6、始まりを告げる花火
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響き渡る花火の音。綺麗な青空に複数の白い雲が生まれる中、フィリスは大きなため息をついた。
なぜこんな面倒なことになったのか、とつい思い耽ると一人の青年が声をかける。
「君も大変だね。まさか団長の代役を任されるとは思ってもなかったよ」
「ホントいい迷惑。後々面倒なことになるし」
フィリスの言葉を聞き、青年はからかうように笑った。
うんざりとしつつ、フィリスは笑っている青年に顔を向ける。クロノとは違い細いものの鍛えられた身体。その身体を包み込む黒いスーツが妙に似合っており、モデルかと思わせるような立ち姿だ。
ニコニコと笑った顔は優しく、メガネが似合った好青年と表現できる。だが騎士にしてはちょっと頼りなさを感じさせる人物だ。
フィリスはそんな青年にジトっとした目を向け、もう一度大きなため息を吐いてみせた。
「ノア副団長はお気楽でいいですね」
「アハハッ、人生それなりにあるんだし少しは楽しまないとね」
「ホント気楽でいいわね、あなたは」
フィリスは頭を押さえながら朗らかに笑うノアから視線を外した。なぜこんな人物が騎士団の副団長を務めているのか、と考え始めるがすぐに無駄だと感じてやめる。
目の前にいるノアが所属する【大鴉の騎士団】は、元々いろんな意味で愉快な騎士団だ。勃発した事件を収めようとしてさらに大きな騒動を引き起こすはた迷惑な一面を持つ荒くれ集団であり、この国一番の戦力でもある。
その副団長を務めるノアと所属する騎士達は全員が庶民出身の一団だ。悪く言えば成り上がり貴族の集まりであり、出世のために懸命に働いている者達であり、働きが様々な方向で影響を与える良くも悪くも勢いがある集団である。
「ま、万が一なんて起きないさ。だから気楽に構えてていいと思うよ」
「なんでそんなことが言えるのよ?」
「理由は三つ。一つは僕がいること。二つは君がいること。三つはこのゴーレムがあること」
ノアに促され、フィリスは視線をテラスの端に目を向けた。
気配なく、静かに立って佇んでいる鋼鉄の塊がある。それは人のような形をしており、指一つ動かすことなく青白い瞳でまっすぐ前を見つめていた。
黒を貴重とした最新式のゴーレムである。胸には青く輝く魔石があり、そこから回路を通じて魔力を巡らせ、常人離れの怪力を発揮できるように作られた代物だ。
鋼鉄を使っていることもあり並大抵の剣では傷つかない。盾としても有能であり、矢を撃たれたとしてもそう簡単に射抜くことはできない堅固さを誇る。
そんなゴーレムを眺め、フィリスは一つの疑問が生まれた。
「私達、必要ないんじゃない?」
「かもしれないね。でも万が一に備えておけば憂いってもんなしなくして済む。それに責任問題に問われても、全力を尽くしたって言い訳ができるしね」
フィリスはいろいろと考え、万が一に備えているノアに呆れた。そこまで考えているなら大丈夫か、と思いつつ前をむこうとしたその時だ。
待ちに待っていた人物が、二人の前に現れる。
「副団長、お連れいたしました」
一人の騎士が王女の到着を告げた。
フィリスは思わず息を飲み込む。ノアはというと、顔を引き締めてフィリスに一度目配せをした
二人が命を懸けてでも守らなければならない王女。それが扉の向こう側に立っている。
楽しい時間は終わりだ。次の瞬間から、二人は騎士として王女を命懸けで守らなければいけない。
「アイリス様、準備はよろしいですか?」
「はい。いつでもできます」
「では、私達が扉を開いたらお願いします」
「はい。ですが、私なんかでいいのでしょうか?」
「その心配は杞憂です。それに皆が待っております」
ノアは先ほどとは違った言葉遣いで王女アイリスに声をかける。すると王女はその励ましに勇気づけられたのか、それ以上の不安を口にすることはなかった。
フィリスはノアに顔を向ける。ノアはフィリスの視線に気づき、優しく微笑んだ。だがその笑顔はすぐに鋭いものへと変化し、戦う男となった。
「そろそろ花火が上がる。それを合図に開けるよ」
「承知しました、副団長」
花火が上がる。青空にまた白い雲が生まれた。
王女の演説、これからの国の未来、そして新たな時代の産声となる音が響き渡った。