8、異例づくしのお祭り
◆◆◆◆◆
雲一つない青く染まった空が広がっている。ノアはその景色を見て、やれやれと頭を振っていた。
護衛ゴーレムに殴り飛ばされたノアは、自分がいたテラスに目を向ける。普通なら落ちてしまってはひとたまりもない高さ。しかしノアは、ケガどころかかすり傷一つすらついていない状態だった。
「全く、派手にやられたもんだ。僕じゃなかったら死んでたよ」
ノアはそう呟き、転がっているガラクタに目を向ける。先ほどまで一緒に王女を守ろうとしていた物体は、見るも無惨な姿へ変わっていた。もはや石ころと表現できるそれは、かつての姿を想像できない代物になっている。
ノアは大きく息を吐き出し、疲れたように肩を落とした。これから起きることと、しなければならないことを考えて億劫に感じたのだ。
「これだと団長が目をつけそうだな。ま、頑張るとしますか」
ノアは今後のことを考えつつ、テラスのほうに視線を向けた。そこには何が起きたかわからず、今も抱きしめあっているフィリスとアイリス王女の姿がある。フィリスはとても怖かったのか、アイリス王女に抱きついたまま情けなく泣いている姿があった。
想定外のことだから仕方ない、とノアは苦笑いを浮かべつつ視線を大通りの方へ向ける。するとそこでは大きな喝采が起きていた。
観衆の称賛を受けている者達がいる。一人は黒髪で、身体はよく鍛えられている立派な体格を持つ少年。もう一人は赤髪で、線が細くとても軟そうな少年だ。
おそらく二人がこの事件から王女達を救ったのだろう。ノアがそう推察していたその時、聞き慣れた声が耳に入ってきた。
「大したもんだな。まさかあのゴーレムを破壊するとは」
声を聞き、ノアが振り返るとそこには一人の男が立っていた。
オールバックにされたブラウンの髪に彫りが深い顔つき、ノアとは違う鋭さを持つ目は強者の証でもある。新品同様の輝きを放つ黒いスーツに身を包んだ男は、ノアに豪快な笑いを放っていた。
「確かに大したものですね。あの距離からよく狙い撃ちできたものです」
「なんでも射的屋にあった弓矢でやったそうだ。いやー、あれはすごかったな。我が騎士団に二人をスカウトしたいもんだ」
「どうしてそんなことを知っているんですか?」
「ガッハッハッ! しっかりあの子達の活躍を見ていたからだ!」
ノアは呆れて物が言えなくなった。そんな余裕があるなら急いで現場に来たほうがよかったのに、と。しかし、男はノアのことを気にすることなく笑う。
そんな男の様子にノアはもう一度ため息を吐いた。いくら最強の騎士団長とはいえ、これでは緊張感がなさすぎるとノアは感じた。
「ジャクシオ団長、私が物申すのは失礼かと思いますがいつか足元をすくわれますよ」
「ガッハッハッ、お前じゃなければ大丈夫さ!」
「それで大切な姪を失ったら仕方ないかと思いますが?」
「大丈夫だ。そんな軟な鍛え方はしておらん!」
騎士団長ジャクシオの言葉に、ノアは肩を竦める。何を言っても無駄だ、と諦めているとジャクシオが唐突に真剣な眼差しをノアに向けた。
その目を見たノアに、一気に緊張感が走る。そしてジャクシオは転がっていたガラクタの一部を手に取り、ノアにあることを訪ねた。
「コアが赤く輝いているな。ノア、ゴーレムのシステムチェックはしたか?」
「ええ、ちゃんとしましたよ。他の騎士にもチェックしてもらいました」
「あいつらにはわからんだろ。俺もわからんが」
「複雑な術式が組まれていますからね。何にしても、自信を持っていえます。異常はありませんでした」
ノアの言葉に、ジャクシオは顔をしかめさせた。ゴーレムに異常はなかったのならば、なぜ暴走したのか。システム上の不備があったのか、それともノアでも発見できない重大なバグがあったのか。どちらにしてもジャクシオでは検証しようがない。
「単なる事故、と片付けたいところだがそうもいかんな」
「王女が狙われましたからね。今は容易く外部から人が入ってこれる状況でもありますし」
「警備と護衛を強化せんとならんな。人員の増強はできるか?」
「もう手一杯です。これ以上はしたくでもできませんよ」
「そうか。なら話は決まりだな」
ジャクシオの言葉に、ノアは引っかかった。
一体何が決まりなのか、と問いかけようとした瞬間にノアは気づいてしまう。
「まさか、団長。学生をスカウトする気ですか?」
「そのまさかさ。目ぼしい者はいるし、ちょうどいいヒーローもいるしな」
呆気にとられているノア。ジャクシオはそんなノアの顔を見て、悪ガキのような笑顔を浮かべた。
そう、この祭りでは異例なことが起きる。
様々な事情のために、大鴉の騎士団が学生をスカウトするという異例なことが――