣国は医療に力を入れていて多くの利益を生んでいる。それを国外に流出させるのは喜ばれないはず。それを施せるというのにも勇気がいるだろう、それに、とても……。


 エドワールは、切羽詰まったような追い詰められている者のような声音をしていた。


 きっとエディットが彼が想像しているような悪い反応をしたら、彼はエディットの元からいなくなってしまうだろう。


 そんなのはさみしいし、自分より年下の少年がそんな決意をできるまでにどれほどの苦悩があったのだろうと考えてしまった。


 ……きっと、過酷な人生を歩んできたのね。


 そう考えたら、エディットは自分より少しだけ小さいエドワールを抱き寄せていた。ベッドに座ったままだったから、腕だけで優しく、包み込むように彼を抱いていた。


「……大丈夫、絶対に、エドワールを手放したりしないわ」


 助けてとは、あえて言わなかった。

 

 きっと異国の秘術といっても、彼はまだ子供、知識にも限界があるだろう。だから寄りかかるようなことはしない。


 助けてくれてもくれなくても、エディットは家族に迎え入れたエドワールを守りたいと思う。


 それを実感してほしくて言った言葉だった。


 しかし、ばっと彼は離れていって、エディットは首を傾げた。


 慌てて部屋を出ていく彼の頬が少しだけ赤かったので、子ども扱いが恥ずかしかったのだと納得してくすくすと笑うのだった。






 エディットは数年前の彼らの事を思い出していた。


 ジネットもエドワールも買った時にはエディットよりも小さくて、まだまだ子供らしい短い手足をしていたのだが、数年して、成人の歳を迎えるころにはエディットの身長をゆうに越して、美しく育っていた。


