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10.欲望に負ける妹

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおぉ!! 白井神よぉおおおおおおおおおおお、私はこんなにも恵まれていてよろしいのでしょうかぁああああああああああ!! 前世でどれほどの徳を積んできたっていうんだ、私はぁああああああああああああああああ」

「うるせぇよ。隣に誰が住んでんのか考えろ」

 決勝ゴール決めて両膝スライディングするサッカー選手さながら、天井に向かって雄叫びを上げる京子。お前が前世でやったことなんて兄に対する暴言・暴行くらいだろーが。


 俺たちの第二の人生の住居となるこの部屋は、やはりなかなか悪くないものだった。広くはないが間取りは2DKだし、生活に必要な最低限の家具も揃っているし。その全てに使用感があることに、本来なら気味の悪さを感じるべきはずなのに、何故かむしろ安心感のようなものを覚えてしまう。要するに、後藤兄妹というモブキャラが高校入学以来、一年半をここで暮らしてきたという「設定」が反映されているのだろう。この舞台にも、そして、俺たち自身の感覚にも。

 改めて考えると、本当に不思議で神秘的で、恐ろしい現象だ。この世界を成り立たせるために働くその辻褄合わせの引力は、おそらくこの世界自身が有する力なのだろう。神の手によるものだとは思えない。原作に存在しない俺たちのような異分子の設定を、もっちり嫁粉パン先生が作り込むわけがないのだから。

 やはり神である嫁粉パン先生は俺たちに何も干渉していない、俺たちの存在に気付いてすらいないと考えるのが妥当なのだろう。

 あの手紙の差出人、「犯人」は――それが転生者にしろ、そうでないにしろ――この世界のキャラクターであるはずだ。


 まぁ、それはともかく。

「あのな、京子。それでいいのかよ、お前。黒木屋さんと絡んじゃダメなはずだったろ? お隣ならそりゃストーキングもしやすいだろうが、直接的な接触を避けるのだって難しくなるはずなんだぞ?」

 こんな条件下で黒木屋さんとの絡みをゼロにするというのであれば、付け回すどころが、むしろこちらから避け続けるくらいしないと実現困難だ。そして是非、京子にはそうしてもらいたい。このままじゃ、京子の目を避けて黒木屋さんのNTRを防ぐなんて不可能だ。

「で、でもさお兄。こうなっちゃったからにはさ、もうさ、ある程度は仕方ないんじゃないかなって。ね? いいよね、お兄。でへへへ」

「なっ……」

 顔をだらしなく緩めて、照れたように頭をかく京子。バツの悪さよりも嬉しさが勝っている様子だ。幸せに浸かり切ってやがる。

「お前……っ、ものの見事に欲望に敗北しやがって! 言ってたことと違うじゃねぇか!」

「えー違わないよぉ。隣に住んでるのに全く顔も合わせたりしないほーが不自然じゃんかぁ。こうやって私たちが瑠美ちゃんのお隣さんになったのも、白井知然先生という唯一神のご意思に違いないもん。私たちは与えられた環境に、ただただ素直に従って、自然に生きていけばいいの。瑠美ちゃんのお隣さんとして、ね」

「い、いや、でも! 今まで顔も名前もコマ上に出てなかった後藤兄妹なんてモブクラスメイトがお隣さんとかよ、」

「もちろん自覚してるよ、そんくらい。でも別に、お隣さんとして過ごしてるという事実自体に特別な影響力なんて全く無くない? メインストーリーと何の関係もないもん。『お隣さんキャラ』として存在感を出しちゃったら大問題だけど。私が許容されるべきって言ってるのはあくまでも、『お隣にクラスメイトの後藤兄妹が住んでる』って瑠美ちゃんに認知される程度までのこと。当然その流れで教室でも挨拶交わすぐらいの仲にはなっちゃうわけだけどね。でへへへ。これのどこが作品を穢してることになるっていうの? お隣に住んでるクラスメイトと挨拶も交わさないなんてことの方がよっぽど瑠美ちゃんらしくないよね」

「うぐぅ……っ!」

 ちくしょう、相も変わらず、自分の欲望を正当化することに長けていやがる……! ガキの頃から何万回、俺の希望よりも妹のワガママの方が優先されてきたことか……近所の野球場には連れていってもらったことないのに、遠くのサンリオピューロランドには何度家族で訪れるハメになったことか……! 今日も今日とて何も言い返せねぇよ、お兄ちゃんは!

「わかる? 私のスタンスは最初から何も変わっていないってわけ。モブキャラに徹した結果として出た最適解が『これ』というだけ。意図的にお隣さんアピールなんてしないし、拓斗君たちがこのアパートに来た時にはさすがに鉢合わせないようにする。まぁ鉢合わせたところで何の問題もないはずだけどね。所詮、裏側なんだよ、瑠美ちゃんの102号室以外なんてさ。隣の部屋に住んでるだけで、神が創りしストーリーに影響与えちゃうかもなんて、おこがましいにも程があるよね」

「わかった、お兄ちゃんが間違ってた、お兄ちゃんがおこがましかったよ……」

 俺は妹に全面降伏した。慣れ過ぎてもはや悔しさすら感じないのが悔しい。

「逆に、瑠美ちゃんの部屋である102号室は神聖不可侵の領域だよ。あそこはモブキャラ禁制。メインキャラ四人以外入室厳禁なんだから。あわよくばお呼ばれしてもらおうなんて考えないように。一歩でも足を踏み入れたら殺すからね」

「ねーよ、そんなこと……」

 俺はため息をついて、ダイニングの無骨な座椅子に腰を下ろす。さすがにソファなんてシャレオツなものはない。

「でもとりあえず、俺がこの部屋に出入りするのを黒木屋さんに見られて存在を認知されたり、共用廊下やら教室やらで会釈交わしたりするくらいはお前的にも許されるってことでいいんだな?」

 その点に関してだけは、ほんの少しは俺の負担を軽くしてくれるかもしれない。ホントにちょっとだけだが。それ以上に増えていく負担がハンパねぇのだが。頼むからこのアパート内でのNTR展開だけは勘弁してくれよ……?

「まぁね。ただでさえ、これから文化祭編なわけだしね。今までにも増して、二年B組って舞台にフォーカスされてくわけじゃん? 夜中まで残って文化祭準備して、ワチャワチャとした青春シーン送って……そして文化祭当日に起こるあの大事件……存在感消してりゃそれでいいって簡単な話じゃないの。クラスメイトの私らにも舞台装置としての役割ってものがあるわけだから。重要な背景の一部なんだよ」

 京子もローテーブルを挟んで俺の対面にペタンと腰を下ろす。たぶんこれがこの世界の自宅での、後藤兄妹の基本配置なんだろうな。前世と同じだわ。前世のダイニングは俺の寝室でもあったはずなのに、こいつしょっちゅう居座ってたわ。

「ていうか俺知らねーから、その青春シーンも大事件も。文化祭編前までしか読んでねーっつってんだろ。そんなに重大なエピソードになんのか?」

「当たり前じゃん。重大も重大、黒オタという物語のターニングポイントになること必至だよ。だって、瑠美ちゃんがオタク嫌いだった過去が、みんなにバレちゃうんだから……っ」

「えっ。マジか。ついにバレるんか」

 涙目で下唇を噛み、辛そうに頷く京子。何でそんな、今日親亡くしましたみたいな顔できるんだ。漫画の話だろ、これ。

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