5、騎士見習い達の夢
◆◆◆◆◆
昼下がりは朝の時間帯と違って穏やかな時間が過ぎていた。不思議なことにトラブルというトラブルは起きないまま、本日のメインイベントである【王女様の演説】が行われる時間に差しかかる。
クロノは視線を王城のテラスに向ける。そこには数人の騎士と護衛として置かれているゴーレム、そして緑色の腕章をした少女の姿があった。クロノはフィリスのことをちょっと羨ましく思いつつ、遠くから王女の登場を待つ。
隣りにいるヴァンはどこかウキウキしているクロノを眺めた後、その視線に合わせるように前を向く。いつ見ても荘厳な王城に感嘆しながらもう一度覚えつつ、どこかニヤついて顔を緩めているクロノに声をかけた。
「顔が緩んでいるぞ、クロノ。少しは騎士らしくしろ」
「うるさいなぁー。だいたい騎士らしくってどういう風にすればいいんだよ」
「国に忠義を尽くす。人民の前では立派である。命の限り戦う。これがこの国の騎士道だ」
「ふーん、ヴァンは詳しいんだね。勤勉で羨ましいよ」
「お前が不真面目すぎるだけだ。騎士を目指しているなら誰しもが知っている」
「あー、説教はもういいよ。ちゃんと覚えておくから」
クロノはヴァンとのやり取りをそう打ち切った。ヴァンは本日何度目になるかわからない呆れた息を吐き出し、クロノから視線を外しまっすぐ前を向いた。
視界に飛び込んできた人々を眺めると誰しもが静かにし、王城のテラスを見つめている。不思議なことに遊び盛りの子どもまで大人に習って静かにしている姿があった。ヴァンはその光景を目にし、改めてこの国が大国である理由を知った。
ふと、何気なくクロノに視線を向ける。すると先ほどとは打って変わりクロノも周りと同じように静かにして王女の登場を待っていた。
「何?」
「お前も大人の部分があるもんだな。少し見直した」
「ハァ? 何言ってるんだよ?」
「お前も立派な国民なんだなと言ってんだ。俺はそうだな、まだ染まりきっていない」
「だから何を……あ、そっか。ヴァンは王都生まれじゃなかったね」
グランデ王国は五つの大陸の一つを支配する大国。その東側に位置し、さらに端っこにある場所にヴァンが生まれた村があることをクロノは思い出した。
いわゆる田舎の出身であるヴァンにとって、この光景は新鮮さを覚える。それに気づいたクロノは、一つ気になる疑問が生まれた。
「そういえばヴァン、どうして騎士になろうとしてるの?」
それは思いもしない言葉だったのか。ヴァンは少し目を大きくし、クロノに顔を向けた。
クロノにとってその顔は面白いもので、あまり見たことがないためか思わず吹き出しそうになる。
ヴァンはそんなクロノを見て一度咳払いをし、精神を落ち着かせた。クロノから視線を外し、まっすぐ前を向いてヴァンは口を開いた。
「俺の生まれた村は貧しい。土地が痩せていて農業はできないうえに、食える獲物も少ない。だから騎士になって村を豊かにしたい」
「へぇー、立派だね。どうしてそこまでするの?」
「親父が騎士で同じことをしていた。立派な人で、俺もそうなりたいと思った。だからだ」
本当に立派な夢に、クロノは感銘した。もし騎士になれるであれば、ヴァンがいち早くなるべきだろうと感じたのだ。
ヴァンは黙り込んだクロノに目を向ける。そしてお返しにとばかりにクロノに疑問をぶつけた。
「お前はどうして騎士になろうとしているんだ?」
「え? あ、その、えっとねぇ……」
「俺だけ話すのは不公平だ。聞かせろ」
クロノは困ったように苦笑いを浮かべた。そんなクロノの顔を見て、ヴァンはしてやったりという表情を浮かべて笑う。
逃げようにも逃げられない。そもそも動いたら監督する騎士に怒られてしまう。
クロノは諦めて、ヴァンに自分の夢を語ることにした。
「褒められたんだ。結構小さい頃に、王女様に、僕の詩がさ」
「お前、会ったことがあるのか?」
「正確には遊び相手として呼ばれてた、かな。まあ、とても拙い詩だったけどさ、王女様にとっても素敵って褒められたんだ」
「それはいい思い出だな。嬉しかったか?」
「もちろん。すっごく嬉しかったよ。だから子どもながらにもっと傍で詩を詠みたいって思ったよ。でも、王女様の傍にいられる方法ってあまりなくてさ」
「それで騎士に、か。よく思い立ったもんだ」
「うるさいなぁー。考えつく方法がこれしかなかったんだよ。確かに腕っぷしも剣技も弓も全然だけど、これでも一生懸命に鍛錬してる。まあ、どれもヴァンに劣るけど」
「真ん中を狙って端っこを落とす腕前だからな」
「ああ、思い出させるなよー!」
恥ずかしがるクロノを見て、ヴァンは優しい顔で笑った。
クロノは顔を真っ赤にしてヴァンに何かを言い返そうとした。しかし、それはすぐに無駄だと考え、代わりにため息をついた。
「まあ、これが僕の夢だよ。ヴァンと違って――」
「立派な夢だ。とても立派な」
クロノが何かを言いかけた瞬間、ヴァンは遮って言葉を放つ。クロノは驚き、顔をあげるとヴァンは見たこともない羨望な目をしてクロノを見つめていた。
「俺は親父を理由にしている。だがお前は、ちゃんと見つけた。だから立派だ」
ヴァンの言葉を受けクロノは、少し照れた。そんな立派なものじゃない。だが、ヴァンにとって自分で夢を見つけたことに価値があるのだろう、とクロノは感じた。
クロノは前を見る。ヴァンと一緒に、もうすぐ姿を現すだろう王女の登場を待った。