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鈴の章 鈴の災難 その2

暫しの沈黙。姿を見せたのは、私も良く知る姿をした魔物だった。

大きさこそ全然違うけれど、見た目は全く同じ。

狼の頃、何度かソイツと戦った事もある。


『貴様っ……』


この世界でも因縁はあるみたいでウルフはその姿を見て無意識か、戦闘態勢を取っていた。


「ウルフは二人を守るのが役目。変に戦おうとしないの」


戦おうとするような仕草を見せるウルフをそう言って制する。


本当はウルフの力も借りた方が良い気がするけれど、流石にコイツを相手に他の魔物の気配を探るような事も出来ない。


そんな余裕を見せられるような相手じゃない。


ウルフにはラーナ達を見ていてもらわなきゃ困る。


「街の近くに熊の魔物が出るなんて事、今まで無かったぞ? もう、今日は変な事ばっかり起きる日だな」


余裕のあるような口調だけど、アズマもその強さは身に沁みてわかっているようで

熊の一挙一動を見逃さないようにと目を離すような真似はしていない。


……狼の時ですら、コイツを倒すのには群れを率いていた。

そして群れを率いても、数匹の犠牲があった。


よっぽどじゃない限りは手を出さなかった相手。


だけど、街が近いなら逃げるなんて選択肢も無い。


……それなら、先手必勝。


まずは私の爪が通るか試す為に、一気に距離を詰め、襲い掛かってくる熊の爪牙を躱す流れで腕に一撃。


「相変わらず巨体の癖に素早い攻撃……」


上手く爪牙を避けたと思ったけど、避けきれなかった。

お腹の辺りに熱い痛み。致命傷じゃないだけありがたいと思うことにしよう。


「鈴! この野郎っ!」


距離を取り、片膝をついた私を心配してか

今度はアズマが攻撃を仕掛けた。


私の爪は、その毛皮の鎧には通らなかった。

アズマの打撃ならダメージが入るだろうか……


アズマも熊の爪牙を避けながら、何発か拳を振るい、おまけと言わんばかりの蹴り。


その巨体が多少後退るも、ダメージで怯んでいる様子は無い。


「……人間の攻撃方法はダメってなると」


多少痛みはあるけど、動けない程じゃない。


人間の体勢では上手く避けられないみたいだし、今度は四足に構えを変えて私も飛びかかる。


「久々に本気で牙使わせてもらうよ」


熊の背後を取り、首筋を狙って思い切り牙を立てる。


皮膚まで届いた感触に、そのまま食い千切ろうとするも

流石に熊も私達の戦い方を理解しているみたいで、自分の身体を思い切り木に叩き付けてその反動の力で私の身体を引き離した。


「いつ見ても滅茶苦茶な戦い方に呆れちゃう。アズマ、平気?」


空中で軽く回転して、四足で地面に降り立ち、アズマを見る。


「一応な。……またその構えかよ。やめろって言ったのに」


冗談を言える程度の余裕はあるみたいだけど、流石のアズマでもあの爪牙を全ては避けきれなかったみたいで、その身体にはいくつかの傷跡。


「アズマちゃん、鈴ちゃん! 大丈夫!?」


「毒くらい準備しておけば良かった。見てるしか出来ない……弱点は首?」


後方から、ラーナと白の声。


「狼は爪よりも牙の方が発達してるからダメージ通っただけだと思う。……私が狼の戦い方を出来るって知られたから、中々隙を見せてくれなくなりそうだけれど」


それに私の体躯だと牙も小さい。

噛み千切るのは少し手間取るかも知れない。


何よりも、連戦でかなり体力を消耗してしまっている。