 彼らは、エディットの病気が治った後の領地運営も手伝ってくれたしエディットの社交界復帰も手助けしてくれた。


 病気については自然に治癒したということにしてエディットは未来の不安のない日々を送っていた。


 しかしある日の事。


 それはエディットが追い出されたような憂鬱な雨が降りしきる日、突然元婚約者であるマクシムがエディットの屋敷を訪れた。


 彼は、憔悴しきっていて落ちくぼんだ瞳でエディットに縋るような瞳を向けていた。


 エントランスホールで使用人たちに止められて中へと入ることが出来ない彼は、報告を聞いてすぐにやってきたエディットに声をかけた。


「エディット、ああ! 私の最愛のエディット!入れてくれ、どうしてもお願いしたいことがあるんだ!」


 離れた位置にいるエディットに、そういい募る彼の頬には大きな痣が広がっている。話を聞かなくとも何を言いたいのかそれだけで察することが出来た。


 あまりいい思い出がない彼との再会に、眉間にしわを寄せると隣にいたエドワールが「大丈夫か?」と問いかけてくる。それに頷いて返して、エディットはマクシムに答えた。


「……今更、なんの用?」

「あの日の私の行いを今でもずっと悔やんでいるんだ! 本当に悪い事をした、心の底から謝る!」

「……」

「それでもずっとお前を愛していた! 信じてほしい、いとしのエディット!」


 見え透いた嘘にエディットの心に苦い気持ちが広がっていく。俯くエディットのその仕草に、マクシムは言葉に感動しているのだと勘違いして続けた。


「よりを戻そう。見ての通り今の私なら、お前の気持ちを一番に分かってやれる! エディット! 愛してるんだ!」


 彼が手を伸ばす、しかし主に触れらせまいと使用人は強引に彼をエントランスホールの外へと押し出していく。


 ただそのままそれを見ていることもできた、しかし、エディットはどうしても腑に落ちなくてあることを口にする。


「……そんな嘘をつかなくても、隣国に行って治療をしてもらえばいいでしょう? 気分が悪いわ」


 愛してるなんて言って、エディットが同じ病から復活したのを聞いてその恩恵にあやかろうとしているのは明白だった。


 だから、そう聞いたのだった。しかし、マクシムは唾を飛ばして大きな声で言い返す。


「何言ってる! 魔力の病を治す隣国の秘術は、王位継承権争いで負けて行方不明になった王子がすべて持ち去り消えた!! 希望はもうないんだ! お前以外ないんだ!!」

「……」

「でも、そもそもお前が原因のはずだ! きっと私はお前の病がうつったんだ! 責任を取ってくれよ!」


 話を聞いてエディットは驚きに固まる。


 しかし、ここ数年で手に入れた毅然とした態度を今ここで出さなければと気合いをいれて、未だにエディットを利用しようとするマクシムに厳しい瞳を向けた。


 カツカツをヒールを鳴らして歩き、やせ細った彼の頬に触れる。


「マクシム。そもそもこの病は感染しない。私は自分の力で治したわ。貴方にもきっとできる」

「頼む! 助けてくれ! エディット!」

「……私を助けてくれなかった貴方がそんなこと私に言うのね。連れて行ってください、この人の顔など見たくありません」


 そういってエディットは踵を返して自らの部屋へと歩き去る。


 背後からはひどい罵り文句が聞こえてきたが、そんなことはどうでもよく、急いで部屋に入った。


 後ろからエドワールがついてきて、彼を部屋に入れてから人払いをしてエドワールと二人きりになった。


 エドワールはとても機嫌がよさそうにしていて、ベッドに腰かけたエディットの前に立ち口を開く。


「あの人、元婚約者だったよな? 病気になったエディット様を捨てたやつ。自業自得だな」


 そういって、少し自慢げに続ける。


「魔力障害の病気は自然治癒することもあるから、このままそれで通していけばいい」

「ええ」

「ああ、一応言っておくが、故意にこんなことになったわけじゃない。王族だっていう話は知ってると思うが、治療法は代々王になる人間にのみ教えられるもので、俺はそれを教えられていた。ただ、兄弟たちは俺が王位を継ぐことを許さなかった」


 彼の言葉にひとつ頷いて、続きを聞く。


「だから、匿ってくれてエディット様には感謝してる。いつ殺されてもおかしくない場所は気が狂いそうだったんだ」

「……そうなの」

「そうだ。……ただ、優しいエディット様の事だから、治療法を持ってるって明かさずに、元婚約者さんに治療薬を間接的に与えようと思ってるなんて想像してるんだけど、どうだ?」

「いい考えね」

「だろ、じゃあさっそくジネットに彼の足取りを追わせるな」

「ええ」


 そういって彼は、部屋の外にいるジネットに声を掛けるために扉に向かう。視線を外された瞬間に、エディットは泣きそうな顔をして、瞬間的に思考を繰り出す。


 ……ええ、ええええ!!! わ、わああああ!!!……え、ええ??!!


 エドワールに絶対に気取られないように抑えていたが彼が見ていない瞬間に、ぐるぐる思考が巡る。


 ……たたた、たしかに、私は、匿うって言ったわ、匿うって言ったけれど、別に何か特別、刺客から守ったりしていないし、何なら治療してもらっただけで何もしてあげてないのだけど!!

 

 どど、どうしたらいいのかしら。こういう場合どうしたらいいのかしら。王子なの?


  隣国での治療ってそんなに特別なものだったの? それを彼しか知らないというのなら確かに、マクシムには気がつかれないように治療薬を与えるっていうのはいい案だわ。


 でも、それにしても、私、罪、え、罪に問われない? 何罪?何罪なの? 誘拐? 監禁? いったい何の罪なの??


 一瞬の間に混乱する思考でそんな風に考えた。急なことに泣き出してしまいそうだったし、正直怖くもあった。


 けれども扉越しにジネットと話をして、笑っている彼を見るとすっと混乱する気持ちが冷めてくる。


 たしかに、異国の王子だというのは大きな事実だったが、それでもリスクを冒してエディットを助けてくれて、さらにはずっと仕えてくれている。


 高貴な身分なのにエディットの事をよく理解してくれて、すっかり生活に馴染んでいた。


 それに、王子とまではいかなくても、彼が何か特別なのは今まで見ていて知っている。


 それなのに、王子だったからと手のひらを返して彼を拒絶することなどできるはずもなく、エディットはエドワールのそばまで行って、彼を背中からぎゅっと抱きしめた。


「……大丈夫、きっと守るわ」

「っ、ちょ」


 決意を新たに、エディットはそう口にして、振り返って頬を赤くしている彼をみて笑みを浮かべた。


 おどおどしていて、あまり上手くやれない事も多いエディットだったが、守るものがあると少しだけ強くなれる気がするのだった。







最後まで読んでいただきありがとうございます。評価をぽちっとしてもらえると参考になります。

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