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鈴の章 鈴の災難

ラーナの使い魔となってくれたウルフの背に乗り、私達は森の中を駆ける。


流石は腐っても私の同族。移動中、何度か魔物に奇襲されたけれど、ウルフは簡単にそんな魔物を一撃で薙ぎ払っていた。


「流石に強いなぁ」


そんな度に感心するアズマ。


「褒めたら調子に乗るから褒めなくて良いよ。アズマでもあの程度の奴ら一撃で倒せるでしょう?」


「いやまぁそうだけどさ。それにしても、さっきから変なんだよな。こんな沢山の数の魔物……それも獣人だけが襲ってくるなんて経験、今までに無いぞ?」


私の言葉を否定しない辺り、アズマの秘める力は結構未知数。

……一撃で倒せるって大袈裟に言ってみたつもりなんだけれど。


確かに一体一体は大した実力の無い魔物だけれど、襲ってくる数がやけに多い。


そういう世界だとしても、この数は少し異常な気がする。


『我に歯向かうような魔物など、この辺りには存在せん。いくら我が使い魔となったとは言え、こんな事本来ならば起きぬ筈だ』


言いながらも、ウルフは目も向けず背後から奇襲して来た魔物を蹴り飛ばしていた。


「あ、あはは……私は一つ心当たりあるんだけど、その……えっとぉ、困っちゃったな……」


ラーナは何故か私の方を見て、とても困ったように苦笑い。


「ラーナ、心当たりがあるなら濁さずに教えて。もう街も近いんでしょう?」


どうにも、私が原因と言った様子。

なら、原因である私が何とかするのが筋と言う物。


あまりラーナ達に迷惑はかけられないし、街が近いのなら

一体一体がいくら弱いとは言え、この数は危険かも知れない。


「……ウルフ君、一度止まってもらえるかな。えっと、鈴ちゃん。その……怒らないでね?」


私の言葉に、ラーナもこのまま街に行くのは危険だと判断したのだろう。

ウルフに止まるように指示して私の方に身体を向けた。


「私が原因なら、怒ると言うより謝らなきゃいけないから」


尚も言いづらそうにしているラーナに素直な気持ちを伝える。


『……そうか! そう言う事だったか! ははは! 確かにご主人の口からは言いづらいだろう!!』


ラーナの言いたいことが理解したとばかりにいきなり豪快に笑い出すウルフ。


なんか意味も無く腹が立ったから、軽くウルフの皮膚に爪を立ててやった。


『な、何をする!』


「声がうるさいし、さっさと答えてくれないのが悪い」


『全く、我には理解出来ん。このような凶悪な小娘を奪い合うなど……』


「……ふぇ?」


ウルフの言葉に思わず、私らしくない間抜けな声が出た。


「今ってその……魔物達の恋の季節で、えと、その襲って来てる魔物達、鈴ちゃんが獣人の女の子って思ってるみたいで。自分のお嫁さんにしようって考えてるみたいなの」


相変わらず困ったようにモジモジしながらも、どうにか言葉を濁して私にその理由を伝えてくれようとするラーナ。


「……ウルフ、私はキミの恋人って適当に言い張ってくれない?」


上手い言葉ではぐらかしてくれるけど、要するに私に発情していると。


そのせいで必死になって私を追いかけて来ていると。


……なんだか頭が痛くなる。


とりあえず、ダメ元でウルフにそんな提案。


『無駄だ。知性の低い者に我の言葉は通じん』


一応、言葉が通じるなら言ってくれそうな反応だった事は感謝しておこう。


「んー、白ちゃんかヴャクトならもしかしたら、鈴から出てるそう言うフェロモンを消す服とか薬の知識ありそうだし、あたしが時間稼ぎでもするか?」


アズマは困ったように頭を掻きながら、ひょいとウルフから飛び降りた。


「数が多いし、私も手伝う。元々は私が原因なんだから囮なら私の方が適任だとも思うし」


アズマを追うように私もウルフの背から飛び降りる。


「決まりだな。ラーナ、ちゃちゃっと街に行って二人に事情説明してやってくれっ!」


「その、アズマは良いの?」


何故かやる気満々と言った様子で拳を構えたアズマに思わず問う。


「いくら強いって言ったって見た目が子供の女の子を一人きりには出来ないし、それに……」


軽くステップを踏み、何度か拳や蹴りを繰り出してアズマは不敵に笑う。


「鈴もあたしの力、見てみたいんだろ? 興味津々って顔してたの気付いてたんだからな?」


それなりに感情を表に現さないようにしているつもりなのに、どうもアズマやラーナには私の考えはバレちゃうらしい。


「……すぐに戻ってくるから怪我しないでねっ。二人共! ウルフ君、急ごうっ!」


『承知した!』


ラーナは少し悩んだけれど、アズマの案以外に現状を打破出来るようなモノも無いと納得したのか、少しの沈黙の後、そう言葉を残し、ウルフと一緒に一陣の風を残し、姿を消した。