もう一度上手くアイツの背後に回れるか、アイツの素早い爪牙を避けられるか少し不安。


どうにも予想通り。体力だけは狼の時と言うより人間の時に近いみたい。


「鈴、お前はもう下がっとけ。息が上がってるし、限界だろ」


……本当に、アズマはこんな状況だと言うのにちゃんと私の事を見ている。


「アズマの攻撃もダメージはあまり通ってないよ。本音は限界に近いけど、私も味方を見殺しには出来ない性格だから」


確かにアズマの息は上がっていないけれど、アズマの攻撃があまり通らないのも事実。

現状、まともに入る攻撃が私の牙だけとなると

私だけ下がっている訳にも行かないと言い返す。


「いい性格だと思うよ。でも、あたしが負けるって決めつけるのはちょっと失礼だろ」


ニヤリと。不敵な笑み。

アズマはポケットから小さな瓶を取り出し、その中身を飲んだ。


「本当は鈴が最初に倒した魔物ぶっ倒す為の特別アイテムだったんだけど、鈴が倒してくれたおかげで温存出来たのラッキーだったな」


言いながら瓶をしまい、一歩前へ。


「……特別アイテム?」


明らかにアズマの実力が上がっている。

あの熊を軽く凌駕するくらいに。

今の私が万全だとしても勝てる気がしない程に。


「持続時間が少ないから、さっさと決めさせてもらうよっ! これ使うと力の加減出来なくなるから、鈴、マジで下がっとけな!」


恐らく身体能力を上げるような薬なんだと理解した。

本当に巻き添えを喰らいそうだから、素直にアズマと熊から距離を取り、ウルフ隣に立つ。


「ウルフ君、もっと下がった方が良いかも! えへへーあの薬作ったの私なんだよ? 凄いでしょ」


「何度か調合に失敗してヴャクトの事殺しかけてた……」


「どうして余計な事言うのー! 白ちゃんっ」


ラーナの言葉に従い更に距離を取るウルフと、その背でなんかラーナと白から凄い話を聞かされる私。


成程、さっきから心配する様子は見せても、何処かラーナに余裕があるように感じられたのは、この秘密アイテムがあったからなのだと理解。


「ラーナ! コイツの素材要るかー?」


「その爪、鋭そうだし武器に使えるかもー! 後は毛皮もかなり頑丈そうだし、一応持っていこー!」


……二人の何気ない会話に、改めて人間と言う生き物が少し怖く感じる。


「っしゃあ! オーケー!」


熊の爪による攻撃を軽々と片手で受け止めながら、アズマはラーナの声に返す。


さっきまでは完全に避ける事すら難しかったその攻撃も、今のアズマには止まって見えるようだった。


「腹の皮は駄目にしちゃうかも知れないけどなっ!」


そして、熊の腹部に反撃の拳。


その威力も、さっきまでとは比べ物にならない。

拳を受けた熊が血を吐き、ヨロヨロと後退している。


たったの一撃。それだけで今まで私の牙の攻撃ですら怯みもしなかった熊が怯んでいた。


「確か首の辺りを鈴が攻撃してたし、この辺は要らないよな」


私の目を持ってしても、アズマのその動きは見えない。

いつの間に移動し、跳んだのか。

アズマの身体は熊の背後、私が牙を通した首筋の辺りにあった。


「ウルフー! ちゃんとキャッチしてくれよ! じゃなきゃ街に落ちるぞー!」


……どういう意味? 

そんな疑問より早く、熊の首から上が弾け飛んでいた。


『ぬ、ぬおおぉっ!』


ウルフがこちらに向かって飛んできた熊の頭に変な声を出し

それでも律儀に大きく口を開き、跳び跳ね、なんとかその頭を咥えていた。


アズマの方を見て、それが単なる蹴りの攻撃だったのだと今更ながら理解する。


サッカーしようぜ! お前ボールな!


