鈴の章 文明と街と勘違いと
熊の素材を剥ぎ終えて、皆が暮らす街に辿り着く。
辿り着いた頃には空は夕焼け色に染まっていた。
街を見て、少し驚く。
魔物の存在する世界の街というくらいだから、街と言っても精々昔の村のようなものをイメージしていたのだけど……
コンクリートで作られたような建物や、レストランのようなお店に服屋。
果てには学校のようなモノまでも存在していた。
私達の世界の街と、大した差のない文明。
違うのは、武器を売る専門のお店が存在するくらい。
思えば、ラーナ達の服装も私のいた世界の洋服と似ている。
その時点でもうちょっと色々察しておくべきだった。
「あ、あはは。私の使い魔だから気にしないでー。悪い子じゃないからー!」
街の人達が私達を見てざわつく。
けれど、私と言うよりはやっぱりウルフの存在に驚くような声ばかりだった。
時折、私の耳や尻尾を見る目もあったけれど
それもラーナの『使い魔』と言う言葉に納得しているような様子。
「とりあえずヴャクトの所に行こう。傷の手当ても出来るし、探偵をしてる人だから鈴の探してる人達の事、何かわかるかも」
白が呟き、鳥のいる所がそうだから。とウルフに向けてかその方角を指で示していた。
「ウルフ君、街ではあまり走っちゃ駄目だからね?」
コクリと、ラーナの言葉に頷いてゆっくりと歩みを進めるウルフ。
小さな子供が興味深々と言った風にウルフの足にじゃれついても、怒ったり吠えたりするような事もしない。
「えへへ、いくら使い魔って言っても事故で踏んじゃったり蹴っ飛ばしちゃう事もあるんだから、あまり悪戯しちゃダメだよ?」
そんな子供達の頭を撫でて宥めるのはラーナだった。
「おねーちゃんの尻尾可愛いー! ちょうだーい!」
「引っ張らないで。引っ張られると普通に痛いんだから」
ウルフにちょっかいをかける子供がいるくらいだから覚悟してたけど
私の尻尾や耳に飛び付いてくるような子供達もいた。
「ほら。お姉さん達の邪魔しちゃ駄目でしょ! どうもすみません……」
「いえ。大丈夫です。気にしてないので」
そんな子供達の親に謝罪されつつ、歩みを進める。
大した時間もかからずに、白が言った家は見えてきた。
「……随分古びた建物だけど、こんな建物に人が住んでるの?」
思わず、お化け屋敷と言いそうになった。
劣化の激しいコンクリートのような壁。
周囲の家と比べても、そこだけ随分と古ぼけた印象を得てしまう。
「建て替えるか引っ越すかしろってあたしも言ってんだけど……」
少しは体力が戻ったのか、ウルフの背から降りたアズマが苦笑いしていた。
「お姉ちゃん、何故かいつも財布の中身少ないんだよね……ウルフ君は流石にその身体じゃ中に入れないから、待っててくれる? 今度ウルフ君のお家も作っておかなきゃ」
「レトロな雰囲気で良いじゃないかって言うけど、別世界の鈴にボロって言われるのはもうレトロって言葉で誤魔化せない」
合わせるようにラーナと白もウルフの背から降りて、そんな事を言い出す。
……街を歩きながら、なんとなく他の人間達の強さが気になって強さを探ってみたけど
殆どの人間はラーナと同じくらいの力しか秘めてなかった。
それに比べて、この建物の中にいる気配の強さはアズマと並ぶくらいか、それ以上か。
話の限りだと魔物退治が基本の仕事みたいだし、お金と言う概念も存在している。
これだけ強そうな気配の持ち主がこんな家に住んでるのは確かに少し不思議に思う。
「聞こえているぞ三人共。全く、お姉さんの懐事情を考えてくれるならもう少しアズマや白の給料を減らすべきか……依頼料を上げる訳にもいかんしな……」
ヌッと。その建物の二階の窓から、気配の主が顔を出していた。
ラーナの姉と言うだけあって、髪の色は良く似てる。
雰囲気もラーナをもっと大人っぽくしたような感じ。
「ラーナが居るからあたしは仕事手伝ってやってるだけだし、給料下げられたら別の所に行くだけだぞ?」
「私もアズマと同じ。別にヴャクトの事務所から外されても、お店開けば多分今以上に稼げる自信ある」
「え、えっと……私はお姉ちゃんの事やっと思い出す事出来たから、もうお姉ちゃんと離れるつもりは無いよっ!」
ラーナの言葉に、この世界で初めて出会った時、私の事を記憶喪失なのかと心配そうに聞いてきたラーナの姿を思い出した。