多分ウルフの方もラーナの感情を理解出来たんだろう。

そのスピードは今までよりもずっと速かった。


「……ウルフのあのスピードなら往復で一時間くらいかな」


アズマはそう言いながら、周囲を警戒して構えを取る。


「アズマ、武器とかは……」


その構えは、素手。

アズマの服装から、武器らしい武器は確認出来なかったけれど

まさか素手で魔物と戦うつもりなのかと少し驚いて問いかける。


「あたし武器を使うと逆に弱くなっちゃうからさ。まぁ、見てくれればわかるよ」


言いながら、アズマはこちらへ向かってくる魔物の大群にそのまま向かっていった。


「ちょ、アズマ、自意識過剰すぎないっ!?」


加勢しようと、私もワンテンポ遅れて魔物達に駆け出そうとして、驚いた。


敵の数は数十体。

四方八方から襲いかかる獣人達の攻撃をアズマは全て紙一重で避けている。


……明らかに、私の知る世界の人間とは強さの次元が違う。

避けるだけじゃない。避けながらも繰り出すアズマの拳や蹴りは、本当に一撃で魔物達を戦闘不能にさせている。


……私の、狼としての動体視力を持っていても、その動きはギリギリ視認出来る程度。


……ウルフよりも遥かに強い。


「真っ正面から勝てないと思ったら木陰に隠れての奇襲。多少は知恵もあるみたいだけど、舐めんなっ!」


言葉と同時に、魔物が隠れた大木を蹴りでなぎ倒す程の力。


背後からの攻撃も簡単に避け、そんなバランスの悪いその姿勢からも確実に反撃に移る能力。


「アズマ……貴方こそ本当に人間なのか私は疑いたくなるんだけど」


思わず、その動きに見惚れてしまっていた。

野性的な攻撃の私とは違う、洗練されたその格闘技術に。


私の出番なんて必要ないんじゃないかと思う。


「……っと。それでも私だけを狙って来るようなヤツも居るのね」


気配を隠しながら私の所に近付いてきた魔物の飛び付き攻撃を避けて、前言撤回。


……ちょっと私を見てそんな目をしないでほしいってくらいに

私を見る目が変質者のソレなその魔物に向けて伸ばした爪を薙ぐ。


こんな奴等に狼の戦闘技術を見せたくも無いし、なんとなくアズマの動きを取り入れたら色々便利そうだから、今回は人間のスタイルで戦う事にする。


……と言っても殆どの魔物はアズマが倒してくれるから、取り溢した魔物とか、アズマを避けて私だけを狙ってくる魔物程度しか相手にしないけど。


「諦め悪いな! コイツら!」


叫びながら、アズマは綺麗な回し蹴りで数体の魔物を一度に片付けていた。


「んっと、こうかな?」


真似をするように私も襲いかかってきた一体の魔物に向けて、見様見真似でその回し蹴りをしてみる。


成程、普通に蹴るよりも身体の回転の力が加わるからその威力は相当なモノだと学ぶ。

ただ、私の体躯だと二メートル近い魔物の顔に届かせるのは難しい。

アズマの身長と長い足があるからこそ、光る技なのかもしれない。


「鈴に似合う体格の格闘術だと……こんなのとかあるよっ」


私がアズマの攻撃方法を真似ている事に気付いたのか、アズマは言いながら姿勢を低くして両手を地面に。

そしてその両手を軸にして、地面スレスレの所から水平に蹴るように魔物達の足を払う様な技を見せてくれた。


「水面蹴りってヤツ。あたしが技術を教えたヤツが自分で磨いた技だからあたしの技では無いけど、これなら複数の魔物相手にしても、隙を作る事も出来るから」


「うん、それなら……」


教えられた通り、魔物の攻撃をしゃがんで避けてから、両手を地に置いて、水平の蹴り。


魔物達の足が吹き飛んで立ち上がれなくなっていた。


あとは立ち上がってこれない魔物を一体ずつ片付けていく。


「うん。この技は人間のスタイルで戦う時は凄く便利かも」


「いや……決して魔物の足を千切るような技じゃないんだけど、まぁ狼の脚力ならそうなっちゃうか」


何故かアズマは苦笑いしていた。


「鈴の力なら、こんな攻撃も多分致命傷与えられるんじゃないかな」


気を取り直してと言った風に、次に見せてくれたのは、拳ではなく、手のひらを使った攻撃。


少し身を低くして、そこから跳ね上げる

ように敵の顎目掛けて手のひらを打ち込むような技。


「これは掌底ってヤツ。本来は対人の護身術なんだけど、鈴ならこんなのも必殺技になりそうだしな」


「やってみるっ」


私は身長が低いから、アズマみたいに身を低くする必要は無い。