……なんて、前の世界で同級生の男子がふざけて私に向けて言っていたそんな台詞を思い出す。


ムカついてその男子を私が蹴りまくったのは別の話だけど。


『ほほう。これは中々に美味なモノだ……』


「駄犬。主人の了承を得ずに勝手に食べない」


「あ、あはは。それくらい大丈夫だけど、街に行ったら拾い食いはダメだよー?」


隣で、咥えた熊の頭をそのままバリバリと骨ごと食べ始めたウルフに軽く引いた。

ラーナは少しウルフに甘過ぎる気がする。


「後は失血死を待つだけだけど、やっぱりコイツら生命力エグいよなぁ」


頭がなくなっても攻撃の手が止まらない熊に、多少呆れながらアズマはその攻撃を避け続ける。


戦闘本能だけで動いているのだろう。その爪の攻撃は滅茶苦茶な場所を荒らすだけだった。


そんな攻撃も数分とは保たず、やがてその巨体は地響きを上げて崩れ落ちる。


『ご主人、人間はヤツの肉も食べるのでしょうか?』


「ハイエナって名前どう? ウルフに似合うと思うけど」


『我は腐肉など喰わぬ!』


そういう意味じゃないけど、あまり言うと可哀想だから言わないでおこう。

と言うかハイエナもこの世界に存在するのね……。


「んー、珍味扱いだけど、私は好きじゃないし、あの大きさなら売る分を差し引いてもウルフ君が食べる分、沢山取れると思うよっ!」


『流石はご主人!』


ラーナの返事にウルフは嬉しそうにブンブンと尻尾を降っていた。

……なんだろう。この子、本当にどんどん犬になってる気がする。


「うへぇ。効果切れた……あとはウルフに任せたー。と言うか背中貸してくれー」


アズマがなんとも情けなさそうな声と共にヨロヨロとこちらに向かって歩いてきていた。


「あはは、お疲れ様アズマちゃん。他に強い魔物の気配も感じないし、大丈夫だと思うよっ」


「……アズマのこんな姿はちょっと意外かも」


「副作用ってヤツ……一時的に身体能力めちゃくちゃ上がるけど、効果切れると一気に体力持ってかれるんだアレ……今なら白ちゃんとやり合っても普通に負ける自信あるぞー」


流石に無償で力を獲られる程便利な薬でも無いらしい。

おぼつかない足取りのアズマに手を貸すと、同じようなタイミングでラーナももう片方の手を自分の肩に回していた。


「ウルフ君も鈴ちゃんもいるから多少の魔物なら大丈夫だよっ! 心配しないで休んでて」


ラーナの笑顔に、アズマは力無く笑い返している。

……本当にいざという時にしか使わない方が良さそうな薬なのかも知れない。


「うん。私も体力が限界に近いとは言っても、一応まだ動ける程度だから。弱いヤツなら問題無いよ」


「休む前に、二人共コレ」


白もいつの間にかウルフの背から降りていて、私とアズマに向けて小瓶を差し出していた。


「本当は二人の傷を消毒したい。でも、魔物の素材取って街に戻るまで少し時間かかるから、ただの痛み止めだけど無いよりはマシ」


受け取ると、白はそう説明してくれる。

確かに、戦闘が終わって少し気が抜けているのか、腹部に喰らった攻撃の痛みがぶり返して来ていた所だった。


「なんだか色々ありがとう。白」


「ううん。私が毒薬持ってきてたらもっと簡単に倒せた魔物。それに……」


何故か白は私の髪を見て、小さな笑みを浮かべていた。


「なんとなく、鈴を見てるとあの頃のラーナ達の気持ちがわかる気がする」


……何か懐かしむような、そして大切なモノを見るような優しい瞳と笑顔。


私が意味が分からないと、思わず目を丸くしていると


「ううん。なんでもない。こっちの話」


そう言って今度は少し悪戯な笑顔を見せていた。


「じゃあ、二人の為にも早く必要な素材剥ぎ取って早く街に戻らなきゃだねっ!」


ラーナはそんな白の言葉を聞きながら、とても嬉しそうな笑顔。


……白もラーナに笑顔の魔法かけられたのかな。


根拠は無いけれど、そんな事を感じた。


「私も手伝う」


駆け足で熊の死骸に近付くラーナに、そう言ってラーナを追い掛ける白。


『我らも行こう。魔物の解体などは出来ぬが、我らが近くにいた方がご主人達も安全だ』


今にも倒れそうなアズマの事を器用に咥えて、背中に乗せるとウルフもゆっくりとラーナ達の元に向かう。