……あまり踏み込むような話じゃないのかも知れない。
ラーナの事情を聞きたくなったその気持ちを抑え込む。
「全く。もう気にしなくても良いと言っているのに困った妹だ」
優しい笑み。成程、確かにラーナと同じ血筋だと強く感じる。
「しかし、慌てて白を連れて行ったかと思えば今度は巨大な犬と不思議な少女を連れて来るとは……お姉さんにも事情を話してくれないか? とりあえず中に入ってくれ。怪我もしているようだし、こんな所で立ち話もなんだろう」
私とウルフの方に軽く目をやって、そう言い残し、ヴャクトと言うラーナの姉は身を引っ込めた。
「ラーナ、あの時はウルフごと街に入ったんじゃ無かったの?」
彼女の言葉に小さな疑問。それをラーナに問い掛けてみる。
「あの時は街の人達に説明してるような時間ないと思ったから……ウルフ君には街の外に待機してもらってたの」
フワフワとした印象が強いラーナだけど、結構頭は回るみたい。
「ラーナの使い魔見て驚いた。それより、皆とりあえず中に」
そんな話は気にしなくて良いと。そう言った風に白が先導してその家の扉を開いた。
背中を追うように、ウルフを置いて私達も家の中に入る。
「探しもの、迷い人。魔物の討伐も落とした小銭も全てお任せ。この街一番の美女探偵、ヴャクトの探偵事務所へようこそ」
謎の決め台詞とポーズで先程の彼女が出迎えてくれた。
「ヴャクト、話は後。まずはアズマと鈴の傷の手当て」
「それからコレ、例の魔物の討伐依頼の証な。倒したのはあたし達じゃないから、給料は鈴にあげてやってくれ」
言いながらアズマがヴャクトに渡したのは私がこの世界に来て初めて出会ったあの魔物の牙だった。
……ヴャクトの事は思いっきり無視して、白とアズマはズカズカとヴャクトの隣を抜けて、奥の方へと歩いていく。
「ラーナ、お姉さんの扱いが先程から随分と雑では無いか……? お姉さんも人間なのだぞ。傷付く事もあるのだぞ?」
「うーん、いつも思うけどやっぱりその決め台詞は私も無いと思うかなぁ……お、お姉ちゃんが美人なのは間違い無いと思うよっ!」
わざとらしくおいおいと泣くようにラーナにしがみついているヴャクトと
そんなヴャクトに苦笑いで応えているラーナ。
……そう言えばたまにラーナもわざとらしい仕草をする時があるし、流石は姉妹。
「鈴も来て。そのポンコツ探偵なら放っといても勝手に元気になる」
「……お邪魔します」
あまり遠慮の要らなそうな人だけれど、とりあえず一礼してから家に踏み入り、私も白の後を追いかける。
特に靴を脱ぐような事はしていなかったから、私もそれに倣って土足のまま。
「……ふむ。因果なものだな。あの少女の名は鈴というのか」
「うん。お姉ちゃん、ちょっと考えちゃったんだけど、ベルちゃんにもあの子の事紹介した方が良いかな?」
「あぁ。年の頃も近い様に見えるし悪くないと思うよ」
……ラーナとヴャクトが私の事を話している気がするけど、とりあえず今は白に従おう。
白に案内されるがまま、家の奥にある一室に入る。
「病院か保健室みたい……」
その部屋を見て思わずそんな声を漏らしてしまった。
綺麗なベッドに、沢山の薬の瓶と思われるモノが並んでいる棚。
果てには、シャワールームまでもある。
病院の一室と言われても違和感が無い程に医療器具が充実している部屋だった。
「皆、街の外に出るとよく怪我をして帰って来るし、私は医療の知識あるから、自然とこんな部屋も出来ちゃう」
「この家自体、あたし等の拠点みたいな扱いになってるしなぁ……」
そう言えば道中で他の仲間と思うような人の名前は二人の口から何人か耳にした。
「とりあえず二人共、服を脱いで。そんなに深い傷じゃないし、毒もなさそうだから濡れタオルで傷口拭いた後、消毒して包帯巻いただけの処置で良さそう」
言いながら、手際よく棚から消毒液やらタオルやらを取り出し始める白。
「……全身の汗を流したかったらシャワー使っても大丈夫」
「ラーナ達を長く待たせるのも悪いし、今は大丈夫かな」
言われるがまま、素直に服を脱ぎながら白に返事をする。
間違えてさっき貰った獣人除けのネックレスまで服と一緒に取れないように、少し慎重に。
「鈴、なんか飲むかー? 酒もあるぞ? あの熊の素材売ればかなりの額になるし前祝いにどうよ?」