魔物との距離を一気に詰めて、その顎を狙って、手のひらを突き上げる。


……私の攻撃を喰らった魔物の首が弾け飛んでいた。


「もう威力に驚くことは無いけど、いや、凄いなぁ。あたしの攻撃見ただけでちゃんと吸収するんだもん。技を教えてる身としては教えがいが無さすぎるくらいだよ」


私はむしろ、そんな多種多様の格闘技術を持つアズマに驚かされている。

それに私に教えてくれた技はアズマの得意な技では無いような気もしている。


「アズマ。一番得意な技も見せて欲しいかな」


「んー、流石に見様見真似であたしの一番の攻撃を真似されたら落ち込むけど……まぁ別に隠すようなモンでもないか」


私の問いに返しながら、一体の魔物にアズマは目を向けた。


アズマの攻撃の邪魔をさせない為、周囲の魔物達は私が蹴散らしておく。


アズマは軽く深呼吸をして、構えを変えた。


どこから襲って来ても対応出来るような今までの構えでなく、それは一対一に特化したような、正面の敵だけを見据えた構え。


その構えには見覚えがある。私達の世界にもその構えをする格闘技は存在する。


……確か、空手。


だけど私の知る空手より、アズマの構えには隙がない。


「こんな魔物に、この構えを使うとは思わなかったけど」


その言葉と共に、一気に魔物との距離を詰める。

……その速さは、もしかしたら私と同じくらいあるかも知れない。


「シンプルだけどあたしの技で一番威力があるのは、この正拳突きっ!」


その拳は、まさに突きのように魔物の腹部を簡単に貫いていた。


「ただ、拳に全ての力を集約しちゃうから隙だらけだし、一対一じゃなきゃ使えないってデメリットが多いんだよなコレ」


貫いた拳を引き抜き、「こんな風にその隙を見逃さないやつも多いし」と、さほどの問題では無いように飛びかかってきた魔物を蹴り飛ばしていた。


「お待たせっ! 白ちゃん連れてきたよっ!」


あらかた獣人を片付けて、流石にアズマと私の実力に怯んだのか獣人達の気配が少なくなった頃、ラーナの声。


ウルフが私達の目の前で急ブレーキを踏んで立ち止まっていた。


見上げると、ラーナの背後には学生服姿の女の人。


ラーナやアズマより少し歳下くらいの見た目。


「本当に耳と尻尾が生えてる。……初めて見た」 


ウルフの背中から降り、白と呼ばれた彼女が言いながら

私に小さなネックレスのようなモノを差し出してきた。


「フェロモンを抑えるような服や薬を作るのは時間が必要。素材も足りてないし、破れたりしたら意味が無くなるから……獣人除けのネックレスだけど」


私よりも綺麗な、瞳が隠れる程に長く透き通るような白い髪。深紅の瞳。


何処か神秘的な空気を感じさせる彼女から差し出されたそれを受け取り、眺めてみる。


見た目は何処にでもありそうなシンプルなネックレスだけど、確かに。

なんとなく不思議な術がかけられているように感じられた。


「わざわざありがとう。えっと、私は鈴森鈴。ラーナから話は聞いてるのかな」


受け取ったネックレスを早速着けて、軽い自己紹介を済ませる。


「ん。別世界の子だって聞いた。私は雨宮白。あの子は私の使い魔」


白もまた簡潔な自己紹介と共に空を飛んでいた鳥を見上げながら、そう言った。


そう言えば彼女も魔物を従える力があるとラーナが言っていた覚えがある。


白の言葉に呼応して鳥の甲高い鳴き声。


「……どうして街の近くにそんな魔物が……」


私は流石に種族の違う子の声までは理解出来ないみたいだけれど

白はその言葉を理解しているみたいで、少し考えるように呟いて再びウルフの背に乗っていた。


「獣人除けも私の魔除けの香も強い魔物には効果が薄いし、それに私は戦闘に関しては素人以下だから、二人に任せる」


「えへへ、私も白ちゃんと同じ。向かって来てる魔物、今までの獣人とは比べ物にならない強さ秘めてるよ。気をつけて」


……確かに。物凄い速さでこちらに向かってくる一つの気配。

全身の毛が自然と逆立つような感覚。

今まで出会って来た魔物の中では一番の強さかも知れない。


「アズマ」


「わかってる。流石にさっきみたいに技を教えるような余裕は無さそうな相手だな」


忠告するまでも無かったかと、相変わらず野性的な感覚を持つアズマに小さく笑ってしまう。

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