私もその意見には同意だからウルフと一緒に。


「ウルフ、お溢れ頂戴しようとか考えてないよね……」


さっきから滝のようにヨダレが出てるから、とりあえず忠告。


『ご、ご主人がくれるのならば有り難く戴こうと思っているだけだ!』


「……本当にキミ、プライド無くなったよね?」


バカ犬の言葉に思わず頭を抱えて、小さくため息を吐く。


「ウルフ君、内臓とか食べる? 売れないし、素材にもならないから私達には必要ないんだけど……」


ウルフの言葉を聞いてか聞かずか、近付いてきたウルフに

手際良く皮や爪を剥ぎ取りながらそんな言葉を投げかけるラーナ。


「私の使い魔も食べたがってるから、よかったら一緒に食べて」


見れば頭上でクルル、クルルと何かを訴えるように白の使い魔が鳴いていた。


……他に三羽ほど似たような魔物もいる。


害の無さそうな魔物とは言え、流石に白の使い魔がイジメられても困るだろう。

手頃な石を拾う。


「鈴、大丈夫。あの子達は全員私の使い魔」


投げようとした所で、白にそんな言葉をぶつけられて石を落とす。


……危なく白の使い魔を殺してしまう所だった。


「使い魔って、一人一匹とかじゃないの……?」


「ラーナの使い魔みたいに強い魔物なら一体が限度だけど……」


「ちなみに花ちゃんは確か三十匹くらいの使い魔が居た筈だよ!」


要するに弱い魔物なら沢山使い魔として従える事が出来ると言った感じらしい。


「白ちゃんは今何匹だっけ?」


「……私も乗り物として使えるような魔物が欲しいと思って、今は四匹だけにしてる。蒼が良く迷子になるから、空を飛べる大きな魔物一匹でも従える事が出来たらって」


「犬の魔物なら、私が呼べば来てくれるし、簡単に服従もさせられるけれど……」


なんだか訳アリといった様子の白にとりあえず犬なら簡単に服従させられる事を伝えてみる。


ラーナが投げた臓物を美味しそうに食べるウルフの事を白い目で見つつ。


「んー……空から見渡せる方が便利だし移動も早いから」


「大きな鳥の魔物かぁ……うーん、ウルフ君に頼んだら服従させられるかなぁ」


そんな二人の会話を聞きながら少し考えてみる。

私が居た世界でもそれなりに大きくて、頭の良さそうな鳥……


「鷹か鳶みたいな魔物なら、もしかしたら」


狼がウルフサイズなら、彼らもそれなりの大きさになってる筈。

そして、彼らの好物は都合の良いことに新鮮な肉。


「白、この辺りに崖とかある?」


鷹にしろ鳶にしろ、そう言った崖を住処にしていたような覚えがある。


「一応、街を越えて少し歩けば……でも、鷹って確か凄い凶暴な魔物」


「体力が回復した鈴なら余裕で倒せるだろー。あたしでも倒した事あるし」


ウルフの背中から、アズマのそんな声。


「うん。獣人除けのネックレスのお礼に捕まえてあげる。ただ、私は鳥と会話は出来ないから、白にも付いてきて欲しいかな」


「……いいの? その、鈴は人を探してるって聞いた。時間が惜しいんじゃ……」


「エル君もビーちゃんも、半生を野生で生きてきた人達だし、ビーちゃんはわからないけど、エル君も私達の事を探してくれてると思う。何処に居るかわからないなら、探索をするのは私にとっても不利益にはならないから。

それに、私達を手伝ってくれるのなら、それなりのお礼はさせてくれなきゃ、申し訳なくなっちゃう」


ニコリと、そう言って白に握手を求める。


「私と似てる髪色なのも何かの縁だと思って、どうかな?」


「貴女も、優しい人。それなら、お言葉に甘えさせてもらう。でも、その前に傷の手当ても必要だから、まずは街に行ってから」


上手く笑えてたみたいで、白も私の笑みに返すように微笑んで、握手に応じてくれた。


多分、私は優しくなんてない。


ただ、この世界の人達が優し過ぎるだけ。


周りが優しいから、自然と私もそう言う事が言える。


ただそれだけ。


……そして、ただそれだけの事が、きっと私達の世界には足りない事なんだと。


なんとなく、そんな事を思った。

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