アズマはアズマで片隅にある冷蔵庫のようなモノを漁りながらそんな事を聞いてきた。
……私、一応人間の身体だと未成年なんだけど。
でも、この世界に法律らしい法律があるのかもわからないし、どうなんだろう。
「とりあえず飲み物は貰いたいかも。お酒は……その、夕食の時にでも貰おうかな」
大人達がやけに美味しいと言うし、実は気になってたから後で貰ってみよう。
「お、話わかるね! よっしゃ今日は鈴の歓迎も兼ねてパーティだな!」
笑顔で手渡されたのは、私の世界にもあるようなスポーツドリンクみたいなモノだった。
実際、口に流し込んでみても似たような味。
よく冷えたそのドリンクに、喉が渇いていたのだと今更感じる。
一口飲んだら、後は流し込むようにそれを飲み干してしまった。
「アズマはどうせお酒飲みたいだけ……それより、アズマの着替えはあるけど鈴の着替えが無い。少し大きいかも知れないけど、蒼……えと、私の妹の服でも平気?」
「私は別に着られればなんでも大丈夫だよ。元々この世界に来た時に私は服装も変わってたから」
別に着なくても構わないくらいだけれど、流石に怒られそうだからそれは口に出さないでおく。
「確かに和装ってあまり見ないよなぁ……調べたら何かわかったりするかな?」
「鈴が元の世界に帰るための鍵かも知れないし、変に借りたり調べたりするのは良くない気がする。……破れた箇所は縫わなきゃダメだけど、鈴はこの服で居た方が無難」
そこまで考えなかった。
確かに、私の身体の変化とは別に起きた変化だし特別な意味があるようなモノの可能性も考えられる。
「……白って実は凄く頭良かったりするの?」
治療の知識と言い、大したヒントも無いのにそんな考えに至る白に少し驚かされて
思わずそんな事を聞いてしまう。
「一応、ヴャクトもかなり頭の良い完璧人間だけど、白ちゃんたまにヴャクト以上に細かい事に気付いたりするからなっ。頼れる頭脳担当様々だよ」
「別に普通……アズマや鈴みたいに戦えない分、別の知識を学んできただけ」
言い返すも、そんなアズマの言葉に白は少し照れていた。
話しながらも、まずはアズマの手当て。
手早く済ますと次は私の傷の手当てに入ってくれる。
「……包帯、キツくない?」
それも大した時間もかからずに終わる。
タオルで傷口の泥や汚れを拭い、そのあと別の液体……多分消毒液のようなモノを染み込ませたモノを塗られ
更にその後、粉末状の何かを傷口を塞ぐかのように塗られた。
その粉末を不思議そうに見てた私にアズマが治癒を早めるような効果のある薬と説明してくれた。
そして最後に包帯。
たまによくわからない道具が出て来るけど、治療に関しても殆どは私の世界と変わらないみたい。
……自然治癒を早めるような薬とかあるのなら下手したらこっちの世界の方が技術が上かも。
「うん、大丈夫。服まで貸してくれてありがとう。尻尾の部分切っちゃって蒼って子にはちょっと悪い気がするけれど……」
白の言葉に返して。その件だけ申し訳なく思う。
上着の方は簡単に袖を通せたし、サイズもそこまで大きすぎる感じもなかった。
ただ、ズボンがやけにキツいと思ったら尻尾を巻き込んでいた。
……何も考えずにいつもの感覚で普通に履いてしまった私も私で少し間抜け。
最悪ズボンを履かないでも良いと言い出した私にアズマと白が予想通りの大反対。
結局、尻尾の部分を上手く切る事で、そんな問題も解決した。
「履かないよりマシ。それに蒼はすぐに服を泥だらけにしてダメにするから大した問題じゃ無い」
「頼むからもう少し恥じらいってヤツを持ってくれ鈴……あたしが言っても一ミリも説得力無いけど、流石のあたしでも、ズボン履かないで外を歩いたりはしないからな……」
なんだか二人が呆れ果てたような顔で私を見ていた。
……下着とズボンなんてそんなに変わらないと思うし、私をそんな目で見る人も居ないって前にアズマには説明した筈なんだけど。
「エル君も私が着替え終わるまで目を背けてたし、そういうものなのかな……」
「は? え? いや、待て。鈴、今さらっと爆弾発言しなかったか? したよな? なぁ?」
「……鈴、大丈夫? 朝起きたら着衣乱れてた事とか無い?」
……エル君、ごめん。なんか二人が凄い勘違いしちゃった。
とりあえずエル君がこの場に居たらアズマと白に叩かれてそうな未来が見えたから、心の中で謝っておく。